2017年12月08日 (金)ニッポンのカワイイはどこへゆく
※2017年11月27日にNHK WEB特集に掲載されました。
先日、一風変わったファッションショーの取材に行きました。
モデルがまとうのは、イスラム教徒=ムスリムの女性がかぶるスカーフ「ヒジャブ」をカワイイ風にアレンジしたもの。「日本のカワイイ文化はイスラム世界にも!」と思いきや、背景にあるのは日本側の事情。
同じ日、飛び込んできたのはカワイイ文化を世に広めた雑誌「Zipper」休刊のニュース。カワイイ文化に今、何がおきているのでしょうか。
ネットワーク報道部記者 玉木香代子
<初披露 カワイイ×ムスリム>
取材したショーは「Kawaii Hijabi Collection」。文字どおりムスリムの女性が、髪の毛や肌を隠すために頭に巻くヒジャブを、日本人デザイナーがカワイイ風にアレンジした作品を紹介するショーで、今回初めて開かれました。
舞台では、パステルカラーの生地にフリルや飾りを付けた“カワイイ”ヒジャブをまとったモデルがかっ歩。ポーズを決めるたびに、マレーシアやインドネシアの女性たちが興味深そうに写真を撮る姿があちこちで見られました。
<カワイイ発信源の雑誌 休刊>
取材を終えて会社に戻ると「雑誌『Zipper』が休刊を発表して、ネット上で注目されているらしいぞ』と担当デスク。
すみません、私、恥ずかしながらその雑誌知りません。きっとデスクだってついさっき知ったばかり。でも、すぐに調べるのが記者の仕事。どうやらカワイイ文化の発信源となった雑誌が、その歴史に幕を下ろすということだと分かりました。
Zipperは1993年に創刊された、10代後半から20代半ばの女の子たちをターゲットにしたファッション雑誌。原宿で流行のおしゃれをいち早く発信し、あのきゃりーぱみゅぱみゅさんもデビュー前から読者モデルとして起用されたことで知られています。
最盛期の2000年には発行部数が35万部にのぼり、日本のカワイイ文化を世に広めましたが、現在の部数は7分の1にまで落ち込んでいます。
そして11月21日に『24年の歴史に幕を閉じることになりました』と公式ツイートで休刊が発表されたのです。 ネット上では、休刊を惜しむ声が相次ぎました。
実はファッションショーの取材で、事前に関係者から「国内市場だけでは限界があり、海外に販路を広げる必要がある」という言葉を聞いていました。そこにZipperの休刊というニュース、取材している現実がつながりました。
<国内で感じる変化>
「原宿とかを歩いていても、ロリータさんを見かける機会が減っていて悲しいですね…」
こう語るのは、今回のファッションショーに出品したデザイナーの1人、徳嶺裕子さん。徳嶺さんはふだん、カワイイ文化の一つで少女のあどけなさやかわいらしさを表現したロリータファッションのドレスを手がけていますが、最近では日本人のニーズが減る一方で、外国人の関心が高まってきていると感じています。
東京・世田谷区のアトリエでは、徳嶺さんがつくったドレスの試着や記念撮影ができますが、最近の顧客はほとんどがヨーロッパなどからの外国人旅行者だといいます。
中には「海外まで送ってくれ」と注文する人もいるそうです。さらにネット上では、ムスリムの女性たちが日本のアニメキャラクターのコスプレを手作りのヒジャブでポーズを決める様子も見ていたと言います。
今回のファッションショーへの参加を依頼された徳嶺さんは「肌の露出が少ないロリータファッションはムスリムにも受け入れられるのではないか」と思ったそうです。
<ムスリム側にも変化が>
東南アジアのムスリムの間でも、日本のカワイイ文化を受け入れる余地が急速に芽生えてきています。実は、今回のショーには、現地で服飾デザインを学ぶ学生たちも招かれ作品を披露しました。
上品なベージュやピンクのヒジャブは、フルーツの皮を使って染めた優しい風合いが持ち味で、天然素材のため肌にも優しいそうです。
もう一つ、足元まで長く流れるような淡い黄色のヒジャブは大人っぽい仕上がりです。
もともと宗教的な理由で身につけられていたヒジャブを、インドネシアやマレーシアなどの女性たちは、ファッションアイテムの一つとして楽しむ傾向が広まっているのです。
このドレスを制作したのがインドネシア人のアニータ・ユニ・ホリラさん(29)とエルシャ・クルニア・レスタリさん(30)。2人は来日初日に原宿の竹下通りを訪れました。
ヒジャブに付けられそうなカラフルな髪留めやアクセサリーにくぎづけ。さらに初めて見た「綿あめ」にも大興奮。パステルカラーとふわふわ感が、デザイナーの心を刺激したようです。
アニータさんは「若いエネルギーを強く感じる。ムスリムファッションとも通じるところもある」と話していました。
<カワイイヒジャブ 反応と課題>
そして冒頭に紹介したカワイイヒジャブのファッションショー。アニータさんやエルシャさんの目にはどう映ったのでしょうか。
まず口にしたのは「カワイイコンセプトが全面に出ている」「今までみたことがないファッションですばらしい」。
一方で厳しい意見もありました。
「ムスリムポリシーにそぐわないファッションも一部あったので、改善してほしい」
どういうことか聞くと、ヒジャブから前髪が出ていたり、ひざから下の足が見えたりしていたというのです。ファッションを楽しみつつも、イスラム教の教えから肌の露出を控えている彼女たちにとってはやはり見逃せない「ルール違反」だったようです。
<カワイイ文化の進化を願って>
会場には、鮮やかなワインレッドのヒジャブをかぶった日本人デザイナー徳嶺さんも訪れ、アニータさんたちと新たな交流が生まれていました。
あるインドネシアの若い女性は徳嶺さん手作りのヒジャブを試着し「カワイイ!念願だった夢がかなった」と大興奮。別の女性は、真っ白なウェディングドレスとおそろいで着用できるヒジャブに注目していました。
徳嶺さんは「こんなにも喜んでくれる人がいるなんて私もうれしい。今回初めての試みで気づかされることはとても多く、これからはもっとムスリムの習慣文化を学んで新しい商品開発にも生かしていきたい。カワイイに触れてこなかった人に、機会をつくっていける作り手になりたい」と今後の抱負を語ってくれました。
21世紀に入って最も広まった日本語とも言われる「カワイイ」は今、大きな岐路にたっているのかもしれません。国や宗教の壁を越えて受け入れられるような新たなデザインに、意欲的に挑戦する若い人たちを応援したいと感じました。
投稿者:玉木香代子 | 投稿時間:16時45分