2014年12月22日 (月)寒さに弱いAED 氷点下で命を救うには


年間7万人もの人が亡くなる「心臓突然死」の救命の切り札「AED」。
しかし、実は寒さに弱く、氷点下の環境では、うまく作動しないおそれがあります。
その弱点を克服しようと、さまざまな工夫が行われています。
現場を紹介します。

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【氷点下は想定外のAED】

AEDの添付文書には、「0℃~50℃」という使用環境条件が明記されています。
実は、「AED」は氷点下での使用が想定されていないのです。


【寒さによる不具合 心臓発作の男性救えず】

実際、寒さで動かなかったとみられる事例も起きています。
2011年2月、関西のある町の消防に「自宅で男性が苦しがっている」という通報が入り、救急隊員が現場に駆けつけました。

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突然心臓発作を起こして倒れた男性に対し、隊員は医療用のAEDを使って蘇生を試みました。
ところが、何度試しても動きませんでした。
この日の最低気温は氷点下4℃。
AEDの電子部品が寒さで不具合を起こしたとみられています。

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倒れた男性は病院に運ばれましたが、心臓は再び動き出すことはなく、その後亡くなりました。
消防の担当者は、「最善を尽くそうと、次の手立てを考えながら現場活動をしたが、患者の命を救う意味で一番大きなAEDが使えず、隊員は歯がゆい思いをしていたはずだ」と話していました。


【冬場は心臓突然死が増える】

AEDに詳しい国家公務員共済組合連合会・立川病院長の三田村秀雄さんは、気温が氷点下に下がる冬場はAEDを使う上でも、特に注意が必要だといいます。
三田村さんは、「心臓突然死は12月、1月、2月の冬場に1割から2割くらい増える。気温がだいたい5℃下がると突然死の発生頻度が11%から16%くらい増えるので、いまの時期は突然死の危険性が高まる一方、AEDという機械の方も、若干、環境条件が厳しくなるという、その2つの側面を理解しておくことが必要だ」と話しています。

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氷点下でAEDを使わざるを得ない現場で命を救うにはどのようにしたらよいのか。

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【保温して現場で使う自衛隊】

冬場、氷点下の過酷な環境で、日常的に訓練を行っている陸上自衛隊では、毎年10人ほどが心肺停止になるといいます。


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自衛隊の医師、竹島茂人さんは、AEDを常に使える状態にすることが不可欠だと考えています。
AEDは、氷点下の環境でどこまで使えるのか、メーカー5社の協力を得て実験を行いました。

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事前に、暖かい部屋(室温21℃)に保管しておいたAEDを、氷点下20℃の実験室に持ち込みました。
実験の結果、しばらくの間はすべてのAEDが作動することがわかりました。
使う前に、暖かい状態にしておくのがポイントでした。

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竹島さんは、AEDを氷点下の現場に運ぶ際も、隊員みずからの体温で、保温を続けるよう指導しています。
AEDを肩からケースごとかけ、その上から防寒具をまとうという方法が簡単で有効だといいます。

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竹島さんは、「メーカーは、保証する温度は0℃から50℃と説明せざるを得ないと思うが、常温で保管しておいたAEDは、氷点下に持ち出してもしばらくは機械自体は使用可能な温度にとどまっていると考えられる。氷点下の環境でも使えることが実験で示唆されたので、一人でも多くの人を助けられるよう、常温で保管しておいたAEDを迷うことなく現場に持ち出して、一秒でも早く使ってほしい」と話しています。

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寒さに弱いAED。
弱点を克服しようという取り組みは身近なところでも広がっています。

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【スキー場ではストーブで保温】

長野県にあるスキー場のパトロール隊では、2007年からAEDを活用しています。
AEDを保管している隊員の詰め所は、4台のストーブで常に暖められています。

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この日の外気温は氷点下7℃でしたが、室内は16℃に保たれていました。
また、AEDを使うときはリュックに入れたまま持ち出すことで、外気に直接触れるのを防いでいます。

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2011年2月、突然心臓発作で倒れた20代の男性のケースでは、AEDを使うことで心臓が動き始め、意識を取り戻しました。

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八方尾根スキーパトロール隊長の石原洋一郎さんは、「3年前のケースは、AEDがなかったら確実に蘇生できなかったと思う。氷点下であってもAEDを使うしかないので、温度管理をしっかりして持ち出すようにしている。氷点下でももう少し長く使えるAEDがあればすごく助かるのに」と話していました。

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AEDが24時間いつでも確実に作動するよう、コストをかけて、設備を整えているところもあります。


【教育施設は保温装置を導入】

多くの子どもたちが宿泊する長野県の教育施設。
広い敷地内に建物が点在するこの施設は、冬場になると室内でも氷点下になるところもあり、水回りにはヒーターをつけて凍結を防いでいます。

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ところがAEDは盲点だったといいます。
国立信州高遠青少年自然の家の所長の下村善量さんは、「まったく盲点というか、考えもしませんでした。当然AEDはいつでも使えるものだと思っていました」と当時を振り返ります。

弱点を知った施設が導入したのがAED専用の保温装置。
温度が下がらないようヒーターでAEDを暖めます。
価格は1台16万円ほど。

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下村さんは、「毎年約8万人が宿泊をしています。夜は冷え込むので、いつなんどき心停止する子どもや大人がいるかもわからないので、こうした手当は必要だと思う」と話していました。

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メーカーの保証はなくても、AEDに頼らざるを得ない氷点下の現場。
一人でも多くの命を救うための模索が続いています。  



<取材後記>

寒冷地仕様のAEDを容易に作ることができればよいのですが、メーカーは、寒さに強いバッテリーの開発など技術的な課題と、コストの問題があり、すぐに実現することは難しいとしていて、当面は、なんとか工夫で乗り切るのが一番のようです。

1年間取材を続けてきて、「誰でも簡単に使えるAED」と、積極的な使用を呼びかけてきました。
しかし、「いつでも」というわけではなかったのは、取材者である私自身にとっても驚きでした。
事実を知って、北海道や東北の大学や駅、スポーツ施設など、AEDを設置をしているところを取材してみましたが、寒さに弱いということを知らないところがほとんどでした。
メーカーは、寒冷地などで販売する際には、温度条件の説明をしているといいます。
温度管理の重要性を繰り返し伝えてほしいと思いますが、設置する側にも、引き継ぎの不備という問題があります。
AEDは、毎日使えるかどうかをランプや表示を見て点検したり、定期的にバッテリーやパッドなどの消耗品を交換したりする必要があります。
ところが、これが十分ではありません。
担当者が代わると、そうした注意事項が十分に引き継がれないことが多いのです。
AEDの弱点の認知度が低いのには、こうした背景もあるかもしれません。


今回、NHKでは3通りの実験を行い、寒さに弱いAEDの確認と、寒さの中でも使える可能性を探りました。

実験結果です。
(※いずれもメーカーが正常な動作を保証する範囲外での環境下で行っています)

①氷点下20℃に1時間を超えて放置するとどんな不具合が出るか
・バッテリーが少ないという表示が出ました。
・バッテリーがないので交換しないと使えないという音声案内が流れました。
・AED内部の温度センサーが働いて「使えない」という表示が出ました。
・AEDの音声案内が不要なのに止められなくなりました。

②常温で保管していたAEDは、氷点下10℃で使えるか
・ 5分後、すべて作動しました。
・10分後、すべて作動しました。
・15分後、すべて作動しました。
・30分後、すべて作動しました。

③常温で保管していたAEDは、氷点下20℃で使えるか
・ 5分後、すべて作動しました。
・10分後、すべて作動しました。

実験結果を踏まえ、氷点下でのAEDの扱い方について、国家公務員共済組合連合会・立川病院長の三田村さんは、次のように話しています。

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▼機械としての限界について
「AEDも機械であり、機械というのは100%完璧ということはなく、それなりの限界を持っている。実験結果は、気温が極端に低くなったときには、期待が裏切られる可能性があるということを示唆しているのではないか」

▼AEDの普及が進んだゆえの課題
「おそらく最初にAEDが作られたときには、「常温で使われるもの」という想定で、使う側もそういう感覚だったのだろうと思う。北海道や北陸などの寒冷地や標高の高い山の山小屋の近く、あるいはスキーやスケートなどウインタースポーツの環境でも、事故というのは起こり得る。AEDが普及したおかげで、逆にそういうことも心配する範疇に入ってきた」

▼寒冷地でAEDをどう保管するか
「AEDという機械が完璧ではなく、極端に気温が低い場面においては正常に作動しない可能性があることをまずは知っておく。それをもとに、寒冷地、あるいは寒くなる可能性のある地域では、屋外に保管しておくことは避けるべき。屋内であっても極端に寒くならないような場所にし、保温ケースの利用も考える。ウインタースポーツなどの氷点下の環境では、保温をし、いざというときに使えるような態勢にしておくといった注意が必要」

▼AEDはどこで使うか
「心停止に限っては、倒れた人をどこかに運ぶということは基本的にはしてはいけない。その時間がもったいない。常に心臓マッサージをしなければいけないが、運んでいる最中は心臓マッサージができない。心臓マッサージができない時間があってはならず、その人を移動させるのではなく、AEDのほうを現場に持っていくこと」

▼寒さによる不具合をおそれないで
「寒いところではAEDが不具合を起こすかもしれない。ただし、実験結果からは、およそ10分以内であればそう大きな心配はなさそうだと思う。一般的には心停止、特に心室細動という不整脈が起こってから電気ショックをするまでの時間が、大体1分遅れると、助かる可能性は1割ずつ下がると言われているので、早く電気ショックをするということがまず第一。10分以内にAEDを使うのであれば、暖かい場所からもし外に出したとしても、それは使っていただいていいし、むしろ使うべきだと思う」

▼AEDはよいことしかしない
「AEDの作動状況が不安定になる可能性はあり得るが、それが倒れている人に対して、今以上に危害を与えるということはまずない。AEDは、悪さをすることはない。AEDはよいことしかしない」

▼AEDが使えなければ心臓マッサージを
「AEDが作動しない場面では、心臓マッサージをひたすら続けること。119番を一刻も早くすることがまず第一だが、救急隊が到着するまでは心臓マッサージ。また、AEDが使えれば、電気ショックをした直後に心臓マッサージを再開する。心臓マッサージは10秒も休んではいけないと考えられているので、救急隊が来るまでか、倒れた人が動いて嫌がるそぶりを見せるまで続ける」

▼倒れた人に寒さは影響しない
「救命処置をする際には、寒い場所で患者さんが裸になってしまうことを気にすると思うが、心停止の場合には若干体温が冷えるということは、それほど大きなマイナスにはならない。寒いから暖かいところに患者さんを運ばないとかわいそうだという感覚があるかもしれないが、むしろその場で対応するということのほうがもっと大事」



【国も注意喚起に乗り出す】

報道を受けて、2014年12月、厚生労働省はAEDのメーカー6社に対し、寒冷地でAEDの保管場所が氷点下にならないよう設置者に指導を求めるとともに、都道府県にも適切な温度管理を周知するよう求めました。
また同時に、総務省消防庁でも、全国の消防で配備しているAEDに対して保管や運搬の際には氷点下にならないよう適切な温度管理を求める通知を出しています。
さらに、これに続く形で、文部科学省でも、学校に設置されているAEDについて、適切な温度管理をして保管するよう都道府県を通じて注意喚起をしました。


“寒さに弱い”「AED」、くれぐれも対策をお忘れなく。

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投稿者:三瓶佑樹 | 投稿時間:08時00分

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