2018年02月28日 (水)ピョンチャンで見えてきた ほんやくコンニャクのリアル
※2018年2月9日にNHK News Up に掲載されました。
まんが「ドラえん」に登場する“ひみつ道具”の1つ、「ほんやくコンニャク」を知っていますか? こんにゃくを食べるとあらゆる言語を自国語として理解できるようになる夢のアイテムです。もちろん21世紀の現代ではコンニャクではなくスマホなどを活用した翻訳アプリの開発が進み、ピョンチャンオリンピックでも韓国が開発した公認アプリが公開されています。韓国語ができない私、早速、試してみました。そしてさらに取材を進めると…。
ネットワーク報道部記者 佐伯敏
<市場のおばちゃんと会話、できるのか?>
スピードスケートなどの室内競技の会場があるカンヌン市の中央市場にやってきました。細い路地沿いに食品から日用品の店が並び、行商のおばちゃんが取れたての野菜を広げています。
海外旅行でこんな雰囲気のいい市場を訪れれば、店の人とやり取りを楽しみながら食べ歩きでもしたいところ。でも日本語はもちろん英語は通じないし、なんとなくやりすごしてしまう…そんな経験をした人もいるのではないでしょうか。
しかし、きょうの私には強い味方がいます。韓国で開発されピョンチャンオリンピックの公式翻訳・通訳アプリになっているスマホの翻訳アプリ「ジーニートーク」です。
<コーヒー豆部屋って何?>
歩いていると、見たことのないお菓子のような食べ物を発見。じーっと見ていると、店のおばちゃんが日本語で「おいしい」と声をかけてきました。
日本語が話せてしまうとアプリの使いどころがなくなってしまうんだけど…。しかし、そのあとに言葉が続きませんでした。早速、スマホをとりだしてけげんそうな顔をするおばちゃんとコミュニケーションを図ります。
使い方は簡単。日本語から韓国語に翻訳するように言語を選び、マイクのボタンをタップしてスマホに話しかけます。
(記者)
「これは何ですか」
3秒ほどすると、スマホに韓国語が表示され、同時に音声で話してくれました。
(スマホ)
「イゴムォエヨ」
おばちゃん、スマホの発した言葉を理解した様子です。今度はおばちゃんにスマホを渡します。
(おばちゃん)
「コッピコンパン」
(スマホ)
「コーヒー豆部屋」
コーヒー豆部屋???同行してくれた韓国人のリサーチャーに見せると、「スマホは『パン』ではなく部屋を意味する『バン』と聞き間違えたのです」と解説してくれました。
その後もアプリで会話して値段を聞き、支払いを済ませました。すると、1つ3000ウォン(約300円)のコーヒー豆パンにサービスで2500ウォンのハンバーグのようなものをつけてくれました。すっかりおばちゃんと打ち解けた気分です。まさに旅のだいご味。
ちなみにお味はと言うと、コーヒー豆パンは、コーヒー味の鈴カステラという感じでした。ハンバーグもおいしかったです。
<熱々スープも飲みたい!>
寒い寒いカンヌン市。地元名産のおぼろ豆腐の入ったスープ、「スンドゥブ」で温まりたい!ここでも翻訳アプリを試します。地元の有名店の看板メニューは「チャンポンスンドゥブ」。
そこまでは日本語でメニューに書いてありましたが、詳しい説明はありません。麺が入っているのか、どんな具材が入っているのか?
まずはざっくり、どんな料理か聞くと店員の言葉を翻訳したスマホにはこう表示されました。
「私はシーフード入ったちゃんぽんスンドゥブです」
説明になっているようななっていないような…。結局、麺は入っていませんでしたがおいしかったです。
このように実際使ってみましたが、いずれの場面でも完璧な翻訳というわけにはいきませんでした。でも意味は通じたし、なにより、コミュニケーションのきっかけになったという点で使ってよかった。
<ほんやくコンニャク級の衝撃>
実はこの取材、このあとに驚きが待っていました。「ジーニートーク」の開発責任者に話を聞こうと韓国電子通信研究院のキム・サンフンさんを訪ねました。当然、翻訳アプリでインタビューを開始。
(記者)
「いよいよオリンピックが始まりますけども、オフィシャルアプリの開発者としてどんなお気持ちですか」
(キムさん)
「まだまだ改善すべき点が多くてです」
(記者)
「ジーニートークのダウンロード数は?」
(キムさん)
「オリンピックをきっかけに100万を見込んでいます」
はい。ここまで。あとは通訳を介して聞きました。世界中でさまざまな企業が参入しているこの分野で「ジーニートーク」の強みは何か聞きました。
「私たちは、はじめからこのアプリを文章の翻訳でなく、通訳のツールとして開発しています。話し言葉によく対応していることや、相手に失礼のないような言葉遣いなどは強みだと言えるでしょう。また、韓国語と日本語、韓国語と中国語という形で韓国語を中心とした、ほかの言語との翻訳は当然、得意です」(キムさん)
キムさん(右)
また、開発で課題になったことは発音の違い。ピョンチャンという言葉1つとっても、国によってアクセントや発音が多岐にわたるのでこれを認識できるようにするのが骨の折れる作業だったということ。こうした作業は東京大会でも必要になると指摘します。
<ストレスゼロのインターフェース>
さらに翻訳アプリはこれからどのように進化するのか聞いたところ、キムさんは「技術的に成熟してきているので、2年後の東京大会ではもう一段階、先に進んでなければいけません」と切り出したうえで、おもむろに2式のマイクつき首かけイヤホンを取り出しました。
「これは私たちの開発している製品の試作品です。これをつけた人どうしが一定の距離に近づくとブルートゥースで自動的につながり、話し始めれば音声を認識して翻訳し、相手のイヤホンに伝えます。こうしたストレスのないインターフェースを『ゼロUI』といいます」
私も実際にこのイヤホンを装着し、キムさんの同僚と話してみました。すると、お互いに違う言葉を話しているのに、顔を見ながら会話できてしまうのです。この衝撃はここ何年も経験したことのないレベルでした。
「自然なコミュニケーションの実現にはまだまだ音声認識技術の発展が必要です。しかし技術が改善していけば、いずれ通訳ボランティアの役割は必要なくなるかもしれません」(キムさん)
<2020年 現実はまんがを追い越すのか>
2020年に開かれる東京オリンピックでは、日本の総務省も自動翻訳技術を通じて世界中の人々に「言葉の壁がない社会」を体験してもらう計画を掲げています。現実の世界がまんがの「ほんやくコンニャク」に追いつき、もしかしたら追い越すかもしれない、そう感じずにはいられない取材でした。
投稿者:佐伯 敏 | 投稿時間:16時28分