2017年10月30日 (月)"タワマン"で児童急増 受け皿どう作る?


※2017年10月13日にNHK News Up に掲載されました。

いま、東京や大阪の都心では、働く場所に近く利便性が高いとして住宅地としての人気が高まり、湾岸エリアを中心に大規模なマンション建設が相次いでいます。子育て世代を中心に都心に人口が流入した結果、児童が急増し、小学校の教室が不足したり、放課後の居場所の確保が難しくなったりするなどの影響が出ています。想定を超える児童の急増に自治体はどのように対応しているのか、取材しました。

ネットワーク報道部記者 飯田暁子

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<都心で学校の増改築相次ぐ>
思い切った改築を行った小学校があると聞いてまず取材に訪れたのは、東京・中央区の築地地区から500メートルほどの場所にある区立中央小学校です。子どもの数が減った平成5年に、2つの学校を統合してできました。

しかし、ここ数年、周辺にマンションの建設が進んだことで事態は一転します。小久保秀雄校長は「私が着任した5年前は、大きなマンションはほとんどありませんでしたが、ここ数年でどんどん増え、現在も学校の目の前で高層マンションの建設が進んでいます」と説明してくれました。
児童数はこの10年で1.5倍に増え、教室不足や校庭の狭さが課題となりました。そこで行われたのが大幅な改築です。これまでは敷地のおよそ半分に校舎が、残りに校庭や体育館、それにプールが配置されていましたが、改築では、敷地いっぱいに校舎を建て、地上の校庭をなくしました。
改築の様子(39秒)
その代わり、屋上をすべて校庭にし開閉式の屋根をつけたほか、体育館やプールも建物の中に入れました。改築の結果、受け入れ可能な児童の数は2倍以上に増えました。

中央区はこの学校に限らず、16の小学校のうち7校で改築や増築を行いました。このほか、JR東京駅の周辺では大規模な再開発の一環として、全国でも初めて民間の高層ビルの中に小学校が入る計画が進んでいます。

ta171013.2.jpg小学校が入る予定の高層ビル


<東京五輪の開発でも人口増加の見込み>
中央区はかつて、郊外への人口流出が進み、20年前の平成9年には過去最少のおよそ7万2000人まで人口が減少しました。

ところが、タワーマンションの建設など大規模な再開発が進んだことで、子育て世代を中心に人口が流入。現在は、およそ15万5000人と20年前の2倍以上になりました。

さらに、今後も人口が増え続けると予測されています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて中央区では選手村の建設工事が進んでいますが、大会終了後には選手村の跡地に24棟ものマンションが建ち並ぶことが決まっています。これに伴い1万2000人の人口増加が見込まれ、子どもの数もさらに増えることになります。

ta171013.3.jpg選手村の再開発イメージ


<区内全体で児童数の偏りを解消>
今後も増え続ける児童に対応するには学校の増改築だけでは追いつかないと、中央区は考えました。そこで始めたのが、区内全体で児童数の偏りを解消させようという取り組みです。

マンション建設が進む湾岸エリアでは、児童の数がほかの地域より多く区全体の半数近くを占めているため、教室の確保が難しい学校が多くあります。一方、オフィス街にある小学校では余裕があることから、特に児童数が少ない4つの学校を教育内容に特色を持たせた「特認校」に指定し、学区外からも通えるようにしたのです。区全体で児童を分散させようという狙いです。

ta171013.4.jpgこのうち、科学に力を入れる特認校では、早稲田大学と連携し、1年生から大学生などと一緒に理科の実験に参加できます。

また、日本橋兜町にある特認校では、金融やキャリア教育に力を入れ、東京証券取引所と連携して株の仕組みを学ぶなど、経済の最先端の現場を肌で感じることができるようにしました。

さらに、英語に力を入れる学校では、1年生から外国人講師がついて英語の授業を行っています。ほかの公立学校では英語の授業は5年生からですが、大幅に先取りしているのに加え、授業とは別に英会話などのフレーズを反復する時間も設けています。

ta171013.5.jpg魅力ある授業を取り入れることで、児童が集中する湾岸エリアから特認校に通う児童を増やし、偏りを解消しようというのです。湾岸エリアから通う児童のためにスクールバスも運行した結果、特認校制度の人気は年々高まり、今では入学するのに抽選が行われるほどになりました。

ta171013.6.jpg9月に開かれた英語教育に力を入れる小学校の説明会には、湾岸エリアなどから募集枠の4倍にあたる200組以上の親子が集まりました。湾岸エリアから参加の保護者は「学区内の学校もいいが、特色ある教育を受けさせたい」、「学校の規模が小さいので、一人一人に目が届いていると感じた」などと話していました。

中央区教育委員会の島田勝敏教育長は「教室不足など苦労もあるが、子どもが増えるということは学校の活性化につながって、いいことだと思う。インフラ整備も含めてさまざまな行政課題が出てくるが、子どもたちや保護者のニーズをしっかり受け止めながらやっていくことが大事だ」と話しています。


<児童急増で学童保育にも影響>
児童の急増に伴い課題となっているのは、教室や校庭の確保といった教育環境だけではありません。放課後の子どもの居場所にも影響が出ているのです。

ta171013.7.jpg東京・港区に住む松尾香里さんは、小学3年生の男の子の母親です。放課後は子どもを学童保育に通わせながらIT企業で仕事を続けてきました。しかし、松尾さんが住むエリアもマンションが増え、学童保育を申し込む子どもが急増。定員を超えた結果、この春から、これまで通っていた学童保育に入れなくなってしまいました。

ta171013.8.jpg自宅周辺に子どもを見てもらえるような知り合いがいないという松尾さんは、長時間子どもを1人にするのは不安だと考え、仕事を辞めざるを得ませんでした。

松尾さんは「保育園の時も2年間ぐらい待機児童になった経験があり、こんなにシビアな世界なんだと思ったが、今度は学童でも待機児童の問題に直面した。安心して働き続けられるような環境はまだまだ足りない部分があると感じた」と話しています。

東京・港区は、平成25年からこの春までに1500人分以上、学童の定員を増やしてきました。しかし申し込みは増え続け、この春、学童に入れなかった子どもは60人と去年の3倍に上っています。

日本総合研究所の池本美香主任研究員は「保育園の待機児童が深刻な中、その子どもたちが小学生になれば、学童保育の整備が課題になるのは明らかだ。自治体は、共働き世帯が増えているという環境の変化を把握し、学童の整備だけでなく、地域で子どもを見守る仕組み作りなど、幅広く何ができるかを検討する必要がある」と指摘しています。


<一極集中のひずみでは>
東京や大阪の都心のエリアでは、タワーマンションなどの大規模開発が次々に進行中で、今後も人口が増えることは間違いありません。一方で、地方では子どもの数が減って学校の閉校が相次ぐ状況を見ていると、人口の一極集中のひずみを強く感じます。

働く場所が都心にある場合、子育て世代が仕事と子育てを両立するため、少しでも職場に近い場所に住みたいと考えるのは合理的なことだと思います。しかし、児童が急増して学校の教室や放課後の居場所が足りない状況が出てくるのは、子どもにとって望ましくない、ひずみです。

企業が社員の働き方を考えて、学校や保育園の数に余裕がある郊外にオフィスを移したり、都心でも子どもが充実した教育を受け、安心して放課後が過ごせるよう自治体が主導して環境を整備したりして、こうしたひずみを早く解消させる必要があるのではないかと、取材を通じて感じました。

投稿者:飯田 暁子 | 投稿時間:16時21分

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