青天を衝け

紀行

第25回「埼玉県飯能市・越生町」
2021年8月22日

埼玉県飯能市。渋沢喜作率いる振武軍(しんぶぐん)は、能仁寺に本営を置きました。

能仁寺

新政府軍の総攻撃を受け、激戦地となった能仁寺。本堂を含むほとんどの建物が焼き払われました。

本堂にかかる扁額(へんがく)は庭の池に沈めていたため、焼失を免れたと寺に伝わっています。

能仁寺の扁額

飯能では民家200戸余りが焼失。わずか数時間で勝敗が決まったといいます。

振武軍はちりぢりとなり、渋沢平九郎は現在の越生(おごせ)町にたどりつきました。

顔振峠(かあぶりとうげ)から山を下る途中、新政府軍と鉢合わせた平九郎は、激闘の末、この地で命を絶ちました。

渋沢平九郎自決の地

その亡骸(なきがら)は、すぐ近くにあった全洞院に葬られ、のちに栄一もこの地を訪れています。

平九郎の死は、栄一の心に深い傷を残しました。

  • 能仁寺

    西武鉄道「飯能」下車 徒歩20分

  • 渋沢平九郎自決の地

    JR・東武鉄道「越生」からバス「黒山」下車 徒歩3分

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