"わらにもすがりたい" 宮城の稲わらを各地が求めるその理由とは

秋の風物詩とも言える稲刈りシーズンを終えた、全国有数の米どころ、宮城県。いまも刈り取った稲わらを乾燥させるため、棒にかけられた風景をちらほらと見ることができます。そんな中、地元の文化を研究する専門家を取材していた際、ある話を聞きました。「全国的に稲わらが手に入りづらくなっているんです」。東北では見慣れた風景の稲わらに何が起きているのか。取材を始めたところ、ポイントはその「長さ」にありました。

(仙台放送局記者 岩田宗太郎)

 

【何に使うの?大量のわらが倉庫に】

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倉庫の中に所狭しと積まれた大量の稲わら。この稲わらを求めて、北は北海道から南は沖縄まで全国から注文が相次いでいます。

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園芸用としてホームセンターからの注文のほか、わらを使った納豆を製造する食品会社、しめ縄を作る神社、カツオの「わら焼き」を製造する水産加工会社など、購入する業種はさまざまです。

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販売しているのは宮城県石巻市にある畳の製造と販売を行っている会社です。130年ほど前から畳作りを行っているというこの会社では、化学素材を使用した畳が主流となったいまでは珍しい、伝統的ないぐさと稲わらを使った畳を製造しています。

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「和楽」佐々木正悦会長
「我々の畳はもう1000年ぐらいの歴史があって、稲わらといぐさの組み合わせです。稲わらの畳は断熱性や保温性にものすごくすぐれている。今は、稲わらを使わない、化学素材の畳が大半を占めるようになって、稲わらの畳のシェアは1%、もしかしたら1%以下ぐらいかもしれない。特別なものになってしましましたが、本来の本物の畳はわらです」

 

【お米の収穫期である秋、わらが手に入らない】

畳の製造と販売を行う会社が、稲わらの販売を始めたのは5年前。なぜ全国から注文が相次いでいるのか。その背景には稲わらの長さがあるというのです。そもそも、伝統的な畳を作るためには、80センチほどのわらが必要だといいます。しかし、会社によると、この長さの稲わらが手に入りづらくなっているというのです。

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稲わらの文化に詳しい仙台市歴史民俗資料館の学芸員、渡邉直登さんに話を聞くと、その理由が、農業の機械化にあると指摘します。渡邊さんによると、コメ作り農家では、以前は手作業で稲刈りを行い、束ねて乾燥させていましたが、これが農家にとっては大きな負担となっていました。

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このため稲刈りの効率化を図ろうと機械化が進み、コンバインが導入されるようになります。コンバインでは、刈り取った稲を機械の中で脱穀し、もみと分離し、残った稲わらは細かく刻まれて田んぼにまかれることになりました。細かく切り刻まれた稲わらは、そのまま肥料として活用されたり、燃やして処分されたりするため、丈の長い稲わらが残らなくなってしまったというのです。

仙台市歴史民俗資料館 渡邉直登 学芸員
「高度経済成長期以降なんですが、稲わら以外の素材がいろいろと出てきた。わらじなども、ゴム草履とかゴム長靴とかに変わっていく新しい素材が出てきますので、稲わらを利用する場面が非常に少なくなっていき、さらにコンバインの普及で、長い素材としての稲わらも残らなくなっているというのが現状です」

 

【稲わらの畳の需要も減り、畳業者も次々廃業】

さらに追い打ちをかけているのが、稲わらを使った畳の需要自体が減っていることだと、畳の製造と販売を行っている佐々木さんは指摘します。佐々木さんによると、化学素材を使った畳は安く購入できるほか、稲わらの畳より軽く持ち運びやすいという利点もあり、シェアがかなり落ち込んでいるといいます。そうした中、同業者も次々に廃業し、宮城県内では、ピーク時は100軒を超えていた畳の事業所が、いまでは7軒にまで減ってしまったというのです。佐々木さんは、稲わらを買う業者が少なくなれば、農家側も稲わらを残さなくなり、畳の材料となる稲わらを確保しにくくなるという悪循環が続いていると危機感をあらわにします。

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「和楽」佐々木正悦会長
「稲わらの畳はいまでは特別なものになっちゃいました。売れないなら廃業するようになる、宮城県が稲わらの畳を作らなくなったら、全国からなくなってしまうと思うんです。だから何とか長い稲わらを確保し、伝統的な畳を残したいと思っているんです」

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長い稲わらをなんとか確保するため、およそ20年前から佐々木さんは、県内の農家を回り、稲わらを長いままで残すように依頼しました。コンバインの中には、長いまま刈り取る機能を持つものもあり、可能な範囲でできないか、農家にお願いしたのです。応じてくれた農家の負担を少しでも減らそうと、会社で人材を確保し、農家の代わりに自分たちで乾燥させる作業も行い、少しずつ稲わらを集めました。その結果、なんとか年間で150トンを確保しています。そして、稲わらの確保に少しゆとりが出てきて、余る稲わらも出てきたことから5年前からインターネットを通じて販売を始めました。注文は、およそ30トンにものぼります。

 

【全国でも稲わらが手に入らない?】

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佐々木さんの会社から稲わらを購入している秋田県の西村省一さんです。西村さんは納豆を製造する会社を経営しています。西村さんの会社では、一定の長さがある稲わらに大豆を入れて発酵させる伝統的な方法で納豆を作っています。稲わらはもともと地元の農家から購入していましたが、年々、手に入りづらくなっているといいます。

檜山納豆 西村省一さん
「納豆のわらは、自然乾燥させたものを使ってます。ところが現在はなかなか自然乾燥させる農家さんが少なくなってきた。私の地元でもほとんどなくなってしまったので、大変なことになったと思っていました。このままでは続けられないと感じていたところ、宮城県の稲わらを購入できると知り、本当に助かりました。こういう文化がなくなってしまって本当に残念なことだと思ってますので、今後も稲わらの確保を続けてもらいたいです」

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当初、畳作りのために必死に集めた稲わらですが、販売をきっかけに、全国でも同じように長い稲わらが確保しづらい現状にあることを知りました。

「和楽」佐々木正悦会長
「需要はないと思っていたので、とにかく売れるというのがまずびっくりしました。全国、どこも田んぼだらけじゃないですか。それなのに、毎日のように注文がくるんです。全国各地でもっと稲わらを残していく工夫をしないといけないのかなと思っています」

 

【稲わら争奪戦の末、伝統的な文化にも影響!?】

仙台市歴史民俗資料館の学芸員の渡邉さんも、稲わらの確保が難しくなったことで、全国の伝統文化にも影響がでかねないと指摘します。

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仙台市歴史民俗資料館 渡邉直登 学芸員
「全国的に、宮城県と同じように稲わらが手に入りづらい状況があるので、稲わらの争奪戦に近いような状況は今後も続くと考えられます。一方で、日本では食文化など伝統文化に、広くわらが使われ、日本の文化に密接に関係している。そういった文化が途絶えるまではいかなくても、かなり大きな影響を受けるのは間違いない」


長い稲わらは、全国各地の工芸品や伝統的な祭りなどに使われていて、日本の文化や生活と密接に関係しています。さらに短くなった稲わらも捨てられるだけでなく、家畜の飼料にも使われ、稲わらは幅広い分野でいまも利用されています。農業従事者の高齢化も進み、負担を考えると、長い稲わらを残すことは簡単ではありません。今後、稲わらをどのように確保していくのか、立ち止まって考える時期が来ているのかも知れません。