青天を衝け

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ドラマの世界を作る 武州ことば

血洗島で育った栄一たちが話すセリフには、印象的なことばがたくさん使われています。
ドラマで「武州ことば」を監修している新井小枝子さんに、その魅力を教えていただきました。

声で語られたことばは、発せられたその場で瞬間的に消えていく。栄一たちの声で語られた当時の武州ことばは、今はもうどこにもない。しかし、その瞬間ごとに消えていってしまった声は、現在の深谷ことばの中に受け継がれている。きっといくつもの変化をくり返しながら。しっかりと。そこに、ドラマの世界を描き出す武州ことばを、ひたすら求める。それらがキャストのみなさんの声にのった瞬間に力強さを増し、ドラマの中に当時の世界がたちあらわれてくる。

武州といえば、栄一の生まれ育った血洗島(現・埼玉県深谷市)を含む、かなり広がりのある地域。武州をぐるりと見渡してみると、それぞれの地域ごとに少しずつことばが違う。血洗島のことばは、武州ことばの一変種だが、隣の上州ことばにも似る。武州と上州との、地理的な連続性によるものであろう。例えば、ドラマの中に登場する「べぇ」「だんべぇ」や「に」「だに」は、いまの埼玉県深谷市(武州)でも群馬県太田市(上州)でも、日常生活の中でよく使われている。これらは、文末に現れる表現だ。血洗島の武州ことばは、江戸ことばとも似るが、特徴の一つがこの文末の表現に現れる。会話の相手をことばの内容へといざない、そこに向かわせる役割を担う。訴えかけたり、念を押したり、意志を表明したり。とても人なつっこい方言だ。血洗島で生まれ育った栄一らしい生き方が目の前にたちあらわれてくる。

※武州=武蔵国(むさしのくに)。現在の島しょ部を除く東京都、埼玉県のほぼ全域と、横浜市東部・川崎市を中心とする神奈川県の東部からなる地域。

※上州=上野国(こうずけのくに)。現在の群馬県にあたる。

「みぃんながうれしいのが一番なんだで」

幼い栄一に、魂をこめて教え諭すゑい。「皆がうれしいことが一番大切なのだよ」と言って聞かせ、「そのこと、わかったよね、どうしても理解せよ」と諭す。「一番なんだで」も「わかったいね」も、母から子へやさしく訴えかける響きをもった表現です。

「悪疫退散だに」

楽しみにしていたのに、中止になってしまった獅子舞。あきらめきれず、長七郎の笛の音に合わせて、獅子を舞う栄一と喜作。何をしているかと問われ、獅子から顔を出すとりりしい声で「悪疫退散だに」と訴える。「理由を問われる筋合いなどない、悪疫退散に決まっている!」という、強くて断定的な訴えかけの心を表明した表現です。
深谷市では、おいしそうなおまんじゅうを目の前にして「うまげだに」とか、自分にとって不都合であることを表明して「いやだに」というように、今でも頻繁に使われています。

「おぅ!来(き)ない!」

千代をめぐって、栄一と喜作が剣の勝負。「向かっていくから覚悟せよ」という心を表明する喜作。「わかった、かかってこい」という心を、喜作への敬意をもって表明する栄一。「来ない!」は、敬意をもって、相手の行動をうながそうとする表現です。

「日が暮れらい」「ほんとだいねぇ」

新婚ほやほやの栄一と千代。農作業をしながら見つめ合う二人を遠くで見守る市郎右衛門とゑい。「日が暮れてしまうよー」とあきれている市郎右衛門。「本当にそうですよねぇ」と同意するゑい。「暮れらい」も「ほんとだいねぇ」も、ラブラブな二人をあきれながらもほほえましく見守る両親の心を映す。血洗島のことばらしい、とてつもなくおおらかな、愛ある文末の表現です。

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