2014年12月12日 (金)ロンリのちから「三段論法」「逆さまのロンリ」 授業リポート


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ロンリのちから は、中高生に論理的思考力の基礎を伝える番組です。2014年11月20日(木)、ロンリのちから「三段論法」と「逆さまのロンリ」を使った授業が、神奈川県立光陵高校1年7組で行われました。

★ 国語の教材を使って、「三段論法」を学習! 

授業が始まると笠原美保子先生は「今日は、ロンリのちからという番組を見ます」と言ってテレビをつけました。

===【ロンリのちから「三段論法」前半あらすじ】===
ある高校の映像部が、映画を撮影しています。途中で部員から「私はあなたが嫌い。私は女子。だから女子はあなたが嫌いなの」という、部員の杏奈が書いたセリフがおかしいという声があがります。部員たちは顧問の溝口先生と一緒に、何がおかしいのかを検証していきます。

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笠原先生はビデオを止めて、セリフのどこがおかしいのかを尋ねました。すると「『あなた』を嫌いなのは、女子全員でなく私個人だけだと思います」という意見が発表され、先生は「そうだね」とうなずいてビデオの続きを流しました。

===【ロンリのちから「三段論法」続きのあらすじ】===
溝口先生は、先ほどのセリフは、二つの前提から結論を導く「三段論法」という推論方法のひとつだと話します。そして正しい「三段論法」として、「鳥は卵を産む。ペンギンは鳥。だからペンギンは卵を産む」という文章を紹介します。そして言います。「正しい三段論法は、非のうちどころがないくらい当たり前なの」。
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番組の内容を受けて生徒たちは「三段論法」についてこうまとめました。
「三段論法とは、結論を三段方式で筋道を立てて話すことです。第一段は全体について。第二段は一部について。第三段は結論について話します」。

では、身近な場面で「三段論法」は使われているのでしょうか?
ここで笠原先生は、1学期に国語で学習した「羅生門」を振り返りました。

・・・・・・・〈芥川龍之介が書いた小説「羅生門」〉・・・・・・・
荒れ果てた京の都。一人の下人が羅生門にのぼって中をのぞくと、老婆が女の死体から髪の毛を抜いています。下人が問いつめると、老婆は、その髪の毛をかつらにすると言います。そして「こうしなければ自分が飢え死にしてしまうので、自分がしていることは悪くない」と開き直ります。
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笠原先生は「この老婆の話したことは、三段論法になっています。その三段論法を、全体
-部分―結論の形を守って作ってみましょう」と指示。みんなでその論理の構造を検証してみました。
1..A→B (全体的、一般的な論理)「飢え死にしないためにすることならば、悪いことではない」
2.C→A(個別なケースが全体の一部分である論証)「私が死人の髪を抜くことは、飢え死にしないためにすることである」
3.C→B (1、2から導き出される結論)「だから、私が死人の髪の毛を抜くことは、悪いことではない」

そして先生が「さっき番組で溝口先生が『正しい三段論法は、非のうちどころがないくらい当たり前』と言っていたね。これはそう?」と尋ねると、「全然違う」という声。「なんでだろうね。じゃあ番組の続きを考えてみましょう」。

===【ロンリのちから「三段論法」最後の部分】===
部員のマリーは、三段論法を使った文章を作りました。「高校生は勉強が嫌い。私は高校生。だから私は勉強がきらーい」。
それについて溝口先生は「それは間違いね」と言います。
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先生は尋ねました。「マリーの三段論法と、老婆の三段論法は同じところに問題があります。それは?」 「前提が違う!」「そう。高校生は勉強が嫌い、とすべての高校生が勉強が嫌いと決めつけた前提がおかしいのと同じように、餓え死にしないためにすること・・・つまり、自分が生きるためにすることは、必ず、絶対に悪いことではない、とする前提が間違っているということです。例えば、船が沈没しそうなとき、乗客を見殺しにして逃げた船長は、生きるためにしたことだから悪くないと言い切れますか?」。

そして、三段論法についてわかったことをまとめました。
・ 部分→全体→結論 の三段論法は作ってはいけない。
・ 正しい論法(導出)でも、前提が正しくないと正しい論理にはならない。

こうして授業の前半が終了しました。

★ 数学の知識を使って、「逆さまのロンリ」を学習

授業は後半戦に突入!先生はロンリのちから「逆さまのロンリ」のビデオを流しました。

===【ロンリのちから「逆さまのロンリ」前半あらすじ】===
映画の続きを撮影している映像部。「核戦争が起こってしまったようだ。だから人類は滅亡した」「逆に言うならば、人類が滅亡したということは、つまり核戦争が起こったということなのだ」。このセリフについて、部員からおかしいという声があがります。
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番組を見る生徒たちからも「人類滅亡の原因で考えられるのは、核戦争だけじゃないよね」というつぶやきが。最初の文章は正しいのに、それを逆にすると意味がおかしくなっています。そこでみんなで、「逆が必ずしも真ではない」例を考えてました。
・「1は正の数である。だから正の数は1である」
・「りんごはくだものだ。だからくだものはりんごだ」
・「私は人間だ。だから人間は私だ」
どれも1番目の文章は正しくて、2番目の文章は間違っています。

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次に先生は、ある文章を読み上げました。
「月曜ならば、博物館は休みだ。博物館が休みだから、月曜日だ」。この2番目の文章は、1番目の文章の「逆」です。
では、「月曜ならば、博物館は休みだ。博物館が休みでないなら、月曜日ではない」。これは?・・・生徒から「対偶だ!」と声があがります。
先生は「そう。対偶は必ず真。『AならばB』が正しいならば、対偶の『BではないならばAではない』は、必ず正しいんだよ」と解説。思わず「数学じゃん!」という声があがります。そう、これは数学の「論理と命題」で習ったこととリンクしています。

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そこで、「18歳未満は、国会図書館を利用できない」を例に考えてみました。
〈逆〉 国会図書館を利用できないならば18歳未満だ。
〈裏〉 18歳以上ならば国会図書館が利用できる。
〈対偶〉 国会図書館を利用できるならば18歳以上だ。

光陵高校の生徒たちは、1年生から2年生にかけてKU(光陵ユニバース)に取り組んでいます。これは、各人が自分の興味のある課題から研究テーマを設定して論文を書き、プレゼンをするという活動です。KUに今回の授業で学んだことがどう生かせるか各自で考えて、授業は終了しました。
「結論がしっかりしていれば三段論法が使えて、相手に自分の伝えたいことが正確に伝わると思います。一部だけの話になっていないか、前提が正しいかなどに気をつけて、説得力のある論文を作っていきたいです」
「前提がまちがっていると、その論理は間違ってしまうということ。判明したことの逆は必ずしも正しくはないということ。こうしたことは、アンケートの文を作るときや、実験の仮説を立てる際に役立つと思います」。
生徒たちは今日学んだことをおさえながら、論文作りに取り組んでいきます。


★ 授業を終えた笠原美保子先生にお話を聞きました。

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――生徒の皆さんが、積極的に論理を検証する姿が印象的でした。

授業の冒頭だけでなく、随所で番組を見せたのが効果的だったと思います。
ロンリのちから は映像がおしゃれで、生徒たちは興味を持って入り込んでいきます。取り上げられている例文もいいですね。
生徒たちは知的好奇心があり、人前でプレゼンすることも抵抗がありません。だから「三段論法」だけだったら、飽きてしまうだろうと思い、60分授業の後半は「逆さまのロンリ」も見せることにしました。

――ロンリのちから が、国語や数学の内容につながっていく展開は驚きでした。

本校は文部科学省の研究開発学校の指定を受けて「光陵リベラル・アーツ」という特別な教科を設け、その中で「メディア・スタディーズ」「サイエンス・スタディーズ」「グローバル・スタディーズ」という科目を展開しています。3つの科目に共通しているのが、論理的思考力とコミュニケーション能力をつけることです。国数英などさまざまな教科の教員が担当しています。

本時は「メディア・スタディーズ」の中で行いました。

前半は、私の専門である国語に結びつけました。
「羅生門」は、1学期に学習した物語。その中の老婆のセリフが、ちょうど番組冒頭の「私はあなたが嫌い。私は女子。だから女子はあなたが嫌いなの」と同じ意味で破たんしているので、もってきました。生徒たちは、「羅生門」の老婆が三段論法を使っているとは思わなかったでしょう。こうした論法はなにも現代人だけでなく、昔の人も使っていたのだと感じてほしかったのです。
後半の数学部分は、数学科の教員と相談しながら授業内容を練り上げました。

――論理的思考力を、教科の枠を飛び越えて身につけているわけですね。その力は学生時代だけでなく、さきざきでも役に立ちそうです。

そうですね。この子たちの先輩が書いたKUの論文を見ると、少人数からとったアンケートをもとに間違った前提をたててしまったり、「逆は必ず真」という論理をたてたりしています。今日の授業で、それは誤った論理を導くことだと学びました。これはきっとKUに限らず、今後の論文や研究、社会生活でも生かされるでしょう。
今はパソコンやスマホなどで、ほしい情報をすぐ手に入れることができます。こうした環境では、いかにたくさんの知識を持っているかではなく、それをどう使いこなすかが問われます。だから生徒たちには、論理的思考力を身につけて、物事をしっかり自分の頭で考えられるようになってほしいのです。

「メディア・スタディーズ」の中で、生徒たちは短いニュース映像を作ったりプレゼンをし合ったりして、友達と楽しそうに活動しています。今後、班ごとに ロンリのちから のような番組を作ってもいいかもしれませんね。どんな論理を取り上げるか、それがどうなったら破綻するのかなど考えたら、きっと力がつくと思いますよ。


ロンリのちから
< Eテレ (火)午後 2:30 ~2:40 >

投稿者:デジタル教材スタッフ | 投稿時間:11:00

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