2018年05月24日 (木)運転卒業「そろそろ」はいつ?


※2018年5月2日にNHK News Up に掲載されました。

「うちの親、年も年だしそろそろ運転やめてほしい」 「でも、言ったら逆に反発されそう」 こんな心配を心の中で繰り返しているあなた。言いだす時期を見極めるポイントがあります。

ネットワーク報道部記者 郡義之

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<高齢者の車に乗ってみた>
神奈川県座間市にある自動車教習所。先日、ここである実験が行われました
。高齢者に乗用車を運転してもらい、加齢と交通事故につながる運転ミスとの因果関係を見つけ出すのが狙いです。

unt180502.2.jpg参加したのは70~80代の男女6人。指導教官と一緒に車に乗って教習所のコースを運転してもらい、車庫入れやS字カーブなどの運転技術を確かめます。
私も後部座席に乗せてもらい、いざ出発。
運転してくれたのは現在81歳の正さん(仮名)です。運転歴60年の大ベテランで、今も病院や買い物などで車を運転しています。

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<車庫入れで動揺そして>
ところが運転を始めて数分後、「おっかしいなあ」を繰り返す正さん。
車庫入れをする場所でバックがうまく決まらないのです。何度もハンドルを切りながら、苦労の末、4度目でやっと車庫入れに成功。「いつもと違う場所だから慣れないのさ」と言います。
気を取り直して進みますが、交差点を右折する際にハンドルの切り加減を誤ったのか大回りしてしまいました。後ろで見ていた私もちょっと心配になってきました。


<一時停止でしたよね…>
続いては、手前に「止まれ」の標識がある交差点。正さんは減速しただけで、ゆるゆると交差点内に入っていきました。後部座席にいた私は、思わず右足でブレーキを踏む動作をしてしまいました。
(教官)「今、一時停止でしたよね」
(正さん)「止まりましたよ」
(記者の心の声)「止まってないですよ~」


<ブレーキ!>
コース終盤の直線道路。車は時速30キロほどのスピードで走っています。
「ブレーキ!」 ここで教官が指示を出します。
車道への飛び出しなど急な事態に対応できるかを確かめるためのもので、教官はかなりはっきりした声で指示しましたが、正さんはブレーキの踏みこみが弱く、ゆっくりとしか停止できませんでした。

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<研究者が見た高齢者の運転>
正さんの運転から、何が見えたのでしょうか。
実験を行った、東海大学の鈴木美緒准教授に分析してもらいました。鈴木准教授は、4年ほど前から高齢者の認知機能と運転との関わりについて実験を行っています。

unt180502.5.jpgまず指摘したのが、車庫入れのあとの、ふだんならなんでもない右折の大回りという行動です。
「誰でも運転操作で失敗すると焦りがちになりますが高齢者の場合、その気持ちの立ち直りに長い時間がかかります」
鈴木准教授は、車庫入れで何回もやり直しをした際の動揺が次の運転ミスにつながったとみています。
2点目は、一時停止をしなかったこと。加齢に伴って認知機能が低下すると1つのことに集中して、ほかへの注意がおろそかになりがちです。正さんは慣れないコースでハンドル操作に集中するあまり、一時停止という新たな情報が入って来なかったと考えられるのです。
「急ブレーキ」への反応の鈍さは加齢に伴う身体的な機能の衰えが動作の遅れにつながっていることを示しています。


<言い訳は運転ミスの前兆>
さらに、鈴木准教授が指摘したのが「間違った運転をしてもそれ自体を正当化した」ことです。
「高齢者は長い人生経験とともに行動に自信がついてくる。周りからおかしいと言われても行動そのものを正当化してしまうことがあるのです」
事故の直接の原因ではありませんが、ふだんの運転で思いどおりに行かずに「言い訳」が目立ってきたら、運転ミスを起こす可能性が高まっていると考えられます。
鈴木准教授は正さんの運転について「法的には、ただちに運転が禁止される状態ではないが教習所内での運転を見る限り、不安な点はいくつかある」と言います。
正さん本人は同居する息子から運転をやめるよう何度も言われているということで、「次の免許更新の時に考える」と話していました。


<30項目で簡単チェック>
こんな実験をしなくてももっと簡単に「そろそろ」の時期を判断できるサイトがあります。
鳥取大学医学部の浦上克哉教授が監修し、NPO法人「高齢者安全運転支援研究会」がホームページで公開しているチェックリストです。
項目は全部で30。
・車のキーや免許証などを探し回ることがある。
・今までできていたカーステレオやカーナビの操作ができなくなった。
・運転中にバックミラーをあまり見なくなった。
・スーパーなどの駐車場で自分の車を止めた位置がわからなくなることがある。
・好きだったドライブに行く回数が減った。
こうした質問のうち5つ以上該当すると注意が必要です。もし年1回チェックして該当する項目が増えていくようなら認知症の専門医に相談してほしいとしています。

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<いきなりではなく徐々に卒業>
そのうえで大切なことが1つ。
日本認知症予防学会理事で、医師の北村伸さんは「運転を続けるのか、やめるのかで、何より必要なのは本人と家族の話し合い」だと言います。
家族がいきなり運転をやめさせようとすると反発して隠れて運転するケースなどもあります。認知機能が低下してもまだ運転できる状態と診断されれば、家族と話し合って運転する範囲をふだん慣れている地域だけに限定するなどのルールを作って対応することもできます。
北村さんは「高齢化がますます進む中で認知機能の低下を的確にとらえて運転を徐々に卒業するという考え方も必要だ」と指摘します。
教習所で免許を持っていない若い人に時間をかけて運転技術を教えるように、高齢者が一日でも長く安全に運転を続ける方法を考える。
そのうえで「そろそろ」を見極め、運転から卒業する日を迎えてもらう。
社会全体が考えなければならない課題だと感じました。

投稿者:郡義之 | 投稿時間:15時19分

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