2018年01月15日 (月)ああ!カピバラになりてぇ~
※2017年12月22日にNHK News Up に掲載されました。
22日は冬至。きっと各地のNHKで冬至にちなんださまざまな話題を取材しているのだろう…。そう思った我々は驚きました。なんと、全国で9か所も、お風呂に入るカピバラの取材を予定していたのです。なぜこれほど話題になるの? 取材を進めると、あちこちでこんな心の声が聞こえてきました。「ああ!カピバラになりてぇ~」
ネットワーク報道部記者 飯田暁子・佐藤滋・野田綾
<まずはカピバラ風呂>
まずはプロが撮影した写真を堪能してください。
撮影場所:長崎バイオパーク
撮影場所:伊豆シャボテン動物公園
見ているだけで「ああ~」とか「ぐふぅ~」とか風呂に入った時に発してしまうあの声、出てきませんか?
埼玉県こども動物自然公園
そもそも、いつからカピバラはお風呂に入るようになったのか。私たちはその歴史から取材をはじめました。
<始まりは35年前>
「私たちがカピバラ風呂の元祖と名乗っています」
こう話すのは静岡県伊東市にある伊豆シャボテン動物公園の中村智昭園長。なんと35年も前からお風呂を楽しんでいると言います。
この公園は、日本が高度成長期に入り伊豆半島一帯がリゾート地として開発される中、昭和34年に世界中の珍しいサボテンや動物に親しむことができる観光施設として作られました。
世界最大のねずみの仲間カピバラの飼育もまもなく始まりました。
ところがカピバラは本来、ブラジルなどの南米の川や湖など水辺の草原に暮らしていて、水の中で泳ぐのは大好きですが、寒さは大の苦手です。
ブラジルにいるカピバラの家族
温暖な伊豆地方とはいえ冬は南米出身のカピバラにとって厳しい寒さで、公園では床暖房を入れるなどの対策をしていましたが、水が冷たくて大好きな水遊びもできません。
そんな35年前のある日。
飼育員がお湯で展示場を掃除していたところ、小さなお湯だまりにカピバラたちが集まりました。そして、お湯に足やおしりをつけて気持ちよさそうにしていたのです。
「もしかして、お風呂を作ったら喜ぶかも?」
飼育員はさっそく池の冷たい水を抜き、お湯を入れてみました。するとカピバラたちが我先にと大喜びで入浴したのです。それ以降、お風呂に入るカピバラの姿は伊豆の冬の風物詩となりました。
<各地に広まるカピバラ風呂>
伊豆シャボテン動物公園の中村園長によると、お風呂の温度は40度。飼育員がお湯の蛇口をひねるとすぐに集まってきて、お湯がたまる前から入り出すということです。
大人のカピバラは長いときには2時間近く入っていることも。子どものカピバラはお風呂の中で元気に遊んでいるそうです。
全国の動物園でカピバラの写真を撮っている渡辺克仁さんによりますと、カピバラを飼育している全国の動物園など110か所のうち、およそ40か所で「カピバラ風呂」が見られるそうです。
中村園長は「これほど多くの動物園などでカピバラがお風呂に入るようになるとは思ってもいませんでした。カピバラのかわいい様子が広まって、もっと人気者になれば」と話していました。
<カピバラの気持ち>
ところで寒い日本に連れてこられ、お風呂に入る姿までさらされているカピバラ。本当にお風呂を喜んでいるのでしょうか。
この疑問に答えてくれるのが山口大学共同獣医学部の木村透教授です。
木村教授によりますと、「カピバラは温泉に自分から進んで入っており、入浴中はとても喜びくつろいでいる」と指摘します。
木村教授はこんな実験も行いました。カピバラ6頭を3週間、山口市の湯田温泉の湯に入浴させて調べたところ入浴によって皮膚の保湿効果が確かめられたということです。
ただ、これはあくまで湯田温泉の温泉水での結果。水道水での効果は「わからない」ということですが、木村教授は「赤ちゃんから大人まで喜んで入浴しているので冬はどんどんお風呂を提供してほしい」と話しています。
<お風呂好きの動物ほかにも>
お風呂好きの動物はほかにもいます。
真っ先に思い浮かぶのはニホンザル。雪の降る中、露天風呂につかり、静かに目を閉じている様子は今や外国人観光客にも人気です。
療養目的で入るのは競走馬。けがの治療や疲労回復に温泉を利用しているということです。
また大分県では、温泉を利用して池でカバを飼育していたほかワニを飼育しているところもあるそうです。
<カピバラが羨ましい>
ではなぜ私たちはこれほどまでに「カピバラ風呂」にひかれるのでしょうか。
前述のカピバラ写真家で、写真集やDVD、インターネットなどを通してカピバラについて発信し続けている渡辺さんにそのワケを尋ねました。
「カピバラが大して動きもせず、マイペースでいる姿が羨ましい…」
渡辺さんは10年余り前、観光で訪れた北海道の旭山動物園で偶然カピバラと出会ってこう思ったと言います。
渡辺さんは当時昼はサラリーマン、夜はパソコン教室を経営する極めて忙しい生活を送っていました。そこで見たカピバラ独特のたたずまい。
ライオンやペンギンなどが人間の思い通りに動いているように見えたのに対しカピバラだけは人に背を向け、「もう帰りたいな」というような気配を出している様子に衝撃を受けました。
渡辺さんはその後、仕事をできるだけ抑えてカピバラを追い求める生活を送るようになり、今では年間100日以上、動物園や水族館に通って撮影を行うようになりました。
<きっかけはねずみ年>
渡辺さんによると、カピバラ人気が高まったのは「ねずみ年」だった9年前の平成20年。えとに合わせて各メディアがこぞってカピバラを取り上げたのがきっかけではないかと見ています。
またカピバラ風呂が人々の心をつかむ理由について渡辺さんは「『ブサカワいい』顔をして、お風呂では伸びをしたりうたた寝したり、おじさんぽい感じが、人間に近い印象を抱くからですかね。
自由に生きている感じを、羨ましいと思う人が多いのではないでしょうか」と語ってくれました。
ちなみに、カピバラを追いかける日々に奥様がどう感じているのかを聞きました。
「一緒に動物園に行ってくれて妻も動物園好きになってくれました。ただ、私はずっとカピバラの前にいますが、妻はいろいろなところを回って昼食だけ待ち合わせして一緒に食べています」
<心の保健室>
最後に、渡辺さんにおすすめの「カピバラ風呂」の写真を見せてもらいました。
撮影場所:秋田市大森山動物
ネットでも公表されているこの写真。
「だらしなくていいな」
「カピバラさんほんとすきだぁ…」
「開放感あふれてるカピさんもいますね」
カピバラをうらやむ声が相次いで寄せられています。
渡辺さんは「カピバラ風呂」を含めた動物園そのものを「外界の、景気や株価も関係ない所で心も体も疲れたときにいやしてもらえる『保健室のようだ』」と話しています。
現実逃避と言うなかれ。
人には心の休息が必要で、それでこそ厳しい現実に立ち向かえるのだ。
「ああ!カピバラになりてぇ~」
投稿者:飯田 暁子 | 投稿時間:16時23分