【丹沢 研二】仙台に帰ってきました!

アナウンサーの丹沢研二です。
この春、東京から異動してきました。

もう覚えていらっしゃる方も少ないかもしれませんが、私の初任地は仙台です。
2004年から2年余りを過ごしました。その後は福島に異動し、2010年春まで東北にいました。東日本大震災の1年前までです。

2011年3月11日、私は九州の佐賀放送局にいました。
翌日に九州新幹線の全線開業を控え、特番の準備をしていたことを覚えています。
緊急地震速報のアラームが鳴り、テレビが地震の情報を伝え始めました。やがて入ってきた津波の映像に言葉を失いました。私も泊まったことがある気仙沼のホテルが映り、気仙沼や女川に住む知り合いの顔が浮かびましたが、連絡はとれません。

「私を現場に派遣してください!東北の土地勘はあります!」
と上司に訴えましたが、当時佐賀局のニュース番組のキャスターを務めていたこともあり、佐賀に残るように言われました。じりじり焦る気持ちでテレビ画面を見つめ、新聞を隅から隅まで読んで知り合いの安否を探る。それが私の東日本大震災でした。

「大好きな東北が傷ついている時に何も出来なかった」
その思いがずっと心に残り、佐賀から京都、東京と異動する中で、時々東北に足を運んだり、震災の支援活動をしている人や避難者について伝えるリポートを作ったりしてきました。
中でも心に残っているのが、京都で取材した「きっかけ食堂」です。

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きっかけ食堂は京都の大学生が始めた活動で、月に1回、東北の食材を使った料理を出す「食堂」を開いています。東北のことを思うきっかけにしてもらおうというものです。
写真は運営メンバーの学生たちと。今見るとずいぶん密ですが、4年前の写真ですよ。
東北出身者や東北好きな人が集まる場になっていて、私もずいぶん友達が出来ました。

ここに毎月のように通っては、三陸の魚や東北のお酒を楽しみつつ、色んな人と東北の話をしていました。離れていても東北とつながるきっかけをくれた場所です。

東京で、コロナ禍で打撃を受けた各地の産品を紹介する「1、2の産地」というコーナーを担当した時も、「気仙沼のサメ」を選びました。

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渋谷のNHK屋上で、机の上にフカヒレや「もうかの星」というシュールな画です。
Tシャツはきっかけ食堂で知り合った気仙沼好きの青年から借りました。

でもこうして東北の外から伝えるだけでなく、また東北に住んで、腰を据えて取材したい。その願いが叶って今回の仙台異動となりました。初任地以来15年ぶりです。
新人の頃より多少疲れやすくはなっていますが、まだ現場を駆け回る体力もあります。アラフォーなりに積んだ経験もフル活用して東北の魅力を全国に伝えたいと思っています。
東北の魅力というと食べ物のおいしさや雄大な自然など色々ありますが、私が思う最大の魅力は「かっこいい大人が大勢いること」です。この思いは初任地以来変わりません。

久しぶりの仙台で、語りたいことがあふれているのですが、あまり長くなるのも何なので、あとは放送を通じてお伝えしていきたいと思います。

宮城県、そして東北のみなさん、またよろしくお願いいたします。