東川さんの「西郷どん紀行」 おかわり!

「菊池源吾」の源流は菊池にあり

「菊池源吾」の源流は菊池にあり

\東川さんの「西郷どん紀行」 おかわり!/
鹿児島の「まち歩き」のプロ・東川隆太郎さんがご案内。
西郷どんゆかりの旅、おじゃったもんせ〜!

安政6(1859)年1月、西郷吉之助は奄美大島へ潜居するために海を渡りました。その際に「菊池源吾」と名を変えましたが、その名前の由来は現在の熊本県菊池市にあるとされています。
平安時代、大宰府の高官であった藤原則隆が菊池に下向します。その際、菊池姓を名乗るようになり、則隆が菊池氏の初代とされています。その菊池則隆の次男の政隆は、「西郷太郎」を名乗り分家。この人物が西郷家の祖とされる「西郷政隆」で、29代西郷九兵衛昌隆の時に薩摩入りしたとされています。西郷吉之助は、政隆から数えると32代目ということになります。
菊池市七城町砂田にある若宮神社の境内には、「西郷南洲先生祖先発祥之地碑」が建立されています。また隣接する場所には、西郷政隆が築城した増永城(別名・西郷城)に関連した土塁や井戸、五輪塔などが保存されています。
西郷にとって、吾(われ)の源(みなもと)の菊池。奄美で授かった二人の子どもにも「菊次郎」「菊草」と菊の字をつけました。西郷家の源流がここにあることを静かに伝えてくれる史跡が今でも大切にされています。

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