2018年05月14日 (月)あなたは心肺蘇生ができますか?ためらわないためのQ&A


※2018年4月18日にNHK News Up に掲載されました。

今月、京都府舞鶴市で行われた大相撲春巡業。土俵の上であいさつしていた舞鶴市長が突然倒れ、救命処置に向かった女性に対し、行司が土俵から下りるようアナウンスする問題が起きました。伝統を守るか、緊急対応を優先するかなどをめぐって注目されました。市長は一命を取り留めたということですが、ずっと気になっていることがあるんです。医療関係者でなくても、その場にいた人が素早く心肺蘇生をできなかったのか…。でも、自分の胸に手を当てて考えると、ためらう気持ちがあるのも事実。「心臓が動いていても、心臓マッサージしていいの?」「脳卒中の人はそっとしておかなくていいの?」数々の疑問を専門家に尋ねてみました。

ネットワーク報道部記者 郡義之・吉永なつみ

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<救命処置の基本>
「誰かが突然倒れたら、救急隊が到着するまであなたの出番です!」

車の運転免許を取るときなどに、こう習った人も多いと思います。救命処置の基本をおさらいします。
(※厚生労働省「救急蘇生法の指針2015」に基づきます)

(1)119番通報とAED要請
まずは、倒れた人の肩をやさしくたたきながら大声で呼びかけます。目を開けるなどの反応がない場合や、反応があるかどうか迷う場合は大声で助けを求め、119番通報とAED(自動体外式除細動器)を持ってくるよう頼みます。

ana180418.2.jpg(2)胸骨圧迫
胸とおなかを見ます。呼吸をしていれば上がったり下がったりしますが、動きがない場合や、ふだんと違う異常な呼吸をしている場合、それに判断に迷うときは、すぐに「胸骨圧迫」をします。両手を重ねて胸の真ん中に置き、手の根元の部分で強く押します。

ana180418.3.jpg(3)AED装着
AEDが届いたら、電源を入れます。音声メッセージが流れるので、それに従って、体に電極パッドを貼り付けます。音声で「ショックが必要です」と言われたら、ショックボタンを押します。電気ショックのあとはすぐに胸骨圧迫を再開します。

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<あなたの行動がカギ>
厚生労働省の「救急蘇生法の指針」によりますと、心臓が止まるとおよそ15秒で意識がなくなり、そのままの状態が続くと脳機能の回復が難しくなります。

時間経過とともに救命の可能性が急激に低下しますが、居合わせた市民が救命処置を行うと、処置をしなかった場合と比べて救命の可能性が2倍程度に増えることが分かっています。

日本では119番通報から救急車到着まで、全国平均で8.6分(平成26年)。この間に周りにいる人が救命処置を行えるかどうかが、命を救う大きなカギとなっています。


<舞鶴の出来事 専門家は…>

ana180418.5.jpgさて、舞鶴での出来事を専門家はどう見ているのでしょうか。

ana180418.6.jpg救命処置の普及・啓発に取り組む日本蘇生協議会の代表理事で、静岡県立総合病院の集中治療センター長を務める野々木宏医師は、開口一番、「非常に残念だ」と話しました。

理由の1つは、倒れた市長を取り囲んだ男性たちが救急処置を始めていないこと。もう1つは、せっかく駆け寄って心肺蘇生を始めた女性に対し、それを中断させようという動きがあったことです。

実は、野々木医師自身もこんな体験がありました。ある日、駅のホームで電車を待っていたら、後ろに立っていた70代ぐらいの男性が突然倒れました。体はけいれんし、「ウー」とうめき声をあげています。野々木医師は素早く首の動脈を触って脈拍がないことを確認し、すぐに胸骨圧迫を始めました。

しかし、周りの人はぼう然とたたずむだけ。中には「脳卒中かもしれない。救急隊が来るまで動かすな」と手を止めさせようとする人もいたそうです。

「『救命処置はプロに任せればいい』と考えている人がいたら、大きな間違い。もし心臓が止まっていたら、ほんの数分でその人は死亡します。一刻を争う事態に勇気を持って行動することが大事で、少なくとも、その行動にブレーキをかけるようなことがあっては絶対にいけない」と語気を強めていました。


<不安や疑問を投げかけた>
それでも、素人の私たちにとっては、不安や疑問があります。そこで、1つ1つを野々木医師に投げかけてみました。

ana180418.7.jpgQ 呼吸や脈拍を確認できるか不安です。こつを教えて。
「脈拍を取るのは難しいので、一般の人は確認しなくていいです。胸と腹部が動いていなければ、呼吸が止まっていると判断してください。ふだん通りの呼吸かどうか分からないときも、胸骨圧迫を始めてください。注意したいのは、しゃくりあげるような途切れ途切れの呼吸、あえぐような、いびきをかくような呼吸。これは『死戦期呼吸』といって、突然の心停止直後にみられます。胸骨圧迫が必要です」

Q 脈や呼吸の確認が不十分でも胸骨圧迫をしていいですか?
「脈がある人や呼吸がある人に胸骨圧迫をしても、そのせいで心臓が止まるなどの支障を来すことはありません。判断に迷っても、とにかく胸骨圧迫を始めてください。逆に、異常な呼吸を正常と勘違いしたり、脈をみるときに自分の脈拍を感じて大丈夫だと思い込んだりして救命処置を行わないと、手遅れになってしまいます。1分ごとに救命のチャンスが10%ずつ減っていくことを覚えておいてください」

なお、「心臓マッサージ」は、手術で胸を開いて直接心臓を圧迫する方法もあり、区別するため「胸骨圧迫」という言葉が使われますが、一般的には同じ意味と考えていいそうです。

Q 以前、「最初に気道確保。人工呼吸も」と習いました。しなくてもよくなったのですか?
「今は『人工呼吸はしなくてもいい』ということになりました。日本で集められたデータをもとに、国際的に指針が改められました。日本では2005年以降、救急隊が心肺蘇生を行った症例をすべて登録することになり、今では100万件を超えるビッグデータとなりました。

救急隊の到着前、市民が(1)胸骨圧迫のみを行った場合(2)胸骨圧迫と人工呼吸を行った場合(3)どちらも行わなかった場合に分けて分析した結果、『いずれかを行った場合は、どちらも行わない場合より救命率が高いこと』が裏付けられました。

さらに『胸骨圧迫のみと、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせた場合は差がない』ということもわかりました。突然倒れた人の血液にはまだ十分な酸素が残っていて、当面は人工呼吸をしなくても、胸骨圧迫だけで酸素が送られるというわけです。

もしも、講習を受けるなどして人工呼吸をする際の胸骨圧迫の中断時間を10秒以内にできるならば、胸骨圧迫30回と人工呼吸2回を組み合わせて続けてください。特に、溺れたときや子どもの心停止では、呼吸の異常が起きていることが多いので、人工呼吸をするのが好ましいです」


Q 胸を押す力加減が分かりません。胸の骨が折れてしまったら、内臓を傷つけて命取りになりませんか?子どもの場合はどうしたらいいですか?
「大人ではおよそ5センチ沈む圧迫が必要で、強さが足りないと十分な効果が得られません。かなりの力が必要で、高齢者などでろっ骨が折れることはありますが、致命的になることはまれで救命を優先すべきです。1人で続けると疲れるので、可能ならば複数の人が交代してください。どれほどの力が必要かは講習用の人形を使えばわかるので、講習会などで体験することも大切です。子どもが倒れた場合は片手で、幼い子どもは2本の指で圧迫するといいでしょう」

ana180418.8.jpgQ 胸骨圧迫のテンポの目安として、「アンパンマンのマーチ」や童謡の「うさぎとかめ」、「世界に一つだけの花」を勧めるツイッターの投稿がありました。これは推奨できますか。
「なじみのある音楽を思い出すといいですね。平常心を保つ効果もあるでしょう。1分間に100~120回が目安で、体重をかけながら、強く、速く、絶え間なく続けます。119番通報をしたら指令の担当者がテンポを伝えてくれたり、メトロノームの音を聞かせてくれたりします。スピーカーホンにして指示を受けることも大切です」

Q 脳卒中のときは動かしてはいけないと聞きました。舞鶴市長も脳卒中の一種、くも膜下出血でした。胸骨圧迫をしてもいいですか?
「『脳卒中の場合、動かすな』というのは今では医療の常識ではありません。脳卒中でも、心臓が止まっていればそれで命を落としてしまうことになるので、胸部圧迫を行うのが重要です。原因を問わず行うべきで、そもそもその時点で脳卒中かどうかは分かりません。心臓が止まっているのに、なにもしないことこそ、避けなければなりません」


<AEDはどう使う?>

ana180418.9.jpg一般の人も使えます
普及・啓発にあたる日本AED財団によりますと、役所や学校などの公共施設、駅、スーパーやマンションなどに設置されていることが多いです。地域によっては交番にもあります。

日本救急医療財団のホームページには、全国各地のAEDの設置場所が示されています。119番通報でも教えてもらえる可能性があります。

AEDは今から14年前、一般の人たちも使えるようになり、今では設置台数が50~60万台となりました。

ana180418.10.jpg「コンビニなどにも設置を」
日本AED財団の理事長を務める立川病院の三田村秀雄院長は、「世界トップクラスの普及率」と話しています。

しかし、心臓が止まって倒れる場面を誰かに目撃された人の中で、AEDが使われたのは最近でもおよそ5%にとどまっています。

三田村院長は「夜間などはAEDの設置場所がわからない場合もあり、コンビニなど誰もが駆け込みやすい場所に設置するよう提言している」と話しています。

AEDの使い方や注意点について三田村院長に聞きました。

Q AEDの使い方がはっきり分からず不安です。
「AEDは、電源を入れ電極を貼れば、患者の状態を自動で解析してくれます。音声メッセージも流れるので、操作は難しくありません。分からないことは119番で尋ねればいいです」

Q AEDが不要な場合でも装着して大丈夫ですか?
「AEDは、心臓が止まる原因のうち、心臓が細かくふるえる「心室細動」という現象を改善するものです。これが必要な患者かどうかは自動的に判断してくれるので、音声に従えば心配ありません」

Q 電気ショックが不要でも胸骨圧迫は続けるの?
「『心室細動』以外にも心臓が止まる原因はあります。電気ショックが不要でも、胸骨圧迫は続けてください。くも膜下出血のような脳の病気でも心臓や呼吸が止まることがあり、救急隊員が来るまで続けてください」


<自分が救う>
突然の場面で「命を救う」と構えると、ひるんでしまうかもしれません。しかし、専門家が口をそろえるのは「なにもしないことが、いちばんまずい」ということです。一歩踏み出す勇気を持てるようにしておきたいです。

救命処置のやり方は、消防が実施する講習会などのほか、さまざまなホームページで紹介されています。厚生労働省は、網羅的に知ることができる「救急蘇生法の指針」を掲載しています。日本循環器学会は、詳しいQ&Aなどを載せています。

日本AED財団は教材を掲載。サスペンスドラマ仕立てでクイズも交えながら、AEDの知識を学べるようになっています。

救命救急に関係する団体などでつくる「減らせ突然死プロジェクト」は体験談などを紹介しています。

「医療関係者じゃなくても、いつでもどこでも自分が救う」

自信を持ってそう思えるよう、心構えをしておきたいです。

投稿者:郡義之 | 投稿時間:13時32分

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