2014年01月16日 (木)食べる力を取り戻す


口から食べることは日々の生活の基本。しかしそれができなくなったらどうなってしまうでしょうか。国の調査では、自宅で暮らす65歳以上のお年寄りのうち、かんだり飲み込んだりする力に何らかの支障がある人は45%にも上ります。この結果、多くの人が低栄養の状態に陥っていると指摘されています。一度食べる力を失うと、回復できないと考えてしまいがちですが、取り組みによって多くのお年寄りが再び食べられるようになり、生きる意欲を取り戻しています。

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食べ物を上手く食べられないお年寄りの画像です。本人は食べようとして口を動かしていますがなかなか食べ物が中に入っていきません。高齢化や病気によってかんだり飲み込んだりする力が落ちてしまうお年寄りは少なくありません。

taberu20140116-1.jpg都内に住む中島清さん(92)です。現在は普通の食事を楽しんでいますが、実は、1年前まで食べ物がうまく飲み込めず、体重も37キロまで落ちていました。

taberu2010116-3.jpg当時の日記には、食べられなくなった苦しさや不安な気持ちがつづられていました。中島さんは「食べようと思っても食べられないんだからこんな苦しいことはなく極端にいえば終わりかなと思った。このまま年齢的に見ても老衰になるのかと思った」と当時の様子を振り返ってくれました。

taberu20140116-4.jpg中島さんがかかりつけの医師の紹介で受診したのが、食べる力の回復を専門に行う日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニックでした。噛んだり飲み込んだりする力を徹底的に分析した結果は家族の予想とは違ったものでした。中島さんの場合、食べ物はうまくかみ砕かれ、なんとか飲み込むことはできていました。食べる力はまだ残っていたのです。

taberu20140116-5.jpg中島さんの場合、食べなくなってしまったことで栄養状態が悪化しそのために筋力が低下してますます食べられなくなった状態にはなっていたがと見られています。しかすクリニックでは本来の食べる力はまだまだ残っていたので十分な訓練や食べる量の指導をすることで回復は可能だと診断しました。そこで中島さんは声を出したりほおを膨らませて口やのどの筋力を鍛えたり、軽い腹筋など10分ほどの運動を1日3回続けました。こうすることで徐々に食べる力が戻ってきたのです。

taberu20140116-6.jpgその結果、1年で体重は7キロも回復。中島さんは「自分でかんで味わってのみ込める。それも箸を使って食べられることがやはり幸せだよね」と話していました。

taberu20140116-7.jpgクリニックでは1年あまり前に開院し、うまく食べることができなくなったおよそ2000人の食べる力の回復にあたってきました。

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食べる力の衰えと一口に言っても状態は千差万別です。口やのどに残された力をひとりひとり分析した後、大切なのがトレーニングです。首を持ち上げる運動でのどを動かす筋肉を鍛えたり、全身運動も行って飲み込む力を高めます。

taberu20140116-9.jpg院長で歯科医師の菊谷武さんは「食べることは総合力です。私たちはご本人の食べたい意欲、家族の食べてもらいたい思い、それを最大限実現できるように支援することが仕事です」と話しています。

taberu20130116-10.jpgさらに、菊谷さんが力を入れていることがあります。それはクリニックに来られない在宅の患者の訪問診療です。この日は三富利雄さん(82)の元を訪れました。三富さんは1年前から、おなかの外から胃に管を通して栄養を送り込む「胃ろう」をしています。それでも、再び口からものを食べたいと願い続けていました。1人で介護している長男もその思いをなんとか実現したいと自己流で色々試してみたりしましたがうまくいかず、これぐらいならいいだろうと煮物などを食べてもらい、結果肺炎になってしまうなど危険なこともあったといいます。

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そこで菊谷さんは、実際の自宅での生活の様子を見たり、介護担当者の話を聞いたりして、食べる力の回復を目指すための指導に取り組んでいます。最初に指導したのは食べる姿勢です。以前はベッドをほぼ直角に起こしていましたが、三富さんの場合、傾きがある方が飲み込みやすいことがわかりました。

また何を食べるかも重要です。菊谷さんが勧めたのはまぐろのたたき。のどの力が弱い三富さんにとって、油が含まれている方が飲み込みやすいと考えたのです。好物だというまぐろを食べるのはおよそ1年ぶりのことでした。

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のどに詰まらせずにきちんと食べられているか、菊谷さんはのみ込んだ時の音などを慎重に確認していきます。また食べ方のアドバイスも行いました。とろみのあるゼリーと交互に食べる方法です。のどの中の食べ物を押し流し、確実にのみ込めるようにするためです。こうした1人1人の状態にあったちょっとした工夫が安全に食べるためには必要になってくるといいます。

taberu20140116-13.jpgまぐろを口にした三富さんは「もっと食べたい」と話していました。長男は「うれしいですね。やっぱり人間食べたいですよね。 父親は意欲的になり以前より顔つきも明るくなってきたと思います。胃ろうにした時は悩みましたがそこから基本的な栄養はとりながら、このように少しでも安全に食べることができれば、この状態を維持していきたいです」と話していました。

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 【取材後記】

食べることの大切さ、そして自宅で指導することの重要性を改めて実感しました。こういった栄養指導は病院や施設では行われるようになってきていますが、在宅のお年寄りの元にはまだまだ届いていないのが実態です。クリニックでは、介護する人がどこまでだったらお年寄りを支援できるかも見きわめながら、実践的なアドバイスを行っていきます。無理せず安全に食べながら体調を回復していく、そのプロセスは時間はかかるかもしれませんが、お年寄り本人だけでなく介護している人たちの喜びにもつながっている様子が分かりました。

またクリニックでは実際にどういった食べ物なら食べられるか参考にしてほしいと、介護食品の試食会も開くなど積極的に情報提供を行っています。参加していた本人や家族の多くから聞かれたのが「食べられないのでなんでもミキサーにかけて食べているが栄養が十分とれないだけでなく食べる満足も得られないで困っている」ということでした。介護食品も様々な種類が販売されているので、すべて手作りでなくても市販品もうまく活用しながら生活してほしいとクリニックでは話していました。

さらに食べる力を支えるためには家族だけでなく、専門職との連携も不可欠になってきます。クリニックでは栄養士などとチームを組んで動いていますが、地域のケアマネージャーやヘルパーなどとも情報共有しながら、どういった食べ方を目指すのか、計画をたてて取り組んでいくことが重要です。こうした連携は、まだまだ全国どこでも進んでいるとはいえませんが、これだけ在宅で食べることに悩むお年寄りが増えている中では早急に進められなければいけない課題だと感じました。

食べることは生きる意欲にもつながります。無理して食べることは誤って気管の中に食べ物が入ってしまい肺炎などを起こす危険がありますので、あくまでもその人の口の状態にあった食べ方がないか専門家の評価の元で見つけていくことが重要です。悩みを抱えている人は「もう食べられない」と諦めずに「どう上手に食べていくか」、一度かかりつけ医、もしくは地域の包括支援センターに相談してみてはいかがでしょうか。

投稿者:山本未果 | 投稿時間:08時00分

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