NHK札幌放送局

樺太・千島戦争体験の絵(6)三船遭難生き延びて

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月29日(水)午後6時30分 更新

甲板に横たわる男性の胸から流れ出すおびただしい量の血。終戦直後、樺太から引き揚げる船の上で9歳の男の子が見たのは悲惨な光景だった。

「内地に帰れるんだ」

絵を描いた東京都の吉田勇さん(82)は、終戦直後の昭和20年8月21日、ソビエト軍の侵攻を前に、母親と兄弟の合わせて7人で樺太南部の大泊で引き揚げ船に乗り込んだ。吉田さんは「これで日本の土を踏めるんだと、内地に帰れるんだ」と思った。

乗船したのは旧日本軍の軍艦、第二新興丸。民間人などを運ぶため、ほかの引き揚げ船2隻と北海道を目指した。無事に乗船できたことで安堵する吉田さんだったが、それが悲劇の始まりだった。

地獄のような光景を目の当たりに

乗船の翌日の早朝、吉田さん一家が甲板の上で眠っていたときのことだった。船は突然、大きな衝撃を受けた。ソビエト軍とみられる潜水艦が発射した魚雷が船に命中したのだ。衝撃で、吉田さんは2メートルほど飛ばされ、甲板にたたきつけられたという。状況を把握しようと、周囲を見た吉田さんは地獄のような光景を目の当たりにする。

魚雷があたった時にメインマストがものすごい衝撃でバシーンと途中で折れた。折れたマストが下に落下し、1人の胸のあたりに突き刺さった。そして内蔵が破裂して血みどろになった。同時に、眼球は衝撃に耐えかね飛び出した

中年の男性は両手を伸ばして助けを求めた。しかし別の命令を受けた吉田さんはその場を離れてしまった。助けることができなかった後悔は今も続いている。

助けたくても助けられなかった。手を出せなかったざんきの念だと思う。自分も悔しいんです。目の前の人を助けてあげることができなかった

吉田さんの船はかろうじて留萌港にたどりついたが、ほかの2隻は沈没。1700人以上が命を落とした。終戦後に起こった悲劇「三船遭難事件」だ。

生き残った者としての責務

あのとき命を落とした人たちを忘れることなく、惨状を後世に伝えていくことが生き残った者としての責務であると吉田さんは考えている。

どんな国のどんな立場の人であろうと、尊い命というのはひとつしかない。死の、戦争の悲惨さという場面はありとあらゆる場面で伝えないといけない

※動画はこちらでご覧いただけます

(2018年8月27日放送)

#樺太千島戦争体験の絵

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