2019年10月08日 (火)トイレの片隅からテロ対策を考える


※2019年7月1日にNHK News Up に掲載されました。

世界の指導者が集まったG20大阪サミット。貿易や環境問題などが話し合われた一方で、ネット上で疑問の声があがったのが女性用のトイレの片隅にあるサニタリーボックスの扱い。テロ対策として封鎖・撤去されたのです。1年後の東京オリンピックではどうなるのか?テロ対策の在り方、考えました。

ネットワーク報道部記者 大石理恵・藤目琴実

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イギリス人女性“腹が立った”
きっかけの1つとなったのは、イギリス人女性のつぶやきでした。

toire.190701.2.jpg「貼り紙があったんだけど、大阪のG20サミットのためにゴミ箱が封鎖されたみたい。これ池袋駅の写真なんだけど女の人たち、サニタリーボックス使えないって」と英語で投稿したのです。

toire.190701.3.jpgイギリス人フリージャーナリストのフィービー・アモロソさん
つぶやいたのは東京に暮らして4年半になるイギリス人でフリージャーナリストのフィービー・アモロソさん(31)です。

toire.190701.4.jpg「西武池袋線の池袋駅のトイレに入ったら、使用済みのナプキンが並べてあってびっくりしました。ドアを見ると封鎖について知らせる紙が貼られていて、読んでとても腹が立ちました。きっとサニタリーボックスの封鎖を決定する場に女性はいなかったのでしょう。大げさではなく、女性の人権が急になくなったと思いました」
G20の開催地・大阪だけでなく東京でも広まったサニタリーボックスの封鎖や撤去には、日本の人たちも敏感に反応しました。
「なんの予告もなく撤去されていました。事前に貼り紙などして欲しい」
「持ち帰るしかないので各自対策しなきゃエラい目に遭います!!」
「サニタリーボックスも撤去?意味不明すぎる。ほんまに女の人権ないよな」
一方、「テロ対策は大事だからナプキンは持ち帰ることが必要だ」という意見もありました。

アモロソさんは「そもそも日本のような先進国で女性ばかりに負担を強いるテロ対策はおかしい」と言います。
「海外の多くの人が日本は高い文化とテクノロジーの国だと思っているので、今回の撤去は想像できないという人も多いのではないでしょうか。もし本当に必要ならすべての駅でやるべきではないでしょうか」

鉄道会社に聞いてみた
今回、首都圏でサニタリーボックスを撤去した鉄道会社に、その理由を聞きました。

このうち池袋、西武新宿など主要な5駅で撤去した西武鉄道は「国土交通省が出している鉄道テロ対策の通知に沿って対応を決めた」との答え。通知の中には、「ゴミ箱の封鎖・撤去」とあるものの、ゴミ箱についての定義はなく、西武鉄道では「サニタリーボックスもゴミ箱に含まれる」と判断したということです。

利用者への事前の案内をどう行ったのか尋ねてみると、「ゴミ箱を封鎖することは車内で放送していましたが、ゴミ箱にサニタリーボックスが含まれることは特にお伝えしていませんでした」とのこと。

方針変更で再設置も
ただ、利用者から電話やメールで意見が相次ぎ、予定よりも1日早く、サミット開幕中の6月28日の夕方にはサニタリーボックスだけ元に戻したということです。
規模の大きい21駅で一度は撤去した都営地下鉄もこの“問題”が話題になったことを受け、サミット開催中の29日の朝からサニタリーボックスを元のとおり設置しました。

ちなみにJR東日本や京王電鉄、小田急電鉄、東京メトロなどでは「女性に必要なもの」としてサニタリーボックスの撤去は行いませんでした。

toire.190701.5.jpg国土交通省にも聞いてみた

「サニタリーボックスがゴミ箱に含まれるかどうかが問題ではなく、通知でも『ゴミ箱等』という表現をしています。そのうえで、安全性の確保がとれないゴミ箱等については撤去をお願いしています」(鉄道局総務課・危機管理室)
安全性の確保ってどれくらい厳しくするんでしょうか?
「問題になるのは、何が捨てられているかわからない状況です。ペットボトルなどのゴミ箱をすべて撤去せずに1か所にまとめる場合も、駅員ではなく専用の警備員などをすぐ近くに配置して捨てる現場、捨てられる物を確認する必要があります」

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G20でJR大阪駅のゴミ箱も使えなくなった
「有人監視」か「撤去」かの厳しい二択のようです。となると、鉄道各社によって対応が分かれたことについては…
「撤去した鉄道会社では、トイレの個室の中で有人監視するのは難しいという判断でしょう。撤去しなかった鉄道会社は、警備員が巡回して詳細に点検して安全の確保ができると判断したのではないでしょうか」
ただ利用者の声を受けて当初の方針を変更し、サニタリーボックスを元に戻した対応については、実は国土交通省も関わっていたそうです。
「今まで、こうした警備態勢でサニタリーボックスの撤去が問題になったことはありませんでしたが、今回は世の中の反響が予想以上に大きく、鉄道会社とも撤去以外の対応がとれないか対応を相談しました」

どうなる東京オリンピック?
今回、ネット上の反応で目立ったのは、その是非だけでなく1年後の東京オリンピック・パラリンピックではどうなるのかという声です。
「オリンピックの時、サニタリーボックス撤去したりしたら、おもてなしどころかめっちゃ居づらい街になる」
「海外からオリンピックを見に来る女性に自己責任で対処しろというのは酷すぎる」
G20に比べて開催期間がオリンピックは17日、パラリンピックは13日と格段に長い大会。改めて鉄道会社と国土交通省に聞きました。
「まだ対応は決まっていません」(西武鉄道)
「対応はまだ決まっていませんが、今回のことを踏まえて、安全性とお客様の利便性のバランスをどう考えるのか、検討していきたいと思います」(都営地下鉄)
「来年の東京オリンピック・パラリンピックについては具体的な対策はまだ決まっていませんが、利便性と安全性がうまく両立できるよう方法を検討していきたいです」(国土交通省)
専門家“盲点だった”
専門家は、どう受け止めているのでしょうか?テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長は「トイレの個室は死角になりやすく、テロ対策としては注意が必要な場所の1つだが、サニタリーボックスを撤去してここまで反発があるとは盲点だった」といいます。

toire.190701.7.jpg公共政策調査会 板橋功研究センター長
「セキュリティの業界は男性が多いので、男性の視点で決められ、女性への配慮に欠けたところもあったかもしれません。来年の東京オリンピックはG20よりも期間が長く、夏の暑い時期なのでサニタリーボックスの扱いは考えなければいけない問題です。もしテロ対策として撤去するのであれば、においが漏れない袋を鉄道会社や組織委員会が配布するなどの工夫が必要になるかもしれません」

こんなの、ありました

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においが漏れない袋。調べてみると、すでに売られていました。
大阪市の家庭用品メーカーでは、友達の家や夫の実家に泊まりに行った時にナプキンを捨てるのが恥ずかしいという社員の意見を元に防水・防臭機能を施した袋を作り、ネット上などでこれまでに10万個以上販売したということです。

ただ、こうした商品を個人的な事情で利用するのとテロ対策は別の話。ネット上では「サニタリーボックスの撤去とは使用済みのトイレットペーパーを持ち帰れというのと同じことだ」という意見もあります。

テロ対策だけを考えていては得られない市民の共感と協力。来年のオリンピック・パラリンピックに向けては、さまざまな人たちの視点に立った議論を深めると同時に、その過程や結果を“事前に”“わかりやすく”説明していくことが大切だと感じました。

投稿者:大石理恵 | 投稿時間:10時43分

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