2019年04月03日 (水)タヌキの色は緑色? 知っておきたい色の見え方の多様性


※2019年1月22日にNHK News Up に掲載されました。

ある小学生の男の子がノートに描いた動物のイラスト。タヌキとクマが緑色に塗られています。この絵を見てどのように感じますか?子どもたちのために知っておきたい、色の見え方の多様性の話です。

ネットワーク報道部記者 鮎合真介・吉永なつみ

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<“色の識別が難しい”って?>
きっかけは去年(2018年)10月中旬、岐阜県教育委員会が行った調査に関するニュースでした。

20万人余りが在籍する岐阜県内の公立学校では、色の識別が難しく、黒板の文字が読みにくいという子どもが1800人ほどいることが分かったというのです。

色の識別が難しい?20万人のうち1800人も?

そんな驚きから、これまで「色の見え方」を気にかけたことのなかった子育て中の30代記者2人が取材を始めました。


<男性の20人に1人>
日本眼科医会によると、生まれつき色の識別が難しいことを医学用語で「先天色覚異常」といいます。「異常」ということばは耳慣れない感じもしますが、例えば“血圧の異常”のように、正常値とされる範囲から外れていることを医学的には「異常」と表現します。

人間の目の網膜には、「錐体(すいたい)」と呼ばれる視細胞があります。光を感じ取るセンサーのような働きをしますが、「先天色覚異常」の人は特定の色を感じるセンサーがもともとなかったり、感度が低かったりします。

tan190122.2.jpg見分けにくい色の組み合わせ例
だからといって、白黒の世界に見えているとか、色がまったく分からないというわけではありません。見分けにくい色の組み合わせがあるということです。

日本眼科医会によると、例えば、「赤と緑」「だいだいと黄緑」「茶と緑」など。先天色覚異常の人は全国でおよそ300万人。割合にすると男性の20人に1人、女性では500人に1人。学校のクラスでいえば1クラスに1人はいる可能性があり、「まれなこと」とはいえないそうです。

岐阜県教育委員会は、こうした子どもたちに配慮して、文字が読みやすい特別なチョークを導入することにしました。


<どう見えるの?>
メーカーによると、この特別なチョークは顔料や色素の量を変えて色を区別しやすくしたものだといいます。実際にチョークを使った授業を見たいと思い、記者は、去年11月、千葉県松戸市の殿平賀小学校を訪ねました。

tan190122.3.jpg「1、2、3、4・・・」。4年生の国語の授業では、教師が児童と一緒に声に出しながら、漢字を1画ずつ板書していました。使われている色のうち、白以外の赤、青、緑、黄が特別なチョークです。この日は窓から明るい日差しが差し込んでいたので、普通なら文字が見にくくなるはずでしたが、特別なチョークで書かれた文字は、記者からすると、見やすいように感じました。

tan190122.4.jpg色覚異常に対応したというチョーク
松戸市教育委員会によると、一般的なチョークと価格がほとんど変わらないことなどから、今年度から特別なチョークだけを購入し、市内にある全ての公立小中学校で順次、切り替えていくということです。こうした動きは、このところ、長野県や兵庫県などの一部の自治体でも見られます。


<色以外の情報で>

tan190122.5.jpg中村かおる医師
一方、色覚異常に詳しい東京女子医科大学眼科の医師、中村かおるさんは「特別なチョークさえ使えば、色覚異常の子どもへの配慮は十分だと思わないよう注意してほしい」といいます。

中村さんによると、黒板には白・黄色のチョークを主に使い、強調するところは囲みをつけることが望ましく、文字や記号を併記するなどして、色以外の情報を加えるようにするとよいといいます。


<生まれつきの感覚、どうやって知る?>
色の見え方は生まれつきの感覚なので、先天色覚異常であっても本人も周りも気付きにくいそうです。

知る方法の1つに「色覚検査」があります。かつては学校の健康診断で広く行われていました。30代以上の人は一度は経験があるのではないでしょうか。もともと大正時代に徴兵の検査用として始まったもので、その後、学校に導入されました。戦後も健康診断の1つの項目となり、対象が小学4年生だけになった平成7年以降も続きました。

tan190122.6.jpgしかし、「差別につながる」などといった批判を受けて、文部科学省は平成15年度から健康診断の必須項目から外しました。その結果、希望者を除いて、全国のほとんどの学校で色覚検査は行われなくなったのです。


<知らずに大人になって>
ところが、それから10年余りを経て、文部科学省は再び、色覚検査の指導を強化する方針にかじを切りました。

平成26年には色覚異常に配慮したうえで適切な指導を推進するなどとした通知を全国の都道府県や教育委員会などに出したのです。背景には、思わぬトラブルが相次いだことがありました。

「航空大学校を受験しようとして、初めて色覚異常を指摘され不合格となった(20歳)」
「子どもの頃から警察官になりたくて、予備校にも通っているが、警察官採用試験で色覚検査を初めて受けて異常を指摘され、目の前が真っ白になった(20歳)」
(中村かおる医師の論文「先天色覚異常の職業上の問題点」より)

進学や就職の際に色覚について問われることはほとんどなくなっていますが、自衛隊や警察、航空や鉄道など、安全上の理由などから厳格に制限される仕事もあります。

このため、色覚異常を知らないまま大人になり、就職の時に初めて知って混乱するケースが出てきたのです。

中村かおる医師は、「小学生のうちに色覚検査を受けて、どんな色が苦手で、どんな色を間違いやすいのかを自覚して対策をとっておくことは大切です」と話しています。


<“言いっ放しにしない”京都市の取り組み>
現在は、希望する児童や生徒に対して学校の健康診断の際に色覚検査が行われています。ただ、親として知りたいのは「先天色覚異常と分かったらどうすればいいのか」ということ。

そんな不安に答えようと、京都市教育委員会は検査で色覚異常の疑いがあるとわかった子どもと保護者に対し、専門の眼科医が相談に応じる仕組みを整えています。

相談は無料で、毎週2組ずつ、それぞれ1時間余りかけて検査・カウンセリングを行うもので、全国でも珍しい取り組みだそうです。


<学校検査で初めて知った>

tan190122.7.jpg色覚相談の様子
12月上旬、京都市中京区の子育て支援センターで行われた相談の様子を取材しました。訪れたのは小学2年生の男の子と母親。これまで生活で困ったことがなかっただけに、学校の検査で初めて色覚異常の疑いがあると知らされた時には驚いたといいます。この日は5種類の詳しい検査を行い、男の子は赤系の色が見分けにくい軽度の色覚異常と分かりました。担当した京都府眼科学校医会の新井真理さんは母親に伝えました。

tan190122.8.jpg新井真理医師
「神経質になる必要はありませんが、色覚異常であることは忘れないでください。部屋が暗いとき、見る対象が小さいとき、時間に追われて焦っているときなどに『そうだ、色以外のものも見て確認しよう』と思い出してください」


<子どもが気をつけること>
その具体例です。まず、子ども自身が日常生活で気をつけるのは、横断歩道を渡る時です。信号機は赤、黄、青の位置が決まっているので、光の加減で見えにくい場合でも判断できます。しかし、急いでいる時には間違えやすくなるので、「青だ」と思っても、車が来ないかどうかよく確かめて道を渡るようにしてほしいといいます。

また、食卓で肉を焼くときに気をつけることは焼き加減。肉の赤味は見分けにくいので、「肉がダランとしていたら生焼け、硬くなっていたら大丈夫」と覚えるか、人に聞くようにしてほしいということです。


<保護者が気をつけること>
保護者は、子どもが色以外の情報で物を見分ける習慣をつけさせるよう、配慮するのが望ましいとしています。例えば、家族で使い分けている歯ブラシやコップは、名前をつけるか、柄違いにしておく。色鉛筆やクレヨンには、色の名前のシールをつけておくといったことです。

tan190122.9.jpg色の名前が書かれたクレヨン
神経質になりすぎないことも大事です。常に「これは何色かな?」などと問いただすと、子どもはかえって不安になります。「ソメイヨシノのうすいピンク色がきれいだね」などと、さりげなく色の名前を伝えるようにしてほしいということです。


<いいところを伸ばして>
「いくら親子でも、目を交換して見え方を確かめることはできません。色の見え方がほかの人と違うと言われても不思議な感じですよね」検査の途中、母親がこぼしたひと言です。そして、医師の新井さんは、こう伝えました。

tan190122.10.jpg「色覚異常は悪いことでも恥ずかしいことでもなく、色の見え方の特徴にすぎません。息子さんは、難しい検査に根気よく挑戦していました。この粘り強さはすばらしい才能だと思うので、こうしたいいところをぜひ、伸ばしてあげてください」

母親は少しホッとした様子でした。


<“子どもに関わる人に知ってほしい”>
冒頭の、タヌキを緑色に塗った小学生の男の子の母親にも話を聞くことができました。男の子は強度の先天色覚異常です。ある日の授業で、動物園に遠足に行った時の思い出を絵の具で描くことになったといいます。淡い色が見分けにくかった男の子は、ゾウをピンク色に塗りました。

それを見た担任の教師は、ほかの子どもたちにも聞こえるように言いました。

「遠足の思い出を描いてもいいし、『こんな動物がいたら楽しそうだな』という絵を描いてもいいですよ」

男の子がからかわれないようにと、機転を利かせたひと言でした。母親は「色覚異常も息子の個性と考えていたからこそ、あのひと言が出たのだと思います。子どもたちと関わる学校の先生には、ありのままを受け止められるように色覚異常の正しい知識を持っていてほしい」と話していました。

教師も、親である私たちも、子どもたちを不用意なことばで傷つけることがないように、そして、もし、色の見分けに困ったら「これは何色?」と聞きやすいように、色の見え方には「多様性」があることを知っておく

投稿者:鮎合真介 | 投稿時間:14時31分

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