芥川賞に決まった 仙台市の書店員 佐藤厚志さんが語る被災地のいま

純文学の新進作家に贈られる芥川賞。第168 回目となる今回、今月19日に選考会が行われ、井戸川射子さんの「この世の喜びよ」とともに、仙台市出身で、書店員の佐藤厚志さんの「荒地の家族」が初めての候補で芥川賞に選ばれました。

 選考会の翌日、中継でNHKの単独インタビューに応じた佐藤さん。喜びとともに、作品のテーマとなっている東日本大震災について語ったのは、「震災は起こって終わりではない」というメッセージでした。

 web00000001.jpg (受賞の電話を受けた瞬間の佐藤厚志さん)

 芥川賞に選ばれた、仙台市出身で書店員の佐藤厚志さん(40)です。19日、担当の編集者などとともに東京都内の書店で選考の結果を待ちました。そして、午後6時すぎ、電話を受けた佐藤さん。電話で受賞が決まったことを伝えられると、右手で控えめに喜びをあらわし、担当の編集者と抱き合って喜んでいました。

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 選考会の翌日の20日、中継でNHKの単独インタビューに応じてくれた佐藤さん。受賞決定の連絡を受けた際の心境について尋ねるとこんな答えが返ってきました。 

「すごくうれしかったです。芥川賞の候補にノミネートされた段階からもりあげていただいて、それがプレッシャーでもあったんですけど、期待に応えられた安心感がありました」

  web00000003.jpg (書店で働く佐藤さん)

幼いころから本が好きだったという佐藤さん。大学卒業後、さまざまな仕事に就きながら20代のころから執筆活動を続けてきました。本にいつでも触れられる環境にいたいと2010年からは仙台市の書店で働き始め、雑誌担当として本の注文や整理を行いながら、執筆を続けています。佐藤さんがデビューしたのは2017年。4作品目の今回、初めて芥川賞の候補に選ばれ、受賞が決まりました。

郷土の文学について研究する仙台文学館によりますと、宮城県出身として、最初に芥川賞を受賞したのは、1991年に選ばれた石巻市出身の辺見庸さんの作品、「自動起床装置」。さらに2021年に選ばれた仙台市出身の石沢麻依さんの作品、「貝に続く場所にて」で、宮城県出身としては3人目だということです。

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受賞からほぼ24時間たち、いまの心境を尋ねると...。

「落ち着いたような感じです。いまは、次々とくる取材について目の前のことをこなそうとしているところです。お祭りなので、また落ち着いて執筆していけるよう、いまはがんばろうかなとおもっています」

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今回、受賞が決まった小説「荒地の家族」は、亘理町に住む40歳の植木職人の男性が主人公です。東日本大震災の津波で、主人公は仕事道具をさらわれ、さらに震災の2年後には妻を病気で亡くします。喪失感を抱えながら、生活をたてなおそうともがく姿を描いています。

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震災からまもなく12年。なぜいま震災をテーマとして取り上げたのか、尋ねました。

「震災から12年がまもなくたとうとしていますが、時間がたったとはいえ、震災は起こって終わりではなく、現状が目の前にありますし、その中で拾われていない思いはたくさんあると思っています。そうしたことを小説で受け止めて表現できればと思ってこの作品を書きました」

そして19日の会見で、佐藤さんが言及していたのが「震災の風化」。仙台市に住んでいる佐藤さんはどう感じているのでしょうか。

「単純に、震災に関する言及が少なくなったという印象が少しあります」

  その上で、震災の風化を懸念する声があがるなか、震災をテーマに描いた今回の作品の受賞が決まったことについて佐藤さんはこう述べました。

「先に震災の風化への抵抗という思いがあったわけではありませんが、結果的にそうなれば良いと思っていたので、受賞してとても幸運だったと思います」

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受賞決定を受けて盛り上がる地元宮城県。仙台市内の書店で勤務されている佐藤さんに、「ファンの方が来たらどうしますか?」と尋ねると...

「署名できる機会があれば、積極的にサインをしていきたいと考えているので、ぜひ作品を読んでいただければと思います」

  そして、震災について今後も小説で書くのか、聞きました。

「仮に宮城県を舞台に小説を書こうとすれば、風景の中の1つとして震災が入ってきます。また宮城県を舞台にした小説を書こうとはおもっているので、震災が入ってくることはありえるとおもいますね」

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そして最後に、これからも大切にしたいことばを色紙に書いてもらいました。それが”日常大事!!”です。

「作品の中の荒地の家族は、日常を描くことを中心に置いていました。私自身も、小説の執筆について日常を重ねるように書いていくスタイルがあるので、持続してこれからも仕事していければと思います」

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これまでの取材で、記者の私は、さまざまな質問を佐藤さんに重ねてきましたが、そのたびに佐藤さんはゆっくりと考え、ひとつひとつのことばを選ぶように作品に込めた思いを、静かに、熱く語ってくれました。被災者の、小説でしか拾えない思いを伝えたいという佐藤さん。その心境をこれからも読んでみたいと感じます。


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記者紹介

伊藤奨
2016年入局。仙台市生まれ。
福井局を経て2020年から仙台局。
現在は文化・経済などを担当。