見せもす!舞台ウラ「龍馬の最期」 坂本龍馬 三十三歳。人生、夢なかば。 見せもす!舞台ウラ「龍馬の最期」 坂本龍馬 三十三歳。人生、夢なかば。

「これから、日本も新しい国になる。日本中の雨漏りも直るがぜよ」慶応三年十一月十五日、京・近江屋。その男の最期は突然やってきた。窮屈な日本の垣根を“戦をせずに”なくし、世界を相手にしたかった男の夢は道なかば。そんな思いを言葉にしたいという小栗旬さんの思いから、坂本龍馬の最後のセリフが生まれた。 「まだ死ねん。今じゃないぜよ」 ——龍馬の途切れた思い、誰がどのように救うのか? 「これから、日本も新しい国になる。日本中の雨漏りも直るがぜよ」 慶応三年十一月十五日、京・近江屋。その男の最期は突然やってきた。窮屈な日本の垣根を“戦をせずに”なくし、世界を相手にしたかった男の夢は道なかば。そんな思いを言葉にしたいという小栗旬さんの思いから、坂本龍馬の最後のセリフが生まれた。 「まだ死ねん。今じゃないぜよ」——龍馬の途切れた思い、誰がどのように救うのか?

坂本龍馬 小栗旬さん

悲しいぜよ、西郷さん。

鈴木亮平さん 小栗旬さん

西郷さんと袂(たもと)を分かつシーン、龍馬にとってはびっくりだったと思うんですよ。大政奉還が実現し、いよいよ新しい国の形について話ができると会いに行ったら、「徳川と戦をする」と言う。龍馬にしてみれば、また同じ歴史をくり返そうとしているんだと思うわけです。

こう着した状態でカステラを懐から出したのは、龍馬なりの冗談じゃないかなと僕は思っていて。もしかするとふたりの関係がふっと戻るかな、なんて思って出したけど、ダメだった。さらに徳川を「たたきつぶす」なんて西郷さんから聞いたことのないような表現を聞いて、“すごい覚悟なんだなぁ……もう、同じ船には乗れないんだな”って。いたく心が傷ついた時間が、西郷さんとの最後になっちゃいましたね。

どう見たって坂道の途中。もしも龍馬の憂いを言葉にできるなら。

小栗旬さん

龍馬暗殺シーンの台本をいただいた時、「やっぱりまだ龍馬は死ぬところじゃない」と思ったんですよ。どんな歴史本を読んだって、坂本龍馬はあの時点でまだ殺しちゃいけない人だったと思えてならないんです。

命を落とす覚悟はどこか持っていただろうけど、いざ近江屋で斬られた瞬間に、“せめてあと二、三日でいいから待ってくれないか。今じゃないんだよ”って思ったんじゃないでしょうか。だから、それを言わせてもらえないですか?って演出の盆子原さんにお願いして。「こりゃいかん。まだ死ねん。今じゃないぜよ」というセリフを加えさせてもらいました。

動いて、会って、目を見て話す。今の僕らは、さぁどうだろう?

小栗旬さん

龍馬さんは剣術を極めた武士でもあるから、肝の据わり方が違うし、自分の目指す道へと突き進むバイタリティーは、男としてどうしても憧れます。

自分の足しかない時代に、あれだけの人に会いに行ってその間を取り持っていたなんて、なかなか考えられない。僕らはそれが電話とメールで済む時代になっているからこそ、「ちゃんと話をしたい時は会いにいかないといけないな」って思わされましたよね。

僕が龍馬を演じ足りないと思うように、彼の人生はあまりに短かったけれど、「生きる」ことをすごく全うした人なんじゃないかと思います。生きていることが当たり前の僕らとは、24時間の使い方がきっと全然違ったはずだから。

彼ほどの「熱意」と「行動力」を手に入れられたら、自分の世界をもっと広げることができるんだろうなぁ。そんなことを考えさせてくれる先人が、たった150年前のこの国にいたことをすばらしく思います。

吉之助の目線 鈴木亮平さん 吉之助の目線 鈴木亮平さん

鈴木亮平さん

笑ってカステラを食べたかったけれど。

坂本さぁのことは、人として大好きなんです。吉之助はもともと「戦をせずとも道がある」と模索していましたし、彼の意見はよく分かるけれど、それでは国は動かない段階に来ている。悲しいけれど、「武力で徳川を討つ」ことはもう譲れません。

カステラ

これは放送にはありませんが、実は坂本さぁが立ち去ったあと、残されたカステラをふと食べてみました。“甘いなぁ…おいしいな”と思いながら、切なかったです。本当は笑って一緒に食べたかったんですよね。そんな友人が暗殺されたことで、ますます自分の信念を貫くしかない吉之助がいます。国の仕組みを変えるには、「ほどほどじゃやっせん」です。

小栗旬くん演じる龍馬との時間、おもしろかったです。坂本さぁといるといつも「人間・西郷吉之助」が引っぱり出されて、バリアが取り払われるような感覚でした。そしてやっぱり、旬くんの坂本龍馬は格好よかったです。

トップに戻る

週刊西郷どん 9月16日号