NHK札幌放送局

森崎博之 海と山 武四郎から託されて~江差町~

北海道中ひざくりげ

2019年5月15日(水)午後4時16分 更新

俳優・森崎博之さんが道南の江差町へ。武四郎が蝦夷地に初めて入った “旅のスタート地点” を旅します。

江差のシンボル かもめ島

2月下旬。江差沖の海に強風が吹き荒れます。

「いやぁ、寒いね…。江差は年に1~2回訪れている場所ですけれども、こうやって海から来るのは初めてです。それにしても厳しいロケですね。」

江差に上陸した武四郎は、当時の様子を書き残しています。北前船も行き交う、にぎやかな港町。

豊かな日本海に面した江差町は今も漁業が盛んで、イカやタラ、サケなどさまざまな種類の魚が水揚げされます。

沖合にあるのは、町の人たちが大切にしている「かもめ島」。沖から吹いてくる風を遮り、港や町を守ってくれています。

武四郎の絵にもかもめ島が描かれていて、江差は天然の防波堤がある良い港だと伝わり、たくさんの船がやってきました。

ここに、冬の時期にしか採れない「お宝」があると聞き、森崎さんも町のシンボル・かもめ島へと向かいます。

「いいとこですね、これ。うわ~美しい、うわ~風ーっ!いま俺、吹かれてます。うわ、気持ちいいな~…寒い、寒い…」

「お宝」とは、この岩場で取れる、風味の良さが自慢の「寒のり」。天候に左右されるため年間で10日ほどしか取れるチャンスがないそうです。収穫はすべて手作業で、寒空の下、家族みんなで行う冬の恒例行事です。

森崎さんも、のり摘みに挑戦!

「いや難しいな…お~、取れたての岩のりです。」

「うわ、食感すごいです。美味しいよ!のりの食感コリコリと…あと若干、石がジャリジャリします。まだ洗う前だから(笑)」

寒のりの完成品は1枚400円ほどの高級品ですが、東京の寿司屋を始め全国から注文が相次ぐ江差の名物。かもめ島がもたらす、豊かな海の恵みです。

町のソウルフード 三平汁

江戸末期。江差に上陸した武四郎が一番驚いた光景は、ニシン漁。江戸時代はニシン漁の最盛期で、漁が盛んな5月には本州からの漁師や商人が町に押し寄せるなど、大にぎわい。その熱気は「江戸にもない」と言われるほどでした。武四郎が当時の様子を記しています。

「ニシン漁はこの地の第一の漁業なり」
「この時期になると、漁師だけでなく、農家も、侍も、坊主も、神主も、みなニシン漁に出かけるのが面白い」

武四郎ゆかりのニシンを求めて、浜のお母さんたち自慢の料理が売りの食堂へ。

「ああ、かあちゃん食堂。たまりばっていう文字が見えます。いらっしゃる、いらっしゃる。人生のお兄さん、お姉さんの姿が見えますね。」

ここでは武四郎と同じ味わい方ができるんだとか。

「武四郎さんが食べたニシン料理があると伺いました。」
「 “ニシン三平” 用意しています。」

江差の郷土料理「三平汁」。ニシンのぬか漬けと、昆布の濃厚なだしが味わえる一品です。

「いただきます。」

「いや~、ふくよかなおだし。いろんなもののうま味がいっぺんに押し寄せてきます。」

「ドラマチックですよね、やっぱり。150年前、武四郎さんもこれを食べて次々と北海道の地を探検なさったんだなと思うとね、こうしちゃいられないっていう気持ちになりますね。いやぁ、なんかもう、どこか開拓したいなぁ。」

この三平汁、江差では昔から独特な食文化として受け継がれてきました。武四郎も江差の三平汁のことを興味深く書き記しています。

「江差の家では年中これを味わうため、ふき、蓮(はす)、たんぽぽ、虎杖(いたどり)など、何と決まっているわけではない」

季節に応じてどんな食材でも使うというのです。海の幸、山の幸。手に入るものは何でも三平汁に生かすのが江差流。ニシンが取れなくなった後も、この独特の食文化は続いてきました。

地域の人たちが守り続けてきたソウルフード。食堂はこの味目当ての人たちが集まり、憩いの場にもなっています。

武四郎が愛した「檜山」

古くからの港町、江差町。武四郎はここで、山の恵み・ヒノキにも注目しています。役場で林業を担当する大杉 則明さんを訪ねました。

「大杉さん。すいません、スギじゃなくてヒノキの話を聞きたいなと思って。」
「うまい!(笑)」

「すごいのありますね。」
「これがですね、正式名称 “ヒノキアスナロ” 。この辺では “ヒバ” と呼んでます。」

町のシンボルとして飾られていたヒバの大木。なんと樹齢は350年。ヒバは樹齢が長いのが特徴で、太く育ちやすく、寺社仏閣などにも使われる貴重な木材です。

「これ、木をチップにしたものです。匂い嗅いでみてください。」
「置かれただけですごい良い香りです。」
「ヒノキチオールといいましてですね、この成分が入ってるんで建築材としては最高級品なんですよ。これが虫を避けたり、腐らなかったり。」

「すごい、いい香りです。ちょっと嗅いでみて。みなさんどうぞ嗅いでみて。どうぞ、画面に鼻つけて嗅いでみてください!」

ヒバの木を「ヒノキ」と呼んだ武四郎。山一面のヒノキに感動した様子が記されています。

「大きいものは5人、7人で囲うほどの太さ」
「数十里の間、ヒノキ山が続き、目を驚かした」

後に武四郎はヒノキ山にちなんで、この地域を「檜山郡」と名付けます。しかし、ほどなくしてヒバは建築材として乱伐され、町から姿を消してゆきました。

森崎さん、ヒバの再生に人生を懸けている人がいると聞き、訪ねました。

坂野 正義さんです。ヒバを研究して50年、地元では “ヒバの神様” と呼ばれています。

坂野さんがヒバの研究を始めたのは、営林署に勤めていた30代の頃。かつて地元・檜山の誇りだったヒバの木が姿を消してしまったことに心を痛めていたのがきっかけです。
当時はヒバの研究がほとんど進んでいない時代。坂野さんは退職を機に山の土地を購入すると、独自にヒバを植え始めました。

成長が遅いヒバの苗は、なかなか思うように根づきません。しかし観察を続けた坂野さんは、やがてヒバのある特徴に気が付きます。

ヒバは逆境に強い性質を持っていました。坂野さんは、ヒバの枝が雪の重みなどで下に押されると、逆に強く上に伸びていくという習性を見つけたのです。

試しにその枝を切り取って植樹してみると、それまでの半分の期間で苗が根づくようになったのです。

この植樹方法は「芯挿し」と呼ばれ、全国に広く知られるようになりました。

「つまり坂野さんが芯挿しを開発して植え続けたおかげで、従来より早くヒバが戻ってきてるってこと?」
「そうそう。」
「坂野さん、すごいじゃない!すごいね!自分独自のやり方で!」
「いやいやいや…」

「素晴らしいですね!」

このヒバの山の再生。実は、松浦武四郎も願っていたことでした。4度目の旅の後に武四郎が残した記述があります。

「12、3年前は一面ヒノキの山だったのに、今はヒノキが全く見当たらない」
「かつてヒノキ山があったこの地に、檜山郡という名をつけたい」

武四郎はヒノキの復活に思いをはせ、あえて「檜山」という地名をつけたのです。武四郎の願いは、坂野さんたちの手でかなえられつつあります。

今、ヒバの植樹は町全体での取り組みになっています。これまで町の有志や子どもたちなど、延べ4千人が参加。植樹したヒバの木は1万本を超えました。

「このヒバの木たちが育った姿って、ひょっとしたら見られないかもしれないじゃないですか?」

「確かに200年、300年かかるかもしらんけど、みなさんで努力していれば元の山に帰る。やっぱり山は財産ですよ。山を良くすると清い水が流れる。海と山とは切っても切れないよね。山を戻してやればニシンも必ず帰ってくる。だからニシンとヒバは切っても切れない。」

願いを込めて、森崎さんも木を植えさせてもらいました。

「植樹!入りました!大きくなってね!」

江差の山はかつての姿へと戻りつつあります。

6回にわたり蝦夷地をくまなく旅した松浦武四郎。明治2年、この豊かな大地を 北加伊道(ほっかいどう)と名付けました。

その武四郎の足跡をたどる旅では、時代とともに多くのものが失われる中でも、人々が守り続ける宝物が確かにありました。

旅を終え、森崎さんが決意したことがあります。

「書かせていただきました。“思いをつなぐ”。私たちは、先人たちがつくってくれたこの北海道という大地に生きていますが、今度は、僕たち自身が次の世代に何を残していけるのかということを、しっかりと考えたいな、と思う取材でした。それぞれの北海道というものを、後世にこのまま残していきたいなと思います。」

これから先も、北海道が豊かなふるさとであり続けますように。

2019年3月15日(金)放送
北海道中ひざくりげ
「海と山 武四郎から託されて~江差」より

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旅人が北海道各地の素敵な人たちと出会い、その土地の風土や自然を伝える「北海道中ひざくりげ」は、昭和62年(1987年)から始まり、テーマソング「北の旅人」とともに親しまれてきました。今年度で32年目。自然災害とのたたかい、産業構造の変化、人口減少。試練にさらされるふるさと北海道で生き抜く人々の力強さと底力を、丁寧に見つめる紀行ドキュメントです。

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