2019年05月29日 (水)緊急時 あなたはボタンを押せますか?
※2019年2月22日にNHK News Up に掲載されました。
電車の中で急病で苦しむ人を見かけたことはありませんか。自分が声をかけようか。いやいや、誰かが助けてくれるだろう。いざ、そうした状況になると勇気がいる行動です。いま、女子高校生が投稿したあるツイートが大きな反響を呼んでいます。
ネットワーク報道部記者 目見田健・玉木香代子
<“誰も押さない”ボタン>
今月18日正午ごろ、横浜に向かう私鉄の車内で男性の異変に気付いた乗客がつぶやいたツイートが、7万リツイートを超えています。投稿したのは18歳の女子高校生のちかさん(仮名)。ちかさんはアルバイトに向かう途中、特急の先頭車両にいました。スーツ姿の会社員などで混み合う車内。そのとき…
「体調の悪い方がいます!緊急停止ボタンを押してください!」という女性の大きな声が響きました。40代くらいの男性がけいれんしていて、おう吐もしていたそうです。電車は特急で次に停車する駅までまだ少し時間があります。車内の後方には、緊急事態が起きた時に乗務員に知らせるボタンがついていました。しかし、体調が悪化した男性の近くにはボタンがありません。
ちかさんはそのときボタンがある車両の後方に向かって「(ボタンを)押してください!」と叫びましたが、誰ひとり、動こうとする人はいませんでした。
聞こえていないかもしれないと思い何度も叫びますが反応がありません。ちかさんはしびれをきらしておそるおそる人混みをかき分け、ボタンを押しました。
<周囲の反応にショック!>
電車は緊急停止。アナウンスを通じて車掌が状況を確認し、2分ほどしたあと横浜駅に向けて運行を再開。そのとき、ちかさんは、周りのこんな声を耳にし、ショックを受けます。
「子どもが押すなよ」
「あー遅れた!」
「遅延すると困るじゃないかー」
ちかさん本人に聞きました。
「とても怖かったし、多くの大人もいたのに、誰も何もしてくれないんだって自分の判断が間違っていたのかということでも悩みました」
この電車は神奈川県の横浜駅と海老名駅を結ぶ相模鉄道でした。会社に確認すると体調不良を訴えた男性は、横浜駅で救急隊員によって救助されたということです。
相模鉄道の広報担当者は、「このボタンは車内で急病人が出た時などに使用するものです。批判があったかもしれませんが女子高校生(ちかさん)がとった行動は間違いではありません」と話しています。
<ネットでは称賛の声>
ちかさんの行動に対してネット上では称賛の声があがっています。一方で「遅延すると困る」などといった批判の声に対しては…
<ボタンは何のために?>電車内のボタン。いったい何のために設けられているのでしょう。ボタンの名称は鉄道会社によって違いますが、「車内非常ボタン」や「車内警報ブザー」などと呼ばれています。
首都圏の鉄道各社に取材するとボタンは基本的に各車両の前方や後方に1つか2つ設置されていて、押すと、直接、乗務員と会話ができるタイプとブザーが鳴って乗務員に知らせるタイプの2種類があるそうです。どういった場合にボタンを押してほしいか聞いたところ「緊急時」や「車内で異常が発生した場合」などとあいまいなことばで具体的には示されていないケースもありました。
なぜ、あいまいなことばなのか聞いてみたところ、「具体的なケースを示してしまうとそれ以外の事態ではボタンを押してはいけないと考えてしまう乗客が多くなるのではないかと思う。いざという時に押してもらえないのでは意味がない。その場にいる乗客の判断にまかせている」と話していました。(JR東日本・小田急)
そのうえでボタンを使用するケースとしては車内で急に乗客が体調不良になったときやちかんといった犯罪行為を見つけたときなどをあげています。
<誰も助けてくれなかった>
一方で、ネット上では、周囲の人が助けてくれなかった経験を嘆く声もあります。
<ボタンを押すと電車は止まる?>
緊急時にボタンを押すと電車が停車してしまうためにちゅうちょしてしまうという声もありました。
たしかに電車内のボタンについて知らない人も多いと思います。そこでボタンを使用すると電車は必ず止まるのかどうか取材しました。東京の都心を中心に9つの路線の地下鉄を運行する東京メトロでは、急病人や車内トラブルで車内の非常通報装置が押された場合、基本的には電車を停車させずに次の駅まで運行するということです。ただし、駅で止まっていた場合や駅から発車した直後など車両の一部がホームに入っていた場合には電車を停車させるということです。
駅から駅までの運行時間が1分から2分程度と短い東京メトロでは、駅員が駅で対応したり、警察官もかけつけやすいようにという判断が背景にあるそうです。一方でJR東日本や小田急電鉄では、ボタンが押された場合、電車の乗務員が乗客と通話ができる装置を使って車内の状況について聞き取りを行ったうえで安全確認のため、電車を原則としてその場に停止させることにしています。
ただし、橋りょうを走行しているときや最寄りの駅まで近いときは停止をしないこともあります。
JR東日本と小田急電鉄の担当者に「年間どれほど、ボタンは押されているんですか?」と質問したところデータを取っていないので正確な数字はわからないとしながらも「少なくはないですよ。急病のケースでボタンが押されていることが多いように感じます」と話していました。
JR東日本は、「乗客の健康や命が定時運行よりも大事です。手遅れになる前にちゅうちょせずにボタンを押してほしい。結果的に勘違いだったとしてもしかたないと考えています」と話していました。
<大きな反響の背景には何が>女子高校生のツイートがなぜこれだけ多くの反響を呼んだのか。取材を始める前はその理由がはっきりとはわかりませんでした。
ただ、反響の声を聞くなかであわただしい日常に追われ「困っている人がいたらなんとかしたい」という気持ちがありながらも、ことばに出したり行動に移したりすることがなかなかできないという人が多いのではないか。自分のことを振り返ってもそう感じています。
女子高校生がボタンを押したことに対して電車が遅れると言った人も「もし自分が急病になったら誰かに助けてほしい」という気持ちはあると思います。
他人を思いやる素直な気持ちをことばに出したり人との関わりを面倒だとは思わずに行動にうつしてほしい。自分も少しずつですがそうしたいと思います。
投稿者:目見田健 | 投稿時間:17時10分