宮城にはうなぎを食べない地域がある?

今回のみやぎUP-DATEはこちらがテーマ。

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そう、うなぎです。お好きな人も多いのではないでしょうか?
多くの人々に人気のうなぎに関するこんな投稿をいただきました。

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投稿者の知人のかたは県北出身だそうで、調べてみると「言い伝えがあり、うなぎは食べない」という人を見つけました!
ということで、さっそく調査に行ってきました。


どんな言い伝えが?

向かったのは、岩手との県境にある栗原市金成(かんなり)。
総合支所で待ち合わせをしたのは、「生まれてこのかた、うなぎを食べたことがない」という菅原 一也さん。
菅原さんの家には、昔から伝わるあるしきたりが...

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安藤さん
「菅原さんのお宅のしきたりを教えていただけますか?」
菅原さん
「はい、うちのしきたりですね。
まとめてきましたのでこちらをご覧ください。」

かつて塾の講師をしていたという菅原さん。
要点をまとめた自作ボードを持ってきてくれました...!

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菅原さん
「大きく2つあるんですけど、1つ目の方が重要です。
『うなぎを代々食べないこと』。
私の代まで、19代目に当たるらしいんですけど、代々の歴代の直系当主はうなぎを食べないことをしきたりとして守ってきております。」


どうして食べなくなったの?

どうしてそのような言い伝えができたのか。
その理由は、大正時代にまとめられた「栗原郡誌」に記されていました。
地区に伝わっていた「鰻神社(うなぎじんじゃ)」の伝説です。

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江戸時代・寛文年間(1661年~1673年)の頃、川に巨大なうなぎが住み着き、洪水をおこしたり村の人々を襲ったりと悪事を働いていました。

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そこに今の岩手県から霊媒師が訪れ、うなぎを退治。
このうなぎを神として祭ったのが菅原さんのご先祖だったというのです。
祭ったうなぎへの敬意を表し、直系の当主はうなぎを食べないのだそう。

江戸時代に建てたというほこらが今も残っています。

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菅原さん
「こちらです。
人々に危害を加えていたということで、そこに対して畏敬の念を抱いていたんだと思います。
その上で二度と災難が起こらないようにという願いも込めて祭り始めたのではと考えています。」


こんな地域も...

菅原さんは家のしきたりでうなぎを食べないという理由でしたが、調査を進めると、かつて「丑年と寅年生まれの人々がうなぎを食べなかった」という地域もありました。
登米市の津山町柳津です。

その理由は、町内に古くからあるお寺「柳津虚空蔵尊(やないづ こくぞうそん)」にありました。

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ご本尊は知恵と福徳を授けてくれるという「虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)」。
この菩薩様に願いを届けてくれるのが「うなぎ」なんだそう。
また虚空蔵菩薩は丑・寅年生まれの守り本尊でもあるので、この地域の丑・寅生まれの人はうなぎを食べなかったそうです。

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杉田さん
「丑・寅生まれは虚空蔵菩薩さんの家来だから、そのお使いのうなぎは食べないといって、丑・寅生まれの方は食べなかったんです。」

このお寺の本堂には、明治時代から奉納されてきた数々の「うなぎ絵馬」が残されています。

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杉田さん
「(昔は)やっぱり今より不便で田舎で、飢きんもあったでしょうし、目に見えないけれど守っていただきたいという思いはとても強かったんじゃないかなと思います。」


安藤のひとこと。

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安藤さん
「うなぎに関する言い伝えをひも解いていくと、地域を災いから守って欲しいという人々の願いが込められていました。
みなさんのお宅や地域にも、もしかしたらこういうふしぎな言い伝えがあるかもしれませんが、調べてみると当時の人々の思いや生活に触れることができるかもしれません。」


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