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WEBニュース特集 夕張のヤマが燃えた

北海道WEBニュース特集

2019年5月15日(水)午後3時30分 更新

4月18日、まだ雪が残る夕張市石炭博物館の観光用の坑道で起きた火災。発生から1か月を前にした5月13日、ようやく鎮火が宣言されました。なぜ鎮火に時間がかかったのか。そして博物館再開の見通しは・・・。夕張市を代表する観光施設の「これから」はどうなるのか、岩見沢支局の北井元気記者の取材です。

【なぜこんなに時間が】

私が現場に着いたのは、火災の発生から約5時間がたった午前4時半すぎ。消火活動をしているにもかかわらず、あたりが見えなくなるほどの勢いで坑道から次々と黒い煙が出ている様子を見て、鎮火には時間がかりそうだと思いましたが、正直ここまでかかるとは想像しませんでした。
なぜ時間がかかったのか、取材してみるといくつかの要因がありました。
まずあげられるのが「石炭の性質」です。石炭は一度火がつくとなかなか消えないという性質があります。夕張での炭鉱火災といえば、大規模なものは昭和56年に起きた「北炭夕張新炭鉱」での火災です。

北炭夕張新炭鉱(昭和56年)

このときは事故発生から3日がたっても坑内の火災が一向に収まらず、消火活動と閉じ込められた炭鉱員の救出は難航を極めました。消えない火事に向き合ったヤマの男たち、決断の時が迫りました。事故発生から8日後、会社側は坑内に水を入れて火を消すという苦渋の決断をしました。家族たちが涙を流して見つめる中、大きなサイレンとともに坑内に水を注入。坑道の中にいた93人が亡くなりました。
もうひとつの要因は「坑道内での火災」という特殊性です。最近起きた坑道火災は紹介した昭和56年の事故。40年近く前で、当時の知識や経験を持つ人がいませんでした。
さらに、今回の火災では消火活動で坑道を水没させたため、鎮火を確認するにも直接火元を見ることができませんでした。

室蘭工業大学 板倉賢一教授

鎮火の判断をした室蘭工業大学の板倉賢一教授は、「火災が起きた坑道は通常の炭鉱と違って、ガス検知や通気のシステムが整備されていない。そういったものが一層鎮火の判断を難しくした」と話し、観光用として整備されていたために中の様子をうかがい知ることができなかった点も要因のひとつだと指摘しています。

【博物館の再開は】

石炭博物館は去年4月にリニューアルし、夕張市にとっては年間3万人以上が訪れる重要な観光施設のひとつです。端から端まで約200メートルと横に長い構造で、今回火災があったのは観光用の模擬坑道。市によると火事の影響を受けた部分は全体の約3割で、大部分は被害や影響がないことが確認されています。

夕張市の厚谷市長は博物館の再開について、段階を踏んで行う考えを示しています。まずは被害を受けなかった博物館本館、次に地下の展示スペース、最後に坑道含めた全体を再開する方針です。

夕張市 厚谷司市長

再開に向けて厚谷市長は「少しでも早く再開することによって市民の皆様にあらためて、この博物館が夕張に存在する意味合いを受け止めていただいて是非支えてもらいたい」と話しています。

財政再生団体の夕張市にとって博物館は観光面での大きな資源です。一方で火災の起きた坑道部分については、消火による水がたまっている状態で、安全確認などにはさらに時間がかかる見込みです。夕張市は今後、坑道の復旧に向けて「ふるさと納税」の活用なども検討しています。「燃えたヤマ」に再び多くの観光客が訪れ、にぎわう日がやって来てほしいです。

(2019年5月14日 放送)

札幌放送局岩見沢支局 北井元気記者


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