近衛忠煕・国広富之さん

公家

近衛このえ忠煕ただひろ
国広くにひろ 富之とみゆき

関白や摂政になれる五摂家筆頭の家柄。薩摩の島津家にとって近衛家は本所にあたり島津家と朝廷をつなぐ重要人物。一橋派として島津斉彬とともに慶喜の将軍擁立をはかるが、大老井伊直弼による安政の大獄で処分をうけ失脚。井伊が桜田門外の変で暗殺された後、島津久光は忠煕を朝廷に復帰させるが、時代の流れは公武合体から倒幕へと動いていた。