NHK札幌放送局

“経済”で道は開くのか? 北方領土の行方

北海道クローズアップ

2018年7月25日(水)午前10時00分 更新

今年5月に行われた日ロ首脳会談。この会談で両国は平和条約締結への重要な一歩として打ち出された「共同経済活動」の具体化に向けた作業を加速することで一致しました。しかしその一方、領土問題解決への道筋は今回も示されませんでした。共同経済活動によって、北方領土問題はどうなっていくのか。その行方を探ります。

共同経済活動 期待は広がるも協議は難航

北方領土問題解決の糸口になるかもしれないと期待されている日ロ両国による共同経済活動。その共同経済活動を足がかりに、北方領土でのビジネスを考える人がいます。養殖設備メーカーの会長、西﨑建夫さんです。売り込もうとしているのは、5年前に日本とロシア、両国で特許を取得したサケやマスの卵を人工的にふ化させる設備。西﨑さんの会社では今、サハリンにある34か所のふ化場に、この設備を輸出。その実績をもとに、北方領土でも事業を展開したいと考えています。

「ソフト、ハード面となる技術や設備をロシア側に拡大していきたい。お互いにウィン・ウィンになるような格好でやっていければなという感じはしています。」(西﨑さん)

一方、北方領土に隣接する根室でも、共同経済活動への期待があります。根室を支えている水産業。戦後、周辺の海域で自由に漁ができなくなり、町の経済は打撃を受け続けてきました。戦後73年、地元が受けた損失は、あわせて5兆円を超えるといいます。

地元・漁協の組合長の髙橋敏二さんは、町に豊かさを取り戻したいと共同経済活動に期待をよせます。北方領土での漁業の可能性を探るため、根室の代表として去年、現地調査に参加。択捉島でサケやマスのふ化場を視察し、水産資源に恵まれたこの場所で、現地の漁業者とともに事業を行うことに大きな可能性を感じたと言います。

しかし、その経済活動に「法律上の仕組み」という大きな壁が立ちはだかっています。これまで、日ロ両政府は事業を行う上で欠かせない「特別な制度」を巡って、協議を重ねてきました。首脳会談の前、髙橋さんは少しでも話し合いが進むことを願っていました。

ところが、今回合意されたのは「海産物の養殖や観光など5つの事業の具体化を加速」「民間事業者を中心とした調査団の派遣」の2つ。「特別な制度」についての進展は今回もなく、事業が実現する具体的な道筋はいまだ見えません。

「時間がかかればかかるほどトーンダウンしてしまうでしょうし、地元の受け方、捉え方は変わってくるでしょう。早く結果を出して、我々の期待に添っていただきたい。」(高橋さん)

共同経済活動をどのように進めるか。北方領土問題に詳しい、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの岩下明裕教授によると、日本は双方の法的立場を崩さない「特別な制度」で進めていくことを主張する一方、ロシアは「ロシアの法律」でとしています。

協議の焦点のひとつになっているのが、人の出入りの問題です。現在、日本人が北方領土に行くためには一部の例外を除き原則としてビザが必要となります。しかしロシア側は、旅券の携行を前提とした短期ビザの相互免除を提案しています。ビザが免除されることで人の移動は容易になるものの、ロシアは4島をサハリン州の一部と見なしており、4島の主権が自国にあることを前提としています。日本がもしも旅券の携行を前提としたビザ免除を受け入れた場合、北方領土をロシアの領土だと認めたと見なされる可能性があるため、日本側はロシアの提案に対し慎重な姿勢を取っています。

進むロシアの実効支配 協議の長期化で日本は置き去りに

平行線をたどる共同経済活動に向けた日ロ間の主張。話し合いが長期化するなか、今まで見られなかった動きが出てきています。

およそ6,500人が暮らす、北方領土で最も開発が進む択捉島。生活環境が改善し、若い世代の定住者が増えてきているなか、島の発展に大きな影響を与えてきた会社があります。水産業などを営む北方領土最大の企業「ギドロストロイ」です。

択捉島の住民のおよそ7割は、ギドロストロイの関係者とも言われています。観光事業も手がけ、おととしには高級リゾートホテルを建設。豊かな自然を、世界に向けて売り込もうとしています。

さらに、ロシアによる開発は択捉島や国後島に加え、今、色丹島にまで進みつつあります。色丹島は、1956年の日ソ共同宣言で条約締結後に「平和条約締結後に諸島を日本へ引き渡す歯舞群島とともに日本へ引き渡す」と明記された島。プーチン大統領も、色丹・歯舞の引き渡しについて書かれているこの共同宣言を認める姿勢を示してきました。

先月6日、NHKは色丹島を取材。そこで目撃されたのは、驚くべきことに、ある水産加工場の建設現場に中国からの資材が持ち込まれ、次々と中国人の労働者が島に上陸している姿でした。

取材を進めると、島では中国に加えてドイツ、アメリカなどの企業も招き入れ、日本抜きで開発を進めていることが明らかになりました。ロシア政府は、色丹島の開発に本腰を入れようと、去年、島の一部を「経済特区」に指定。法人税などを引き下げ、ロシアの企業だけでなく外国企業も進出しやすい環境を生みだそうとしています。

「私たちの事業はすべての国に開放されていて、ここに優先順位はないのです。利益が得られる協力の機会があれば、歓迎します。」(サハリン州政府 アレクセイ・ウスペンスキー経済発展相)

外国企業も加わって進められる色丹島の開発。この動きについて、北海道大学の岩下教授は警鐘を鳴らします。

「『択捉・国後』と『色丹・歯舞』は少し性格が違う。日ソ共同宣言に記されていたように、色丹・歯舞については『平和条約締結後に、引き渡される』ということになっていた。その色丹島で、これほどロシア主導の開発が進んでいることに、危機感を感じざるを得ない。」(岩下さん)

焦る元島民の思い 一歩進んだ議論が必要

日ロ首脳会談の翌日に行われた元島民団体の総会。そこでは、いっこうに進まない領土交渉に、不満の声が相次ぎました。

「日本の、我々の島を取られて、占領したその国になんで経済協力をしなきゃならないのか。悔しさと悲しさでいっぱいです。」(歯舞群島出身の女性・92歳)

歯舞群島出身の河田弘登志さん(83)は、団体の副理事長として、返還運動の先頭に立ってきました。河田さんは50年以上、ふるさとの返還を訴えてきましたが、前進はありませんでした。

こうしたなか、プーチン大統領が来日したおととし、「平和条約締結の重要な一歩になり得る」として、両首脳が打ち出したのが共同経済活動でした。当時、経済の議論が優先され、領土問題は先送りになるのではないかと懸念を抱いたという河田さん。

それでも、これまで動かなかった問題が、少しでも前進する可能性にかけたい。この1年半、すがるような思いで見守ってきました。しかし、今回の会談でも具体化せず、焦りはさらにつのります。

「一歩でも二歩でも進んでると説明できるようになってほしい。我々としてはあきらめるわけにはいかない。」(河田さん)

共同経済活動を通じて地域や企業の経済活動を活性化させたい。そんな期待がある一方、領土問題は元島民の高齢化も進み、解決が急務になっています。領土問題の解決に向けた一歩とされる共同経済活動。果たして本当に解決の糸口になるのか、地域の思いを置き去りにしない、一歩進んだ議論が必要になっています。

2018年6月1日放送
北海道クローズアップ
「“経済”で道は開くのか?~どうなる 北方領土~」より

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