NHK札幌放送局

WEBニュース特集 地震・失われた山

北海道WEBニュース特集

2018年12月5日(水)午後2時00分 更新

「山の価値が失われてしまった・・・」。 ことし9月に起きた胆振東部地震で広範囲にわたって大規模な土砂崩れが発生し、山の所有者たちは不安を募らせています。被害の規模は札幌市中央区の広さに匹敵し、さらにこのままでは「残った山の価値も失われる」と危機感が広がっています。いま何が起きているのでしょうか。

40年間育てた木々が、一夜にして崩れた

「この場所に来るたび、崩れて土が見えている山肌を見るのはしのびませんね」 北海道厚真町に住む黒川利道さん(80)は、悔しさをにじませた表情で話していました。今回の地震で所有している約13ヘクタールの山林の半分以上が土砂崩れの被害に遭いました。良質な木材を育てようと、41年前の昭和52年から大切に育ててきたといいます。

通れなくなった林道

住宅建材などに使用する良質な木材を育てるためには、間伐や下草刈りなどの手入れをしなければなりません。しかし、今は林道が崩れて、その作業を行うことができないといいます。黒川さんは、「このままでは崩れずに残った部分の木材もどんどん価値がなくなる」と不安を募らせています。
今回の地震で黒川さんが所有していた山林の被害額は数百万円に上ります。さらに、復旧をするのも数千万円の費用がかかる見込みです。また、仮に植樹をしたとしても伐採できるようになるまでには45年から50年の長い時間が必要です。とても個人で背負える被害ではありません。

伐採を目前に思わぬ被害となり、黒川さんは、「あと5年経てば伐採をしようと思っていた。年齢的にも最後の仕上げだと思っていましたし、伐採が出来る日を楽しみにしながら手入れをしていたんです。それが伐採できなくなった。山の価値も失われてしまった」と、ぼう然とした様子で話しました。それでも、「山を元に戻すのはかなり大変だと思います。でもこのまま放っておくわけにもいかない。なんとか緑の山にできるのであればしたいなというのが本音です」と話してくれました。

大規模な土砂崩れ 被害の全容は

道の調査によりますと、土砂崩れが起きたのは崩落した部分だけで約4300ヘクタールに上ります。その規模は札幌市中央区の広さとほぼ同じです。そのうち99.79%が、今回被害の大きかった厚真町、安平町、むかわ町の3町で起きています。北海道では森林面積のほとんどが国有林や道有林ですが、道が行った被害調査では、国有林に被害はなかった一方で、個人などが所有するいわゆる「民有林」が半分以上の56.16%、2411ヘクタールに上り、被害にあった所有者は約700人に上ると見られています。

想定されていなかった 地震での大規模土砂崩れ

森林が災害で土砂崩れの被害に遭った場合、国有林や道有林は国や道などが復旧費用の予算編成を行って税金での復旧を目指します。では、個人などが所有する山林はどのように復旧を行うのでしょうか。
道によりますと、森林法に基づく「森林整備計画」を作り市町村の認定を受ければ、植樹や山林整備の事業費のうち、最大で約68%の助成金が出る制度があります。しかし、この制度で支援を受けられるのは山林の造成を対象にした助成金であり、本来は災害復旧の費用ではありません。しかも自己負担も必要になり、その額は3割を超えます。いまの制度では、復旧費用をすべて公的な資金で賄ってくれる仕組みがないのが現状です。

このため、山を個人で所有する人達の中には「森林保険」と呼ばれる災害時に復旧費用を補償してくれる保険に加入している人もいます。この「森林保険」は、災害時に所有している森林が被害に遭ったとき、復旧費用の補償を行うもので、2年前に北海道広尾町で暴風の影響で森林が被害に遭った際には、個人所有の山林の復旧費用はこの保険で出されました。しかし、今回の土砂崩れでは保険は適用外となりました。原因が地震だからです。
「森林保険」は、「山火事」「暴風」「大雨」「雪害」「干害」「凍害」「潮害」「噴火災」の8つの災害で復旧費用を補償しますが、地震は適用される災害の中に含まれていません。運用している「森林保険センター」に、地震で保険が適用されない理由について取材したところ、担当者は、「地震で土砂崩れが起きるとは想定していない。適用している8つの災害では、過去、国内で起きた災害の際の統計が残っていて、月額の保険金を算出することができるが、地震を原因とする土砂崩れはほとんど起こっておらず、保険金の額を算出することは不可能である。このため地震で土砂崩れが起きるとは想定していない。よって保険の適用はできない」と話していました。

保険の適用はできない 林業断念を考える山の所有者も

苫小牧広域森林組合の小坂利政組合長

地元の森林組合では地震から約2週間後、森林保険を管轄している林野庁に対して、「森林保険の適用範囲を拡大してほしい」と要望しましたが、返答は、「今の状況では保険の適用は難しい」というものでした。苫小牧広域森林組合の小坂利政組合長は、「このまま山を放っておくと自然崩壊も続くでしょう。早く止める方法を考えてもらわないと、残っている山の資産価値もゼロか、さらにはマイナスになる」と話していて、山の所有者の間で危機感が広がっている現状が、浮かび上がってきます。
北海道の林業統計によりますと、被害の大きかった厚真町、安平町、むかわ町を含む胆振地方は、木材の出荷量が道内6位で、道内の林業の一翼を担ってきました。しかし、山が被害に遭ったことで、林業を営むのを断念することを考えている人も増えているということです。こうして山の放棄が進めば、将来的に北海道の林業に大きな影響が出るおそれがあります。

それでも山を元に戻したい 始まった支援の動き

こうした中で山の所有者を支援するために、模索が始まっています。ことし10月31日、道や被災した3町など11機関の担当者が厚真町で会合を開き、山の復旧に向けた連絡会議を発足させました。個人所有の山であっても復旧に向けて救済する方針を決めたのです。今後、具体的な救済策について話し合うことにしています。北海道水産林務部林務局の寺田宏森林整備課長は、「森林がなくなることに地元の方たちは強い危機感を持っている。地域にとって大きな影響がある。さまざまな対策を講じてできるだけ森が育つまで対応していきたい」と話していました。道は、被害を受けた民有林を森林法に基づく「保安林」に指定して全額公的資金による復旧を目指す方針を示しています。ただ「保安林」に指定されると木の伐採が制限されることになります。このため山の所有者の中からは林業経営に支障が出ないかどうか心配する声も出ています。

地元の森林組合では、今回崩れた山林の木材を、住宅や家具の建材やバイオマス発電の燃料用のチップとして利用できないかという案を出しています。森林組合の小坂組合長は、「45年、50年と育てた木が土砂崩れで一瞬で失われた。しかし今回は、暴風での倒壊や大雨での土砂崩れの時とは違い、地面の表側の層が滑り落ちただけで、木材はほとんど傷ついておらず利用価値がある。これは製材、あるいは活用できるものは、他の機能を生かして活用してほしい。所有者にとっては経済的にプラスにもなるし、精神的にももう1回やる気になると思う」と話していて、林野庁や道に対して柔軟に支援策を検討してほしいという意向です。
地震から2か月あまり。山の復旧の道のりは、まだ始まったばかりです。

(2018年11月9日放送)

函館放送局 川口朋晃 記者


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