2018年12月28日 (金)ラストラン、さよならを言うときに


※2018年11月15日にNHK News Up に掲載されました。

その姿を、その音を、忘れたくないーーー
多くの人たちに愛された数々の列車。その引退の最後の瞬間を逃すまいと、ラストランの記念運行に駆けつけ、駅のホームで写真を撮ったり、車両に乗ったりする熱心な鉄道ファンの姿があります。でも、別れを惜しむ現場ではトラブルも…。
老朽化で車両の入れ替えが各地で相次ぐ今、思い入れのある車両とのひととき、ちょっと、考えてみませんか?

ネットワーク報道部記者 目見田健・藤目琴実・玉木香代子

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<ファン殺到 千代田線6000系>
ラストランを楽しむ鉄道ファンが目指したその車両は、東京メトロ・千代田線6000系。

ras181115.2.jpgデビュー当時の内装
昭和46年にデビュー。省エネのためにアルミ製で軽量化を図り、車内には扇風機が取り付けられました。当時としては最新の制御装置なども話題となり、40年以上にわたって運行されましたが、老朽化で更新時期を迎え、先月、通常運行を終了。

鉄道ファンに最後の別れを楽しんでもらおうと、その後も10日間、土日に特別運行を行ってきました。

11月11日。その特別運行が、最終日のラストランを迎えます。この時、大混乱が発生したのです。


<緊急停止 緊迫の車内>
午後2時すぎ、最後の折り返しにあたる霞ヶ関駅を発車した千代田線6000系。10両編成の中でも、特に先頭車両と最後尾の車両には、次々にファンが乗り込みました。

お目当ては、「列車の顔」。それぞれの車両の前面に記念のヘッドマークが取り付けられています。

ras181115.3.jpg「電車を降りたホーム上で、誰よりも、いい位置で写真を撮りたい」

ポジション争いを制するためにと、車内はすでに大混雑。途中の駅からも次々に乗り込み、混雑は増す一方でした。車内アナウンスでは、安全に走行するためにも、中ほどの車両に分散して乗車するよう呼びかけていましたが、多くは“聞く耳持たず”の状態。

北千住駅を発車し、綾瀬駅に向かう最終区間。ついに、先頭車両と最後尾車両の混雑率はおよそ200%にまで達しました。

この時、乗客が非常通報のボタンを押します。電車は緊急停止。
先頭車両の乗客が撮影した映像には、身動きがとれないほど混雑した車内に、けたたましい警報音が鳴り響き、あちこちで「痛い、痛い!」「子どもが危ない!」など怒号が飛び交い、緊迫した状況が見てとれます。

電車はおよそ5分間、停止したあと、乗務員が安全確認を行い、ようやく運転を再開。14分遅れで最終の綾瀬駅に到着しました。東京メトロによりますと、幸い、けが人はいなかったということです。


<相次ぐ批判 ファンからも>
ネット上では、「ニュースで知って嫌な気持ちになった」とか、「あんな状態を記録に残したい気持ちは理解できない」といった批判的な反応が相次ぎました。一方、鉄道ファンからも、「貸切列車でもなく、普通の乗客も乗る中、これは大迷惑ですね。鉄ファンの恥です」とか、「ほかの乗客の迷惑を顧みない輩たちは、鉄道ファンと名乗るな」といった声が多く、上がっています。

また、鉄道会社の対応については、「最後の運行は全席指定にでもすればいいんじゃね?」「殺到するのわかりきってんだから、管理できていない鉄道側が悪い」などといった意見もみられました。

東京メトロにも、「一部の乗客のマナーが悪い」「特別運行は開催すべきではない」といった意見や、運営方法を見直すべきだという指摘が寄せられているということです。

東京メトロの広報担当者は、「分散しての乗車など、案内を強化すべきだったと考えています。ご迷惑をおかけしたことをおわび申し上げます。イベント開催の是非も含め、検討を進めます」と話しています。


<“鉄道友の会”は>

ras181115.4.jpg北海道 室蘭本線で蒸気機関車の最後の旅客列車(昭和50年12月)
全国で3000人を超える鉄道ファンが集う「鉄道友の会」事務局の鹿山晃さん。ラストランの混雑というのは、かつて、昭和50年の蒸気機関車ブームの時などにもみられたということです。
しかし、今回の事態について、鹿山さんは、「乗客の中には“人が集まるイベントで騒ぎたい”とか、“写真や動画におさめてネット上で発信したい”という気持ちが度をすぎてしまい、抑えが効かなくなっているのではないか」と指摘しています。そして、「安全が脅かされる事態を避けなければいけません。『ありがとう』という感謝の気持ちをみんなで無事に届けるためにも、マナーや譲り合いを呼びかけていきたい」と話していました。


<過去のラストラン、鉄道会社の対応は>
鉄道車両のラストラン。ここ数年の間でも、大勢のファンが駆けつけた場面がありました。

「団子っ鼻」という愛称で人気を博した200系新幹線。平成25年3月のラストランには東京駅におよそ2000人。

平成27年8月、上野駅と札幌駅を結ぶ青い客車の寝台特急、ブルートレインの「北斗星」のラストランには、上野駅におよそ2000人、札幌駅におよそ1500人が集まりました。

ras181115.5.jpg新宿と箱根方面を結ぶ小田急電鉄の特急ロマンスカー。前方に展望席が設けられていて、およそ38年間にわたって走り続けてきた人気の車両も、先月、ラストランを迎えました。

小田急電鉄によると、ラストランの予定をホームページで発表したうえで、乗車できる人数にあたるおよそ400人を事前に募集し、抽選で選んだということです。また、駅のホームにも多くの人たちが集まると考え、安全確保のため、新宿や小田原などの停車駅には、通常の3倍近い駅員や警備員を配置。さらに、駅構内に「黄色い線の内側に。撮影や見学はゆずりあってください」と記した紙を張りだしたり、構内アナウンスで「カメラ用の三脚の持ち込みはご遠慮ください」と注意を促したりして、当日は、目立ったトラブルはなかったということです。

小田急電鉄は、「会社としては安全確保を第一に考える必要がある。夢中になるあまり、我を忘れる事もあると思いますが、皆さん、節度を持って車両を見送ってもらって、ありがたかった」と話しています。


<“ゆっくり のんびり”>

ras181115.6.jpg一方、地方の鉄道の事情はどうなのでしょうか。

運行距離2.7キロで、乗車時間は片道8分。速度も20キロから30キロと「ゆっくり のんびり」を売りにしている和歌山県御坊市の紀州鉄道。バスの車体を利用して作られた鉄道車両「レールバス」のラストランが、去年5月に行われました。

紀州鉄道は、SNSなどでイベントの日程などを紹介しましたが、当初は、地元の人たちを含め、訪れるのは多くても200人くらいだろうと考えていたそうです。
しかし、この「レールバス」が国内で残る、唯一の代物だったこともあり、ふたを開けてみれば、想定の2倍にあたるおよそ400人が集結。記念の乗車券を先着150人限定で事前に配り、通常と変わらない人員で対応にあたりましたが、トラブルは起こらなかったということです。

紀州鉄道の担当者は、「東京メトロ・千代田線6000系のラストランと比較するのは、規模が違いすぎて恐れ多い」としたうえで、「ありがたいことに、地方鉄道のラストランに訪れる熱心なファンの方はマナーがいい人が多く、混乱がなかったのは皆様のおかげです。会社のキャッチフレーズが『ゆっくり のんびり』なので、訪れた人たちも『ゆっくり のんびり』と見守ってくれたのかも知れませんね」と振り返っていました。


<ハッシュタグに込められた“愛情”>
こうした中、ツイッター上で、「#早鉄」とか、「#悪いことは言わない今から撮影しよう」というハッシュタグを見つけました。引退が想定される車両や、日常の鉄道の姿を撮影しようというメッセージが込められていて、ハッシュタグとともに写真が多数、投稿されています。

静まりかえった駅のホームで発車を待つ列車。海沿いを縁取るように走る列車。鉄道ファンでなくても、たたずまいの美しさが感じられる作品ばかりです。こうしたハッシュタグをつけたツイートには、「ラストラン直前に荒れるよりも、注目されてない今のうちに記録しよう」「引退まで残り2年を切り、乗るなら今、撮るのも今」「いつまでもあると思うな国鉄車」といったコメントが添えられ、いちばん美しい姿で記録に残したいという、静かな愛情が込められているようです。

ras181115.7.jpg「#悪いことは言わない今から撮影しよう」というハッシュタグで投稿した、鉄道ファンの釜凹さんは、「引退前は人がそんなに集まらないので撮りやすいですし、失敗してもまた撮り直す機会があるので、いつもそうしています」と話していました。

さらに、釜凹さんは、「ラストランは特別なので、人が集まるのはしかたのないことだと思います。しかし、われわれ鉄道ファンは、鉄道会社がないと成り立たない趣味なので、会社や乗客に迷惑をかけないことが第一だと思います」と話していました。

最後に、印象に残ったことばを。

「“たかが鉄の箱、されど鉄の箱”です。いろいろな人の夢や思いを乗せながら走る電車って、かっこいいじゃないですか」(釜凹さん)

来年、再来年と、まだまだラストランが予定されています。鉄道ファンの「愛と流儀」、どのようになっていくのか、期待です。

投稿者:目見田健 | 投稿時間:16時44分

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