2019年07月29日 (月)"転勤"が廃止される!?


※2019年3月12日にNHK News Up に掲載されました。

年度末の今、職場がそわそわしてませんか?「自分は転勤があるのか」「転勤があると内々に聞いたがどこに配属されるのか」ーーー。
フタをあけてみると…思ってもみない遠方への赴任。家族や恋人と離れ離れ。会社の命令に逆らえば「出世の道はなくなる」と不満をぐっとこらえている人もいると思います。実は今、全国転勤を原則廃止する企業が出てきています。当たり前のように続いてきた転勤制度。無くなっていくのでしょうか?

ネットワーク報道部記者 田隈佑紀
経済社会情報番組部ディレクター 藤田成
名古屋放送局ディレクター 古籏彩花

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<転勤は“人権侵害”?>

「今、わが家はバラバラだ。会社の命令だから仕方ないという旦那。友達と別れたくない、もう転校はイヤだから1人で行って!と長女。どうしたらいいかわからない私。」

「夫は転勤、家事・出産・育児しろで何が女性活躍だ」

「マジで転勤先でまた保育園探さなきゃいけないとか憂鬱すぎる」

「会社の都合で住む場所を勝手に決められるとか、もはや“人権侵害”」
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引っ越しも大変!
ネット上にあふれる転勤への不満。異動の内示が集中する今の時期、目立っています。

「夫が働き、専業主婦の妻が家庭を守る」ーーかつては当たり前とされた家庭の在り方は多様化し、共働きでの育児、介護も当たり前となりつつあります。

単身赴任、子どもの転校、親の介護…「辞令一つでどこへでも」。いくら会社からの命令であっても受け入れることは難しいという人が多くなっています。

<6割が“地元で働きたい”>
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今月から始まった新卒の学生を対象にした就職説明会。学生の声を聞いても、転勤を負担に感じる声が目立ちました。学生への調査では、およそ6割が地元で働きたいとの希望を持っているというデータもあります。
(リクルートキャリア就職未来研究所2019年卒学生調査)
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番組で調べてみました

「将来、家族を持って子どもができた場合に迷惑かけてしまうかなと思って転勤のない会社を選んでいます」

「家族や友だちと離れて暮らすのに抵抗があるので転勤しないで仕事をしたい」

(さいたまスーパーアリーナでの合同企業説明会就活生の声)

<企業は「転勤なし」PR しかし採用割れも…>
人手不足の中、優秀な学生を多く採用したい。「勤務先は首都圏」「勤務地選択可能」「転居を伴う転勤なし」ーーー転勤のない働き方ができると就活生にPRする企業が目立っています。

一方で全国転勤がネックとなって必要な人員を確保できない事態に直面する企業も出ています。

全国40箇所余りに支店や営業所がある九州の大手建設会社は、業績が堅調で毎年30人以上を計画的に採用しています。しかし去年、内定を出した学生が相次いで辞退。その多くが転勤のない自治体や企業に就職したといいます。

この建設会社では去年秋の内定式の後も募集を続けていますが、それでも必要な人員を確保できていません。
「学生から転勤に関する質問が非常に多く地元志向が強くなってきたように感じます。全国転勤は当社には欠かせないと思っていますが、採用というのは会社の将来を支えるものなので、そこが一番の悩みです」
(建設会社の人事担当者)

<“転勤廃止”を決断した企業>
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AIG損害保険の大阪オフィス
こうした中、ついに“転勤廃止”に踏み切る企業が現れました。全国200の拠点で7000人余りの社員が働く大手損害保険会社「AIG損害保険」です。この4月からは全国転勤を原則として廃止すると発表しました。

<“転勤廃止”の仕組み>
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全国を11のエリアに分けて…
全国転勤をなくすための基本的な仕組みは、まず全国11のエリアから社員に希望するエリアと都道府県をそれぞれ選んでもらいます。そして社員は選択したエリアに配属されます。会社では都道府県もできるだけ希望通りにする方針です。

その後の転勤はあったとしても在来線やバスを使って90分間で通うことができる範囲でしか行われないといいます。このため、引っ越しを伴う転勤がなくなるというのです。

<「転勤なし」8割が希望>
去年12月に会社が行った社員への調査では、8割が「転勤なし」、2割が「転勤あり」の働き方を選択しました。

希望者が少なかった事業所には基本的には「転勤あり」を選択した社員の中から配属する人を決めます。社員への希望調査は3年ごとに定期的に行われる予定で、キャリアプランや家族の事情にあわせて、転勤の「あり」「なし」や、希望する勤務地を変更することもできます。

転勤の「あり」「なし」で給与や昇進に差はありません。不正を防ぐために転勤が多いといわれる金融業界では異例の決断。背景には業界4位の生き残りをかけた危機感があります。
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「われわれは“メガ損保”3グループに勝っていかなきゃいけない。新卒の採用もだんだん厳しくなっていて、ほかの会社とは違う制度や仕組みを持っていないと、いい人を引きつけられない」
(福冨一成人事担当執行役員)

<“幸せな内示”>
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わが子の写真を見せてくれた古瀬さん
3月1日。転勤制度の改革後、初めての内示が行われると聞いて取材しました。

保険金の査定業務を担う佐賀オフィスのマネージャー、古瀬陽一さん(38)。長期出張中の東京で内示を受ける予定です。
古瀬さんは12年前に中途入社し、これまで松山から佐賀への転勤を経験。今回、長男の小学校入学を期に、妻の実家のある鹿児島に異動し、その後は転勤せずに家族でずっと一緒に過ごしたいと考えています。

Q 家族ってどんな存在ですか?
「僕の中では生きていく目的と言いますか、家族のために本当に頑張るという存在ですね」
実はこの日、内示を受けることを古瀬さんはまだ知らされていません。上司から会議室に呼び出されます。
「きょうは人事異動の話です。4月から、『鹿児島のサービスセンター長』としてご活躍いただきます」
念願の鹿児島への異動。古瀬さん、喜びのあまり、しばし絶句。

「…ちょっとガッツポーズしていいですか?」

3度のガッツポーズで喜びを爆発させました。
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「これだけの人数の大きな組織なので、みんながかなうのか正直わからなかったので。本当にさきほど話を聞いたときには頭が真っ白になっちゃったんですけど…。家族と一緒にいることができるのでより高いモチベーションで仕事ができると思いますし、配慮してくれた会社に貢献できるようにより一層精進したいです」(古瀬陽一さん)

<キャリア追求の選択も>
“転勤廃止”の会社でも「転勤あり」を選択した人もいます。

中沢郁美さんは、2008年に名古屋市にあるグループ会社の支店に中途入社。入社当時は退職まで名古屋で働くつもりでしたが、その後、上司のすすめで東京本社に転勤。仕事の幅や視野は大きく広がったといいます。

転勤後に結婚したグループ会社に勤務する夫は今後、東京から異動することはありません。このため中沢さんが仮に転勤となれば離れ離れになりますが、「転勤のある働き方」は、キャリア追求の重要な選択肢と考えています。
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「私自身が気付いていなかったことを、誰かがこういう道もあるよと提案してくれて東京に来たことで、今の自分の道が開けたと思うんです。その可能性の芽をつぶしたくないと思っています。チャンスがあれば、もっと上の管理職に近づけるような仕事をしてみたい」(中沢郁美さん)

<今後の課題は…>
この会社ではこれから2年半をかけて、社員全員の希望をかなえようとしています。しかし、希望勤務地が東京や大阪の大都市に偏り、ポストの埋まらない地方が出るなど、課題にも直面しています。
「エリアごとに組織を活性化していかないといけない。ポストを担えるような人を決めて、期限を決めて教育をして引き上げていかないと、いつまでたってもポストが埋まらない問題は解決しない」
(執行役員)
これまで幹部人材を育てたり、組織を強化する機能も果たしてきた転勤。転勤のない働き方は、社員に厳しくみずからのキャリアへの自覚を迫るものでもあるといいます。
「居住地の希望をかなえるという面では確かに社員に優しい制度かもしれないが、実際にそこで一体何をやっていくのか、自分のキャリアをどう描いていくのかというのは、社員自身が責任を持ってやらなきゃいけない制度。社員の側もそこをきちんと理解しないとこの制度はうまく回っていかない気がします」
(部長)

<転勤は何のためにあるのか>
もともと転勤制度は、企業が事業所を次々に全国に広げていった高度経済成長期に広がったといわれています。働き手にとっても終身雇用の下で成長する会社にわが身を委ねていれば、順調に昇進、昇給が望めるといった背景がありました。

しかし国内経済は成熟し、雇用環境も変化。その前提は大きく変わりました。転勤は何のためにあるのか。企業と社員が今、問われています。

投稿者:田隈佑紀 | 投稿時間:14時13分

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