NHK札幌放送局

祭りがつなぐ地域と未来 ~芦別健夏山笠の30年~

北海道クローズアップ

2018年12月10日(月)午後7時03分 更新

30年の節目を迎えた「芦別健夏山笠(あしべつけんかやまかさ)」。空知の芦別で開催されるこの勇壮なお祭りは、実は九州・博多で700年以上続く「博多祇園山笠」を厳格に受け継いだものです。なぜ、北海道で九州伝統のお祭りが続けられているのでしょうか。そこには、高齢化や人口減少など、地方都市が抱えるさまざまな問題を解決するヒントが隠されていました。

祭りの準備は「流」が運営

北海道の中央部、1万3000人あまりが暮らす芦別市では、毎年、7月のおよそ3週間は祭り一色。
町のあちこちで、祭りのために特別に組織された「流(ながれ)」に所属するメンバーにより、巨大な山車「山笠」の組み立て作業が行われます。

現在芦別には、大黒様を担ぐ「北大黒流(きただいこくながれ)」、義経を担ぐ「栄流(さかえながれ)」、弁天様を担ぐ「緑幸流(りょくこうながれ)」、そして芦別駅前に飾る山笠を作る「市流(いちながれ)」の、4つの流があります。

本家・博多のしきたりに従って、流のメンバーになれるのは男性のみ。緑幸流では20代から60代までの男性およそ20人が所属しています。準備や作業に参加しても報酬はありません。祭りを成功させたい一心で自主的に集まっているのです。

「乾杯!」

作業後は、「直会(なおらい)」と呼ばれる寄り合いが開かれます。直会は、神様に仕えた人が日常に戻る儀式で、これも本家・博多のしきたりです。

「私たちも年中行事で集まっていたいっていうのがあって。行事があるからみんな集まれ、みたいなことで。」(緑幸流のメンバー)

こうして流のメンバーは、およそ3週間を共に過ごしながら一丸となっていくのです。

博多祇園山笠に魅せられた芦別の人々

今から34年前のNHK特集「熱走!博多山笠」。“博多祇園山笠” 伝統のしきたりを軸に、人々の熱い姿を描いた作品です。

実は芦別の山笠は、この番組をたまたま見たことがきっかけとなり、見よう見まねで始まったものです。

かつて炭鉱でにぎわっていた芦別も閉山が相次ぎ、昭和60年頃には人口がピーク時に比べ4割以下に激減。何か町を活気づけるイベントができないものかと模索していました。

そんな芦別にとって、博多の山笠は目をみはるものがありました。特に祭りのフィナーレ、巨大な山笠を担いで走る「追い山笠(やま)」は、見物客を合わせて実に100万人の心をわしづかみにしていたのです。

芦別市の職員で、山笠が始まった当初から参加している長野周史さんは、当時のことを鮮明に覚えています。

「非常にウケは良かったそうです。自分たちがやってみて爽快感はありました。男らしいというか、迫力のある勇壮な、それがすごく楽しかったので、またやろうまたやろうって舁(か)き手が増えていったと思うんですね。」(長野さん)

伝統のしきたりを受け継ぐ

九州・福岡に、芦別の山笠を語る上で決して欠かせない人物がいます。福岡で12人しかいない、山笠の飾りを作れる人形師の一人、亀田均さんです。芦別の山笠が30年の節目を迎える今年、亀田さんは緑幸流のために弁天様を作り直していました。

20数年前、亀田さんは北海道で熱心に山笠に取り組む町があると知り、人形作りの依頼を引き受けました。しかし人形作りは博多でも限られた職人だけに許される技。北海道・芦別に人形を提供するなど前代未聞のことでした。

「私も炭鉱生まれ炭鉱育ち。長崎だったです。閉山になってほとんどの方が北海道に行かれて、それがあるから他人事ではないっていうか。何とか博多のお祭りのパワーで力強く、元気になれるように協力できることがあればってことで(人形作りに)取りかかったんですよ。」(亀田さん)

最初は人形を提供することに反対する人もいたそうですが、お年寄りの中には「そこまで博多の山笠がほれられたらいいことだ」「どんどんやったらいい」と応援してくれる人もいました。

結果、平成4年に芦別の山笠は博多の祇園山笠振興会から正式な分家として認められることとなったのです。

地域や世代をつなぐ

芦別の山笠が始まって30年。祭りのために組織された流ですが、冬場にはお年寄り世帯の雪下ろしをしたり、一人暮らしの人の見守り活動を続けたりしています。また最近は町内会が主催していた盆踊りを肩代わりするなど、今では地域のつながりを維持するために欠かせない存在になっています。

商店街で組織された栄流には、小学1年生の打越冬磨くんが参加しています。

冬磨くんは、芦別で唯一親子3代で祭りに参加するメンバー。地元では有名な祭り好きです。博多では、こういう人のことを「山のぼせ」と言います。

栄流では全員で冬磨くんを一人前に育てようとしています。山笠を担ぐ時に使う「舁(か)き縄」作りを教えたり、舁き縄を使って山笠を担ぐ練習をしたり。冬磨くんは栄流の期待の星なのです。

「ここで30周年、40周年、50周年に向けて子どもたちを増やしていけば、また山笠も保たれるのかなと。」(栄流の男性)

祭りを盛り上げようとしているのは流だけではありません。芦別の山笠振興会はこの夏、4人の若手を博多に派遣しました。700年の伝統を本場でじかに体験させるためです。

博多では、一つの山笠をおよそ1000人が交代で担いだり押したりします。今回、彼らが挑戦するのは、追い山笠の時に後ろから山笠を押して加速する重要な役割です。

芦別から派遣された冨田和章さんも、初めての博多の追い山笠で、何とかゴールまで走り切りました。

「楽しかったです。あっという間でした。最高でした。帰ったら、次こういう機会があったらどんどん行きなさいってことを一番伝えたいと思います。来なきゃ分からないです、この良さは。」(冨田さん)

芦別のフィナーレ「追い山笠」

追い山笠の日、緑幸流の詰所では地域の女性たちが集まり、まかないの手伝いをします。しきたりにより山笠を担ぐことはできませんが、直会の準備など陰から支え、祭りに参加するのです。

また、舁き手に招待された地元・芦別高校の生徒の姿もありました。

「この祭りがないと芦別じゃないので。」
「自分の町なんで、祭りでも活躍できて、嬉しいです。」(芦別高校の生徒たち)

祭りはふるさとに誇りを持つきっかけにもなります。

いよいよ追い山笠の瞬間。緑幸流は2番目のスタートです。スタート地点には、弁天様を作った亀田さんの姿が。弁天様を担いで走る男たちの中には、博多の山笠を体験してきた冨田さんの姿もありました。

「5秒前」
「3・2・1、ヤー!」

26人の男たちが、重さ1トンの山笠を担いで町を駆け抜けます。速さを決めるのは、後ろから山笠を後押しする人たちの力加減。皆、人生で一番の気合いを入れました。

冬磨くんがいる栄流は3番目のスタート。冬磨くんの役割は、山笠の前をひたすら走る「先走り」です。

「右曲がれ!曲がって早く!」(冬磨くん)

山笠は子どもたちの走りにつられ、スピードを保ちながら1.7キロのコースを進みます。栄流は見事、去年を上回る速さでゴールしました。

本場・博多のしきたりを受け継ぎ、今年で30年。
芦別の山笠は、地域の人々の “心” も “未来” もつないでいます。

2018年8月31日放送
北海道クローズアップ
「祭りが地域をつなぐ~芦別健夏山笠の30年~」より

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