2020年01月27日 (月)ひきこもり 見過ごされた 発達障害


※2019年10月28日にNHK News Up に掲載されました。

「ひきこもり11年目。今振り返れば、学校でいじめられていたのは、どこか他の子とは変わっていたからだと、発達障害からきているのではと思い返しています」
「現在無職で、精神障害と発達障害を抱えています。ひきこもりから脱出する術を見失っています」
NHKの特設ウェブサイトに届いた声です。これまでに寄せられた1400通を超える投稿の中に「発達障害」についての悩みを訴えるケースが数多くありました。発達障害のため、周囲とのコミュニケーションがうまくいかず、社会的に孤立したり、「いじめ」や「職場でのパワハラ」の原因になって、結果的にひきこもった、という声もありました。

ネットワーク報道部記者 管野彰彦・ 高橋大地
クローズアップ現代+ディレクター 中松謙介

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“32%が発達障害と診断”

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ひきこもりと発達障害は関連があるのか。

今月26日、2つの関連性についての調査結果が、名古屋市で開かれた「発達障害とひきこもり」をテーマにしたシンポジウムで発表されました。

hiki.191028.3.jpg発表したのは、新潟県長岡市でひきこもり外来を開いている「ながおか心のクリニック」の精神保健福祉士、河合純さん。

ことし1月から8月までにひきこもり外来を受診した人たちを対象に調べたところ、67人のうち発達障害と診断された人は22人に上ったと明らかにしました。

その割合は、32.8%でした。

hiki.191028.4.jpgシンポジウムでは、専門家から発達障害によって、社会性やコミュニケーションに問題があることで、ほかの人と比べて支援を求めにくい現状があるため、支援の輪から見過ごされている人も多いのではないかという指摘も出ていました。

また、厚労省の研究班が2007年から2009年にかけて行った調査でも、山梨県などの精神保健福祉センターにひきこもりの相談に来た当事者148人のうち、発達障害の診断を受けた割合は約35%という結果が報告されています。

「ひきこもり」と「発達障害」。この2つが重なることで、どのような状況に置かれているのか、実際に投稿を寄せてくれた人たちに会いに行くことにしました。

「溶け込めない」、そしてひきこもりに

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愛知県に住む小崎悠哉さん(39)。小崎さんがひきこもり始めたのは、中学2年生のころ。同級生からいじめを受けて不登校になり、それから20年以上ひきこもったままです。うまくコミュニケーションがとれない、周りに溶け込めないという感覚は、幼稚園のころからあったといいます。

「日直の時にみんなの前で自分の名前を言うんですけど、『みんな僕の名前を知ってるのに、なんでこの場で言う必要があるのかな』って思って、言わなかったんです。あと、僕のせいで、僕のクラスだけお遊戯ができなかったこともあったり…。なんで、みんなのように普通に、うまくできないのかなって常に思っていました。考えてみると、その後、中学校でいじめを受けたのも発達障害のせいだったのかもしれません」

「もっと早く診断されていたら…」
保健所の電話相談に頻繁にかけすぎて相談員に迷惑をかけてしまう。メッセージアプリでつながることができた人に大量のメッセージを送りすぎて返事がなくなり、それに怒りをおぼえてさらに送ることで相手が離れていってしまう…。人との距離感をうまくつかむことができず、トラブルになってしまうことは今も続いていると言います。

「気になったらとことん言ってしまう」、小崎さんは自身の特性についてそう語ります。

実は、小崎さんが発達障害と診断されたのは、30歳のころ。ひきこもってから15年ほどたったあとでした。

hiki.191028.6.jpg小崎さんは、もっと早く発達障害とわかっていたら、ひきこもっていなかったかもしれないと話しました。

hiki.191028.7.jpg「最初は『障害だ』と言われてショックな気持ちもありました。でも、発達障害は生まれつきのものだと聞いたので、こういう障害があるから、まわりから見ると変な言動だったって思うようになりました。だから、今はよかったなと思っています。もっと早く分かっていたら、ひきこもらなかったかもしれない。こういう特性があるから、人とうまくできないのを理解して、ちゃんと話せるように頑張れたんじゃないかなと思うんです」

診断が転機に

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「発達障害の診断を受けたことが私の転換点になりました」

次に私たちは、この投稿を寄せてくれた男性に話を聞きに行くことにしました。

「ようこそお越しくださいました」

私たちを迎えてくれたのは、42歳の平澤さん(仮名)。

hiki.191028.9.jpg9月から障害者向けのグループホームで暮らしています。発達障害のアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)と診断されている平澤さん。作業の段取りや片づけ、同時に複数の作業をすることなどが苦手です。

案内してくれた部屋をのぞいてみると、たくさんの荷物が床の上に直接、置かれていました。インタビューを前に、まずはその理由を聞くと…。

「自分の場合、しまってしまうとそこにはもう何も無いことになってしまうんで」

見えないところに置かれたものは、存在自体が頭から抜けてしまうので、あえて見えるように配置しているのだと答えました。

仕事がうまくできない
平澤さんがひきこもるようになったのは、24歳のころ。国立大学を卒業後、食品工場でアルバイトをしましたが、仕事をうまくこなすことができず、数か月で退職。2年間、ほとんど外出しない状態が続いたといいます。

「父親は『外に出れば気分がよくなる』と言うだけで、自分の苦しさを全然分かってくれなかったです。ラジオ聞いている時だけが落ち着く時間でした」

たびたび、父親と衝突。騒ぎを聞いた近所の人が警察に通報し、そこで精神保健福祉センターに行くよう勧められました。そこで診断されたのが発達障害でした。

「それまで自分は普通だと思っていたけど、自分は普通とは違うんだなと気付きました」

福祉サービスの利用で変化
最初は自分が発達障害だということにとまどいを感じたといいますが、今の状況を変えようと、福祉サービスを積極的に利用することを決意。障害者向けの就労支援を利用することになりました。

しかし、何度か仕事についたものの仕事がうまくいかずに退職を繰り返し、そのたびにひきこもるという生活が10年以上、続きました。

「最初は仕事がうまくできないことと発達障害が自分の中で結びついていなかったんです。だけど、だんだんと、これができないのは障害があるからなんだと気が付くようになっていきました」

特性を強みに変えて

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生活が大きく変わったのは、5年前。今の勤務先であるトイレットペーパーの製造会社に障害者雇用枠で採用されたことでした。平澤さんが任されたのは、商品の品質管理。人と関わる仕事は苦手ですが、きちっとしていなければ納得できない性格が、製品の強度など細かい数字を繰り返し確認する作業に向いていました。

工夫1:仕事は1つ

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会社側も平澤さんが働きやすいようにさまざまな工夫をしてくれているといいます。並行して複数のことをこなすのが難しい平澤さんのために、入社当初は1日のスケジュールを細かく設定し、その時間に行うべき仕事を1つに絞るようにしました。

工夫2:指示は明確に
また、あいまいな指示では理解できない特性があるため、仕事の指示などははっきりと示すようにしました。

工夫3:職場で情報共有
ほかの人と比べて仕事を覚えるのに時間がかかる平澤さん。それまでの職場では、上司や先輩に質問をするたびに厳しい言葉を投げかけられてきたことがトラウマとなっていました。そのため、今の職場では平澤さんの特性を広く共有し、複数の社員がいつでも気軽に相談ができる態勢を整えているといいます。

平澤さんが勤めているリバースの清水絹代さん(人事課)は「とにかく性格がまっすぐできちっとしていて、仕事を適当にやるということがないので、品質管理の仕事には最適な人材で、大きな戦力になってくれている」と話していました。

生きていてもいいと実感

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働き始めて5年。特性を生かせる仕事との出会いと、職場の理解によって、平澤さんは徐々に前向きに生きられるようになりました。

「職場の人たちが自分のことを認め、必要としてくれたことで、自己肯定感が芽生えてきて、生きていてもいいんだと思えるようになりました。これからも苦手なことから逃げずに、少しずつできることを増やしていきたいと思っています」

恥ずかしいことではない

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平澤さんは、ひきこもりの人たちのなかで、発達障害ではないかと少しでも思う人がいれば、診断を受けたほうがいいと話します。

「ひきこもってしまった原因を突き詰めていくと、うまく社会とつきあえないということにつながると思いますし、そこには発達障害が関係していることもあると思います。ひきこもりも発達障害もネガティブなイメージがあるかもしれませんが、障害は恥ずかしいことではないですし、福祉サービスを使うことで、自分のように気持ちが楽になることもあるよと伝えたいです」

周囲の人たちの関わり方が大切
今回、取材した2人は、成人になってしばらくしてから発達障害と診断されました。発達障害の可能性がある場合、ひきこもらないためにも、できるかぎり早く診断してもらったほうがよいのでしょうか。ひきこもりについて詳しい臨床心理士で宮崎大学教育学部の境泉洋准教授に話を聞きました。

hiki.191028.14.jpg境さんは「発達障害=ひきこもるというわけではありません。『そんなのイヤだ』とご本人が思っている場合は無理に受けなくてもよいと思います。むしろ、周りがその人の現状を受け止めることが重要です」と話します。

そのうえで、「ただ、発達障害だと早くからわかっていたほうが、周囲の人たちが本人の特性を踏まえたうえでどういう配慮が必要か考えて関わることができます。そうすれば、そもそもひきこもらなくてすむかもしれないし、もしひきこもったとしても、回復しやすくなるということは十分あると思います」と話していました。

ひきこもった人で、発達障害がある人は、その多くが周囲とのコミュニケーションがうまくできなかったことに原因があるようです。それは、逆から考えれば、周囲が特性を理解したうえでうまく接することが出来たならば、ひきこもる必要は無かったのかもしれないとも言えます。発達障害の人たちと、1人1人がどう接していくのか、それが問われているのだと思います。

ひきこもりと発達障害について、10月30日の「クローズアップ現代+」(午後10時)で詳しくお伝えします。

ひきこもりクライシス “100万人”のサバイバル

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投稿者:管野彰彦 | 投稿時間:10時02分

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