NHK札幌放送局

貿易自由化の荒波にどう向き合う? 岐路に立つ農業王国

北海道クローズアップ

2019年5月10日(金)午後2時58分 更新

相次ぐ自由貿易協定の発効で、今、北海道農業が大きな転換点を迎えています。乳製品や牛肉などの農産物がより安価に国内に入ってくることで、消費者には恩恵がある一方、酪農家や畜産農家は複雑な思いでこの事態を見つめています。農業王国・北海道はどうなるのか。かつてない規模の自由化の波を乗り越えようと模索する最前線を追います。

貿易自由化 生産額の大幅減少への懸念も

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)とEUとの経済連携協定(EPA)が発効となり、アメリカとの日米物品貿易協定(TAG)の交渉も近く始まると言われる今。世界の60%のGDPを占めるこれらの国との貿易自由化に、生産者やメーカーは危機感を抱いています。

仕事で道内の農家を訪ねることも多いという俳優の森崎 博之さん(TEAM NACS)は、次のように語ります。

「生産者の方々、皆不安に思っておりますが、二極化されてるなと思うんです。一方でものすごくそれに向けて何とかしなきゃ何とかしなきゃって頑張りながらも不安になってる方、もう一方でまあ何とかなるだろう、いいものさえ作っていれば何とかなるという、不安ながらもちょっと楽観してるというところもあるかと思います。」(森崎さん)

自由貿易協定が進むことによって変わるのが、海外から入ってくる「モノの値段」です。安い海外産のものから日本の農産物を守る役割を果たしてきた関税という「壁」が、貿易自由化によって取り払われることで、海外の製品が安く入ってくるようになります。

影響はこれだけではありません。日本の輸出品に対して外国が掛ける関税も下がるため、輸出がしやすくなることでGDPが増え、国際競争力も強化されると政府はみています。その一方で、国内の農作物はどうなるのか、また自給率の低下や食の安全問題などの懸念もあります。

自由貿易協定に詳しい北海道大学准教授の東山 寛さんは、次のように指摘します。

「関税が下がり価格が下がったとしても、それを補填(ほてん)するような対策があれば一応安心です。でも一番の心配は、私たちが販売しているものが売れなくなること。輸入品に押し出されてマーケットを奪われると取り返しがつかないので、それが一番心配です。」(東山さん)

北海道庁が、安い外国産に対抗するために国産品の値段を下げていった場合の影響を試算したところ、最終的には年間824億円も生産額が減るという結果になりました。そして、この中でも一番影響が大きいと想定されるのが「酪農」です。

国策に翻弄されてきた酪農

更別村の酪農家・出嶋 辰三さん。十勝の農家およそ500人が参加した、貿易の自由化に反対する集会を企画した一人です。

安い海外の乳製品に押されて生乳の価格が下がるようになれば、経営は続けられません。酪農家はこれまでも国の政策に大きな影響を受けてきました。戦後、国の方針のもとで規模を拡大し増産を進めてきましたが、たびたび生産調整を強いられ、この30年で道内の酪農家は6割以上も減少しました。

「消費者は喜ぶだろうと思うけど、われわれ酪農家は離農せざるをえなくなっちゃう。これ以上疲弊するようなことがあれば、酪農に未来はないんじゃないのかなと思いますし、本当に人口が少なくなって地域コミュニティーがなくなっちゃうんだろうなと。」(出嶋さん)

50年ほど前に酪農家の経営安定のため設立されたよつ葉乳業では、十勝で生産される半分以上の生乳を受け入れ、牛乳やバターなどに加工品しています。
売り上げの75%を占めるメーカー向けの業務用製品は品質の差がつきにくく、安い海外産と競合しやすいとみられています。

試算では、関税が16年かけて下げられることで海外産のチーズの価格も下がり、3年目には価格で負けると予想されます。しかし、対抗するために原料である生乳の仕入価格を低く抑えれば、長年会社を支えてきた酪農家の収入を減らすことになりかねません。

「このままだと会社が存続できない、発展できないということ。発展ができないと酪農家にしわ寄せがいくということになりますから、そういう面できちっと意識しながら事業を進める。」(よつ葉乳業 有田 真 社長)

そこで目をつけたのが、これまで売り上げの25%しかなかった家庭用商品です。特に、賞味期限が短く海外産と競合しにくい飲むヨーグルトには力を入れています。

「せっかく搾ってもらった生乳をいかに生かして価値を高めるか。そういうことがまた、北海道酪農に貢献することだと考えている。」(有田社長)

そもそも、なぜ他の国は製品を安く作れるのでしょうか。

まずTPP加盟国ニュージーランドとの一番の違いは、生産コストです。例えば乳牛に関しても、ニュージーランドは気候が暖かく一年中牧草が生えているため、餌代がほとんどかかりません。

一方、EPA加盟国フランスでは多額の補助金で酪農家の収入を守りながら、生乳の価格を安く保っています。

東山さんは今後の対策に対し、次のように指摘します。

「EUとのEPAはチーズが焦点なので、去年からすでに上乗せの対策を行っています。ただチーズやワインは数少ない右肩上がりの世界なので、チーズ工房とかワイナリーなどのビジネスに新しい人が飛び込んできています。そういう人たちの意欲に水をささないような対策を、今後ぜひお願いしたいなと思ってます。」(東山さん)

生産者の新たな挑戦

道の試算によると、酪農の次に影響が大きいのが牛肉です。全国一の肉牛生産地・士幌町では、ライバル同士であるはずの牛肉の生産者たちが地域一丸となって肉の質を高めようと、試行錯誤して磨いた互いの技術・ノウハウを教え合っています。生産者の団体の中心メンバー・鎌田 佳尚さんは、こうした取り組みの意図を次のように説明します。

「自分より良いものを作る人がたくさんいますので、それが次の目標になる。それを繰り返していけば、自由貿易に立ち向かっていく武器になると思っています。」(鎌田さん)

町のスーパーも、肉牛生産者を支えたいと考えています。あるスーパーでは月に一度、牛を一頭買いして消費者に安く提供するセールを開催。今ではセールのたびに長蛇の列ができるまでになりました。

「(肉の)味が普通のスーパーとは全然違うので、おいしくいただいています。」(男性客)

「食べておいしい、また食べたいねって言っていただけるのは、本当に嬉しい限りです。食卓を支えるということは、僕ら生産者がやるべきことで、これからも頑張っていきたいなと思っています。」(鎌田さん)

貿易の自由化をきっかけに、新しい方法で牛肉を作っていこうとしている人もいます。

肉牛を飼育する生産者・安藤 智孝さんが取り組んでいるのは、消費者や出荷先の好みに合った牛肉を作り出すオーダーメード肥育です。

どのような牛肉が消費者から求められているのか。安藤さんは牧場のある十勝から札幌のレストランなどへ何度も足を運び、店ごとに聞き取ったニーズに合わせて餌の種類やタイミングを変えています。

例えば、出荷先から引き締まった赤身の割合を多くしてほしいという要望を受けたときには、出荷前の牛に対して通常は脂肪がつきやすくなる餌を与えるところを、逆に脂肪がつきにくい餌を与えるのです。

牛肉に高い付加価値をつけることで、海外産の牛肉に対抗できると安藤さんは考えています。

さらに、ファンマーケティングという新しい販路の広げ方にも挑戦しています。

牛肉の業界に幅広い人脈をもつ飲食店・小売店の経営者たちにオーダーメード肥育を知ってもらうことで農場のファンになってもらい、その取り組みをSNSで発信してもらおうという試みです。

「どう育てればお客様が求める牛肉になるのかというのが、TPPに対抗する一つなんじゃないかなと。結局、お客様に選ばれる牧場であることが生き残る戦略だと思っています。」(安藤さん)

さまざまな取り組みで活路を見いだそうとしている生産者たち。動き出したTPP、EPAに対して、私たちはどう向き合うべきなのでしょうか?

「やはり農産物というのは食料、食べ物なので、安定供給というのが何より大事なこと。その安定供給を外国に委ねるリスクを考えてほしい。身近なところに安定供給を約束してくれる、安全安心を保証してくれる農業があるということの価値を、この機会に改めて考えてほしいと思います。」(東山さん)

「これは私たちがどう後世に残していくかという話だと思うんです。私たちはおかげさまで自国のものを食べて成長してきました。でも次の世代に何を僕たちが渡していけるのか。しっかりと考えたい、踏まえたいですね。」(森崎さん)

貿易自由化の波はすでに動き出しています。スーパーで商品を選択するその先にどんな未来があるのか、今まで以上に考えなければいけない時代になってきているのかもしれません。

2019年2月15日(金)放送
北海道クローズアップ
「岐路に立つ“農業王国”~動き出したTPP・EPA~」より

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北海道の“いま” を見つめ続ける報道番組 1993年4月に放送を開始した「北海道クローズアップ」。 昨年度は、大きな被害を出した胆振東部地震について、被害の深刻さやそれに立ち向かう人々の姿を様々な角度から伝えてきた。また、AI農業の最前線や、TPPなどで貿易の自由化が加速する中での人々の新たな取り組みなども見つめ、北海道の様々な課題に向き合ってきた。この26年間の放送回数は、746回を数える。 平成から新たな時代にかわる節目の今年、番組では新たに新キャスターを迎え、番組の更なる飛躍を目指す。北海道の“いま”を、より分かりやすく、より深く。 「北クロを見れば、今の北海道がわかる!」 そんな報道番組をめざし、新たな可能性を探っていく。

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