青天を衝け

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Interview
渋沢(尾高)平九郎役・岡田健史さんインタビュー「平九郎さんをもう演じることができないのか…」
実在の人物を演じるということはこんなに心にくるものなのか
Q:平九郎の最期のシーンの撮影を終えて、今、どのようなお気持ちですか?

平九郎の最期のシーンは、今まで僕が作ってきた平九郎を信じ、監督とスタッフの皆さんを信じて、何も考えずに演じることができました。激しい動きもあったので、すり傷なんかもできたけど、それも勲章ですね。
撮り終えてシャワーを浴びているとき、オーディションを受けた日のことやクランクインの日、オープンセットでのロケやスタジオでの撮影の様子などが走馬灯のように頭の中に流れてきて…。「終わっちゃうのかぁ。平九郎さんをもう演じることができないのか…さみしいな」と思いました。

これまで、時代劇も、命を落とす役も経験しましたが、歴史上の人物を演じるのは実は今回が初めてでした。これまで、どんな役であってもその人が言いたいことを僕の体を使って表現するという感覚でやってきました。しかし、今回、平九郎という実在の人物を演じてみて、こんなに心にくるものなのかと実感しました。そこはこれまでと大きく違っていました。「平九郎さんは喜んでくれているかな。僕でよかったのかな。成仏させてあげられたかな」と、思いがあふれてしまいましたね。

---平九郎が最期に思ったことはなんだと思いますか?

「何を思った」という具体的なものはないと思います。血洗島のみんなのことは思ったかもしれないですよね。無念なのか、武士として死ねることがうれしかったのか、もう少し生きたいと思っていたのか、敵が憎いと思っていたのか、体が痛いなと思っていたのか…全部正解であると思うし、でもきっとそれだけじゃない。平九郎は、感情がまあまあダダ漏れの人物で、兄ぃたちが好きとか、悔しそう、うれしそうという感情も分かりやすい人だと思うんです。だとすると、答えはきっと、今まで平九郎を見てきてくださった視聴者の皆さんの中にあると思います。

「全然格好よくなかった。それが僕はうれしかった」と伝えてくれた
Q:撮影後に監督と話したあと、涙を見せられましたが…。

撮影が終わってすぐに、黒崎監督が僕に「全然格好よくなかった。それが僕はうれしかった」と伝えてくれたんです。監督は、僕が『青天を衝け』の尾高平九郎をどういうふうに作りたいか完全に分かってくださっている。それが本当にうれしくて、涙が出てしまいました。
「いい芝居だったよ」というだけではなく、「君はそういう人だよね」と、もっと深いことを言葉の裏に仕込んで投げかけてくれたんです。

現実世界でも言葉や表情の裏にはいろんな思いがありますよね。僕は画面でそれを表現できる役者を目指していきたいと思っています。『青天を衝け』はそれができる現場だったということを、今日改めて感じました。
僕はいいことがあると、「これが当たり前と思っちゃいけない」と気を引き締めるタイプなのですが、この一日はうれしい気持ちを堪能したいと思います(笑)。『青天を衝け』のチームに入れたということが、今の僕にとって、何よりも代えがたい経験だったと思っています。

僕のなかでは悔しいと思うシーンがたくさんあった
Q:今までで印象に残っているシーンは、どのシーンでしょうか?

平九郎を演じていて、現場でOKが出ても、僕のなかでは悔しいと思うシーンがたくさんありました。もうすこし柔らかく演じたかったとか、もっと相手の演技を拾いたかったとか。初めてのスタジオセットでの撮影で、栄一さんが惇忠さんと藍売りに行くことについて「詩でも読んで楽しめればよかんべぇ」と言い、平九郎が「へぇ、詩かぁ。いいなぁ」と言うシーン(第7回)。あのシーンはひと言だけで平九郎を作らなければいけなくて、それがなかなか難しく、うまくいかなかったという意味で、印象に残っています。道場の縁側をバックに、暖かい照明の光に照らされた若い栄一さんと、幼い平九郎と伝蔵の3人がいて、庭に道場仲間がいる映像。不思議と、そのシーンが頭に浮かんできました。

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