2019年08月23日 (金)航空券代6万円貸してくれた恩人見つかり再会へ


※2019年5月16日にNHK News Up に掲載されました。

親戚の葬儀に参列するため、ふるさとの島に向かう途中、航空券代の入った財布をなくし途方に暮れていた沖縄の高校生。そこに見ず知らずの男性が名前も告げず貸してくれた6万円もの大金。この恩を忘れることなく「名乗り出てほしい」と呼びかけた結果「恩人」と連絡がつき2人は再会することになりました。

沖縄放送局記者  西銘むつみ
ネットワーク報道部記者  和田麻子・ 大石理恵

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<途方にくれていた若者に名前も告げず6万円>

沖縄県の与那国島の出身で、那覇市の高校2年生の崎元颯馬さん(17)は4月24日、島で行われるおじの葬儀に参列するため那覇空港に向かう途中、財布をなくしたことに気付きました。

崎元さんによると、財布には航空券を買うために引き出した6万円余りが入っていました。

koukuu190516.2.jpg気付いたのは空港に向かうモノレールの中で、車両はすでに終点の那覇空港駅に到着していました。財布をなくしたショックに加え、飛行機に乗れず葬儀にも参列できないと途方に暮れていると、見ず知らずの年配の男性から声をかけられました。

事情を話すと男性は、崎元さんにホームへ降りるよう促し、名前も連絡先も告げないまま現金6万円を渡してくれたといいます。

koukuu190516.3.jpg「お金を手渡されたときは本当に優しい人がいるんだと驚いたし、ことばにならないぐらい感謝の気持ちで胸がいっぱいになった」(崎元さん)
崎元さんは無事予約していた便に乗ることができ葬儀にも間に合いました。なくした財布は現金が手付かずのまま乗車した駅で見つかりました。

<“心温まるニュース”と絶賛!>
この話題について、ネット上では「心温まるニュース」と絶賛する声が相次いでいます。

koukuu190516.4.jpgまた、なくした財布が見つかったことについても、「落とした財布も駅で見つかり、そのまま戻って来たとのこと。いい話」とか、「財布も見つかった、優しい世界」などと称賛する意見が相次ぎました。

一方で「いい話ですけど、駅とかで『財布無くしたので貸してほしい』と言って話しかけてくるのはだいたいが詐欺。寸借詐欺という使い古されたやつです、気をつけて」と、今回の話はめったにない美談だと強調したうえで、悪い人にはだまされないよう呼びかける投稿もありました。

<「名乗り出てほしい!」記事で恩人さがし>
後日、崎元さんは男性の名前も連絡先も聞かなかったことを後悔します。お金を返そうにも、改めて礼をいおうにも相手の連絡先が分からなければどうしようもありません。

通っている沖縄工業高校の校長に相談し、地元の新聞社に記事を掲載してもらって「名乗り出てほしい」と呼びかけることにしました。

koukuu190516.5.jpgその結果、今月10日、埼玉県の医師で、当時用事で沖縄を訪れていた猪野屋博さん(68)から連絡があったということです。

学校を通じて「会いたい」と伝えると猪野屋さんがこれに応え、来週にも2人は沖縄で再会することになりました。
崎元さんは「早く会ってお金を返し直接お礼をいいたい。自分も猪野谷さんのように、周りに困っている人がいたら気付いて手を差しのべられる優しい大人になりたい」と話していました。

<それにしてもなぜ?直接尋ねてみると…>
それにしても見ず知らずの相手に名前も告げず6万円もの大金を貸す。たいていの人にはできることではありません。

当日のいきさつやそのときの心情について、猪野屋さんに直接尋ねてみました。
すると、ちょっとしたドラマのようなワンシーンが浮かび上がりました。

koukuu190516.6.jpg4月24日の朝6時半。医師の猪野屋博さんは那覇空港にいました。前日に沖縄での用事を終えて、次の仕事で北海道に向かうためでした。出発ロビーで搭乗手続きを済ませ、ふとロビーからつながるモノレールの駅に足を運んだときです。

終点のホームに止まっていた車両の座席に座り、ひとりうなだれ、頭を抱えている若者が目にとまりました。猪野屋さんによると、若者のあまりの意気消沈ぶりは初対面でもすぐに分かるほどで、近づいて「どうしたの」と声をかけたといいます。
「おじの葬式に参列するため与那国島に行かないといけないのに空港に来る途中で財布をなくした。チケットが買えず飛行機に乗れない」
「いくら必要なの」と尋ねると、返ってきた答えは「6万円」。
てっきり2万円ぐらいだろうと思っていた猪野屋さんは金額の大きさに驚き、「それはないだろう」と思わず口にしてしまいました。

そのことばを聞いて名前も知らない若者は、ますますうなだれたといいます。
「彼は『6万円がほしい』とは、ひとことも言わなかった。でもあまりに悲しそうな顔をしていた」(猪野屋さん)
このやり取りの最中、モノレールのホームに折り返しの発車を知らせる合図が響きました。
ドアが閉まる間際、猪野屋さんは若者の手を取って「降りなさい」と促しました。
相手の名前も連絡先も聞かないまま自分の財布から6万円を抜き取って差し出しました。

そして、若者が乗る予定だという与那国島に向かうための午前7時20分の便に間に合うよう急がせました。

この間わずか5分ほどの出来事だったといいます。若者は礼もほどほどに空港のロビーに走って消えて行きました。

koukuu190516.7.jpg猪野屋さんはどういう経歴の人なのか。
那覇市の出身で高校まで沖縄で過ごしました。大学は本土の医学部に進みましたが、その後一時、沖縄に戻って病院に勤務したこともありました。

現在勤務しているのは埼玉県三芳町のイムス三芳総合病院。脳神経外科医として、脳卒中神経内視鏡センター長を務めています。猪野屋さんは北海道での仕事を終えて埼玉に戻り、沖縄での出来事を同僚の医師に話しました。

すると、「だまされたんだよ」と一笑に付されたといいます。正直本人もなかば諦めかけていました。
ところがそれから2週間余りたった今月10日

「猪野屋さんの話がネットの記事に掲載されている。『名乗り出てほしい』と呼びかけている」と同僚が知らせてくれたのです。

猪野屋さんが信じて6万円を貸した若者はその恩を忘れていなかったのです。それを知った猪野屋さんは記事に書かれていた高校に連絡しました。
「彼は人として信用できる“本物の人”だと思いました。まさかこんな風になると思っていなかったので、うれしくて涙が止まらなかった」
見ず知らずの若者にお金を貸したときの気持ちについては、「世話になった沖縄に恩返しがしたいと思った。少年の話を信じてよかった」と話しました。

<人と人をつないだ恩返し>
ここ最近ちまたでは、「人をだました」「だまされた」といった詐欺のニュースが毎日のように伝えられています。他人の話をどこまで信用していいのか分からなくなることもあります。

しかし今回、沖縄での話を聞いて、人は情けと信じる心、そして恩を忘れない気持ちがあれば互いによいつながりができ、温かな社会にもつながることがあると感じました。

工業高校に通い、将来は大学進学を目指すという崎元さん。来週にも猪野屋さんと沖縄で再会して学校の授業で作った文鎮などをお礼として差し上げることにしています。

投稿者:和田麻子 | 投稿時間:11時32分

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