2018年02月01日 (木)高齢ドライバー事故 「運転やめて」家族の苦悩


※2018年1月16日にNHK News Up に掲載されました。

1年間に459件。おととし起きた75歳以上のドライバーによる死亡事故の数です。年明けには、前橋市で85歳の男が運転する乗用車で、女子高校生2人が意識不明の重体となる痛ましい事故も起きました。この事故をきっかけにツイッターではあの手この手で「運転をやめさせようとしている」という家族などからの投稿が相次いでいます。死亡事故全体の件数は年々減る中、一向に減らない高齢ドライバーの事故。取材を進めると、その裏側には「運転をどうやめてもらえばいいのか」と悩み、対応に苦慮する家族や周囲の人たちの闘いもありました。

ネットワーク報道部記者 佐藤滋・郡義之
釧路放送局記者 種綿義樹

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<鍵を隠す?バッテリー外す?>
前橋市での事故のあと、ツイッターで相次いだ投稿。

kou180116.2.jpgこのほか「ハンドルロックをかけた」とか、中には「廃車にした」という人の投稿もありました。そのうちの1人は「高齢ドライバーとその親族の問題に、出口はあるのかな…?」とつぶやいていました。この投稿と同じような思いを持ちながら、多くの人が日々、身内のお年寄りのドライバーと接している様子が浮かび上がってきました。


<投稿した人たちに聞いてみた>
私たちはツイッターに投稿した2人から、話を聞くことができました。いずれも「高齢ドライバーの事故が少しでも減れば」という思いから取材に応じてくれたといいます。

1人は、19歳の男性。7年前に亡くなったひいおじいさんについて聞かせてくれました。茨城県の「完全な車社会」に暮らしていたというひいおじいさん。ある日、ひいおじいさんの車に傷が増えていることに男性の父親が気づいたといいます。「人様に危害を加えてからでは遅い」と家族全員で車に乗らないよう説得し、車のキーも隠しましたが、いつの間にかスペアキーを使って運転していたということです。このため男性の父親は強硬手段に出ました。なんと、車のヒューズを抜いてエンジンをかからないようにしたというのです。「車が故障した」と思ってもらい、「この際、車が古くなったので廃車にしよう」という話に同意してもらったということです。男性は「ひいおじいさんはプライドが高く『老人扱い』されるのを嫌っていたので、返納なんてみじんも考えなかったと思う」と当時を振り返っていました。

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<“知らなかった”では済まされない!>
もう1人、話を聞けたのは、病院で事務の仕事をしている女性です。

多くのお年寄りが訪れる病院では、ひやっとする場面によく出くわすということで、この女性は「ある高齢者の家族は対策として、キー&車隠しをやりました。隠すとどうなるかというと『車がない、キーがない』などと近所を巻き込み、警察を巻き込んでの大騒ぎになり…医者、病院を巻き込んで…」と投稿していました。

電話での取材に応じた女性は、ある患者は、病院の駐車場に止めるのが難しかったり、道路に出るタイミングが危なかったりしていたため、病院の中から見える駐車場にいつも目を配り「いつでも飛んでいけるようにしていた」ということです。ほかにも運転が危険だと思われる人も少なくないということですが、家族や医師などが運転をやめるように説得しても応じない人もいるということで、女性は「病院に来るお年寄りが事故を起こしたとき、こちらが『知らなかった』では済まされないです」と困惑した様子で話していました。


<対策強化を求める遺族>
一方、高齢ドライバーの事故で家族を亡くした人は免許の返納制度の対策強化を訴えています。そのひとり、さいたま市の稲垣智恵美さんが取材に応えてくれました。

kou180116.4.jpg稲垣智恵美さん
3年前の12月、当時15歳だった長女の聖菜さんが車にはねられて亡くなりました。運転していたのは80歳の高齢者で、ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因だったということです。

前橋市で起きた事故について、稲垣さんは「娘が亡くなって丸2年たった今も、高齢者による重大な事故が起き続けている状況に胸を痛めています。とにかく2人の命だけは助かってほしいと願うばかりです」と涙ながらに語りました。「自分と同じ思いはほかの人たちにさせたくない」。稲垣さんは、亡くなった娘の友人たちの協力を得て、高齢ドライバーの適性検査を厳しくすることや運転免許証を自主返納しやすいよう、タクシーの利用に補助金を出すなど、代替手段を確保しやすくするための署名活動をしています。稲垣さんは「事故で失われた命はどんなに努力しても戻らない。すべてのドライバーに車は走る凶器になり得ることを心に刻んでほしい」と訴えています。


<免許返納者が増える中、なぜ返したくない>
去年3月、国が改正道路交通法を施行して、75歳以上の高齢ドライバーへの医師による認知機能の検査を強化したこともあって、免許の返納者が増えている中、なぜ家族の説得を受け入れない人も多いのか。専門家はその理由に「加齢を背景にした心理」があると分析しています。

kou180116.5.jpg松浦常夫教授
交通心理学が専門で、高齢ドライバーの現状に詳しい実践女子大学の松浦常夫教授は、「年をとり、病気などでたくさん薬を飲んだり、最愛の夫や妻に先立たれたりと、老い先が見えてきた中で、老人性うつの症状が出る人もいる。そんなマイナスの状況の中で、車の運転を奪われることは楽しみを奪われることに等しいと感じている」と話しています。


<認知機能の検査以外も>
別の専門家は、「認知症」と運転技術の低下とは直接の因果関係はなく、そもそも加齢により身体的能力は低下するので、免許の返納を進めるためには、認知機能の検査だけでなく、ほかの検査も行うべきだと指摘しています。

kou180116.6.jpg新井平伊理事長(順天堂大学教授)
国の高齢者運転交通事故防止対策に関する有識者会議の委員で、日本老年精神医学会の新井平伊理事長(順天堂大学教授)は「今いちばん大事なのは、高齢者が運転をやめることに納得できる客観的な証拠を示すこと。そのためにも75歳以上になったら、運転免許を取得した時のように学科試験と実技試験を必ずやるように義務づけるべきだ。不合格であれば、本人も納得してやめるし、そして免許を返納後は、行政も公共交通機関のパスなどを代わりに配布するなどの支援をしていくべきだ」と提言しています。


<高齢者も家族も安心できる社会に>
家族からの求めになかなか応じてくれないという悩みの一方で、家族の説得に応じた人に話を聞いてみました。

北海道の根室市に住む柳谷松市さん(83)は、これまで毎日のように買い物などで車を運転してきましたが、最近、遠くに暮らす息子から運転をやめるよう説得されたということです。8月に車検が切れることもあり、これを機に、免許を返納することを決めました。根室市内の主要な公共交通機関のバスは路線が少なく本数も限られているため、車がないと生活しにくいといいます。

それでも柳谷さんは「バスになるのは不便だが、いつ自分の体に異変が起きて、事故を起こすとも分からない。そうなる前にやるべきことはやろうと思った」
地方に暮らす高齢者にとって、生活に車が欠かせないことも事実です。実践女子大学の松浦教授も「運転する時間や場所、車種などを限定する免許を認めることなども対策として必要ではないか」と話しています。高齢者も家族もいかに安心できる車社会を築いていけるのか。事情や気持ちにも寄り添いながら、必要な対策を打っていく姿勢が大切だと思います。

投稿者:佐藤滋 | 投稿時間:16時25分

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