NHK札幌放送局

樺太・千島戦争体験の絵(3)真岡郵便局9人の記憶

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月16日(木)午後2時30分 更新

「その場にいたら自分も自決していた」。終戦直後の樺太でソビエト軍の侵攻の状況を電話で伝え続けた後、自ら命を絶った真岡郵便局9人の電話交換手。同僚が9人との思い出を語った。 

昼休みだけはみんな普通の女の子に

和寒町の栗山知ゑ子さん(90)は、戦時中、樺太の真岡郵便局で電話交換手として働いていた。当時の電話交換台での仕事風景や同僚たちとの昼休みの団らんを絵に描いた。

電話は当時、情報を早く伝える手段として重要な役割を果たしていて電話交換手は女性たちにとって花形の職業だった。しかし、その責務は重く、常に緊張が強いられたが、昼休みだけはみんな普通の女の子に戻りおしゃべりを楽しんだ。

中央が可香谷シゲさん

昭和20年、当時17歳だった栗山さんが頼りにしていた先輩は6歳年上の可香谷シゲさんだった。いつも笑顔が絶えず、郵便局内の演芸大会の前には出し物の踊りを教えてくれた。

「元気でね」と笑顔で受け止め、送り出してくれた

しかし、終戦直後、ソビエト軍が樺太に侵攻。楽しい時間は突然断ち切られた。栗山さんは使命感から仕事を続けるつもりでいたが、母親から頼まれ、家族と共に疎開することにした。栗山さんが郵便局で事情を話すと、可香谷さんたちは「元気でね」と笑顔で受け止め、送り出してくれた。それがみんなとの最後の別れとなった。

その2日後、ソビエト軍が真岡に上陸。可香谷さんら9人は郵便局に残り、電話で戦況を伝え続けた。そして、「みなさんこれが最後です。さようなら、さようなら」と告げ、青酸カリを飲んで自ら命を絶った。

自分と9人との間に大きな違いはない

9人の死を知ったとき、栗山さんは驚きつつも「もし疎開していなければ自分も薬を飲んで自決していた」と思ったという。最後まで国に奉仕する教えを受けていた身としては自分だけ自決しない選択肢はなく、自分と9人との間に大きな違いはないと感じている。

栗山さんは、樺太の対岸の稚内市で毎年8月の9人の命日に開かれる追悼式典に参加している。

戦争がなかったら、みんなで楽しく仕事をしていただろう。一緒に仕事したり弁当を食べたりした思い出を大切にしていきたい。

※動画はこちらでご覧いただけます。

(2018年8月15日放送)

#樺太千島戦争体験の絵



関連情報

樺太・千島戦争体験の絵(1)地上戦の記憶

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月14日(火)午後3時00分 更新

樺太・千島戦争体験の絵(2)国後島から決死の脱出

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月15日(水)午後3時30分 更新

樺太・千島戦争体験の絵(4)色丹島のニコライ大佐

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月17日(金)午後4時00分 更新

ほっとニュース北海道

ほっとニュース北海道

熱々で最新の“HOT”な、そして、安心して“ホッと”するニュース・情報番組。 その日のニュースを深く分厚く、道内7つの放送局のネットワークで地域情報を多彩に伝えます。プロ野球、Jリーグなどのスポーツ情報も毎日伝えます。

上に戻る