2017年09月22日 (金) "没イチ"という生き方


※2017年6月15日にNHK WEB特集に掲載されました。

“没イチ”
それは夫婦である限り避けては通れない悲しい事実です。夫婦はかなりの高い確率でどちらかが先に亡くなるのです。
いま、配偶者を亡くした人たちがみずからを“没イチ”(離婚した人をバツイチと呼ぶのになぞらえた言い方です)と呼ぶことがあります。
“悲しみを抱きながらも人生を豊かに生きる“その姿を追いました。

ネットワーク報道部
清有美子記者、おはよう日本・下方邦夫ディレクター

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<夫が他界 突然孤独に…>
京都・宇治市に住む名取眞由美さん(66)。夫の繁さんが難病になり突然亡くなったのは8年前でした。繁さんは定年退職を目前に控えた59歳。退職したら夫婦で海外を巡ろうと老後の夢を話し合っていたやさきでした。

botu170615.2.jpg「定年退職後の夢はかなわなくなってしまいました。これまでのお礼も伝えられていません。してあげられることがもっとあったのではないかとも思います。後悔がもの凄くありそれが苦しい」と名取さんは語っていました。


<周囲の言葉もつらく>
何も手に付かず、仏壇の前で一日中過ごす日々が続きます。外出を心がけ、気丈に振る舞おうとしたものの、名取さんを傷つけたのは周囲からの何気ない言葉や対応でした。

botu170615.3.jpg近所の方から「晩ご飯の準備で忙しいわ。いいわね、名取さんは、あなた一人だもんね」という言葉。「ご主人が亡くなったけどあの人、もう元気になっているわ」「死別したばかりなのに華やかな格好をしてバス停で待っているのを見たわ」
自分がそう言われていると聞いたこともありました。“遺族は控えめに生きていかなければいけない”そう求められているように感じ家に閉じこもりがちになっていきました。


<“つれ合い亡くした”仲間と出会う>
そんな名取さんの生活を変えたのは同じ境遇の人たちとの出会いです。配偶者を亡くした人たちなどで作る大阪のNPO法人、「遺族支え愛ネット」を知り去年から参加してみたのです。

11年前に60人程度で始まったこの団体にはいま、関西を中心におよそ200人の会員がいて、定期的に集まって悲しみを打ち明け合っています。

botu170615.4.jpg出かけた先々で、「妻と一緒にここに来た時のことを思うと涙が出そうになる」という男性。
妻の衣類のにおいをかぎ、「妻を思い出している」という死別したばかりの男性。
「自分から一歩前に出ないと行けない、年老いている場合ではない」と積極的に外出するようにしているという女性。

配偶者を亡くした人たちにもらったのは「周囲を気にせず、希望を持って生きる勇気」だと言います。
「つらくて涙を流してきた人たちだから、言葉にしなくても通じ合うものがあります。そうした人と知り合っている間に自分も変わっていく気がします」。名取さんはそう話していました。


<そしていま…>
最近、名取さんは、若いころ好きだった油絵を本格的に学ぼうと、美術大学の講座に通うようになりました。

そして何より夢中になれるものを見つけました。フィギュアスケート・羽生結弦選手。応援をしに国内外のスケートリンクを訪れるようになり、新しい世界に目が向くようになりました。

botu170615.5.jpgそして、こう語ってくれました。
「完全に立ち上がることはできなくても、時間はかかっても気持ちが軽くなる日は必ず来ます。夫がいつか迎えに来てくれた時に、あれから私こんなことしたよ、あんなことしたよと、楽しい報告ができたらと思います」


<死別後 男性は孤立傾向>
さて「没イチ」の人たちですが、女性に比べ男性の方が孤独に陥りやすいことが分かってきました。
長年、老後の生活などについて研究してきた第一生命経済研究所、主席研究員の小谷みどりさんは、配偶者を亡くし、1人で暮らす高齢者について調査し、ことしその結果をまとめました。

配偶者の死後、女性は半数の人が「外出時間が“増えた”」と答えましたが、男性はその反対。「外出時間が“減った”」と答えた人が最も多いのです。つまり男性の方が孤立しやすい傾向が確認されました。

botu170615.6.jpg小谷さんによると「男性は妻より先に自分が死ぬんだと思い込んでいる人が多いのです。唯一頼りにしていた妻がいなくなると、路頭に迷ってしまう男性がすごく多い」のだそうです。


<男性も多く参加 “没イチの会”>

botu170615.7.jpgそこで、小谷さんが中心となって始めたのが「没イチの会」です。
講師を務める生涯学習の受講生に呼びかけたところ、配偶者を亡くした男性が参加するようになりました。

会では、亡くなった配偶者の話ではなく、今の生活やそれぞれの趣味の話が中心です。去年から参加している田中嶋忠雄さんは会合で自分が育てた庭いっぱいのバラの写真を見せていました。
庭作りは5年前に妻と死別してから、その供養のために始めました。
没イチの会に参加することで、庭造りの話をする仲間を得ることができたのです。

botu170615.8.jpg田中嶋忠雄さんは、「“おーすごい”とかほめられるとうれしい。落ち込んでいたら、かみさん悲しんじゃうんじゃないかと思う。“私が先立った後はもう元気にやってください”って言うのではないかな」と話していました。

この会では男性一人ではなかなか申し込みにくい旅行なども企画し、気兼ねなく外に出られる機会を作っていく予定です。


<亡くなった人の分も生きる>
小谷さんも実は夫を亡くしています。そのうえで「『亡くなってしまった配偶者の分、残された私たちは人生を楽しむ義務があるんだ』と申し上げています。ひとりになった人たちがどう立ち上がっていくのか、支え合える会が地域の中にどんどんできていけばいいな思っています」と話し、配偶者と死別した男性も女性も暮らしやすい仕組みづくりが今後の社会でより求められると説明しました。

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<もういちど“没イチ”という言葉について>
「没イチ」という言葉、なかには嫌な印象を抱く方もいると思います。同時に、第三者が、死別した人に気軽にかけていい言葉ではないとも思います。

一方で、取材させていただき、みずからを“没イチ”と呼ぶ方々からは「人生の後半、残りの人生を妻・夫の分も豊かな人生を全うしよう」という気持ちと亡くなった配偶者への深い愛情を感じました。

配偶者を亡くした人は65歳以上だけで860万人以上います。その数は年々、増え続けています。夫婦、また、パートナーと暮らしている間はなかなか想像できない、想像しにくいことですが、誰にでも起こりえるのが”没イチ”です。悲しみを乗り越えるのではなく悲しみを抱えながらも1人となった人生と向き合うその大切さを知りました。

投稿者:清有美子 | 投稿時間:11時11分

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