NHK札幌放送局

アイヌと日本人 人間として語り始める日を夢見て~シリーズ北海道150年 第2集「アイヌモシㇼに生きる」 #アイヌ

北海道スペシャル

2018年10月15日(月)午後4時29分 更新

いにしえより、アイヌ民族はアイヌモシㇼ(人間の大地)と呼んできた北の土地で、独自の文化を大切に、厳しくも豊かな自然と調和し、生きてきました。それから150年。アイヌの歴史を、新たな視点で見つめ直そうとしている研究者の姿を追いました。

サイレント・アイヌ アイヌでも和人でもないと感じる私

アイヌ民族がアイヌモシㇼ、人間の大地と呼んできた北の大地。明治2年に「北海道」と名付けられ開拓が始まると、アイヌの人々の暮らしは抑圧されていきました。

この150年のアイヌの歴史を、新たな視点で見つめ直そうとしている人がいます。北海道大学の大学院で10年間、アイヌの歴史と社会制度を研究してきた石原真衣さん(36)です。

札幌で生まれ育った真衣さんは、12歳まで自分がアイヌのルーツを持っていることを知りませんでした。親戚同士の集まりの中で母が「民族」の話をしていたことをきっかけに、「実はアイヌの血を引いている」と教えられた真衣さん。この日、地元の新聞社が主催するシンポジウムの中で真衣さんは、親戚での話の中でさえも「アイヌ」という言葉が回避されていたことを印象深く語りました。

「アイヌでも和人でもない」と感じ、まるで「透明人間」だと思う自分。博士課程の集大成となる論文には、自分は何者か分からず、声を上げることもできない「サイレント・アイヌ」が多くいることを書きました。

真衣さんの心に深く刻まれた小学校時代のエピソードがあります。担任の先生が、昔銭湯でアイヌの人と一緒になって全身毛だらけでびっくりした、ということを笑い話として話したのです。話を聞いていたクラスメートも笑っている中、悲しい思いをした真衣さん。しかし、「おばあちゃんはアイヌだし、私だってアイヌの血を引いている」とは言えませんでした。

「その先生だけじゃなくて、私が今まで三十何年間で接してきた北海道民の多分全員が、目の前にアイヌのルーツを持つ人がいるかもしれないって誰一人思っていなかったので、それはすごく悲しい悲しいというか、生きづらいなあと感じます。」(真衣さん)

北海道と名付けられた頃には少なくとも1万6,000人以上いたとされるアイヌ民族。国策により屯田兵等が次々と入植し、土地も国有化され、アイヌが暮らしてきた環境は、明治36年までには100万人をこえたとされる和人に次第に奪われていきました。

真衣さんの母・イツ子さんもまた、アイヌの母と和人の父の間に生まれました。真衣さんにアイヌに関することを長年話そうとしなかったイツ子さん。生まれ育った平取町にはアイヌの人々が多く暮らしていましたが、自身の幼い頃から、アイヌはほとんど話題に出てこなかったといいます。

「誰かが差別されたとか、何かでちょっとばかにされたようなことがあったとき、アイヌだからってばかにしてというような言い方はするんだよね。だからそれがね、子どもは何であるかわかんないわけだから」(イツ子さん)

自分をアイヌと思うか、と真衣さんから問われたイツ子さんは「半分アイヌで半分日本人」と答えます。アイヌの血を引いているというだけで、自分の中にアイヌの文化は残っていないから、とその理由を説明したイツ子さん。和服を着たりしていなくても日本人が日本民族と言えるのに対し、文化を継承していないという理由でアイヌ民族ではないと思ってしまうのはなぜなのか。文化を持っていなくてもアイヌとして生きていくことはできるのでは、という真衣さんの問いかけに、やはりアイヌとして生きていくのは難しいと考える理由をイツ子さんは次のように語りました。

「やっぱり民族って何かなっていつも思ってるんだけど、特にアイヌの場合はね。日本人の場合は、まだ言語とかが日本の言語なわけでしょう。だからアイヌの場合は、もう、もううちの母さんの代でもう途絶えてるわけだから、民族っていう部分で言えばね。ちょっと私なりの意見だけどね」(イツ子さん)

イツ子さんの母・ツヤコさんは、8歳で農家へ働きに出て以降、和人の社会で生きてきました。アイヌであることを否定し続けたツヤコさん。真衣さんは、その痛みを直接、聞くことはできませんでした。

その後、真衣さんは祖母の生まれ故郷・平取町に向かいました。かつてこのあたりには20軒以上の家が建ち並び、コタンと呼ばれるアイヌの集落があったといいます。しかし祖母をはじめ、アイヌたちは和人社会に取り込まれ、集落を離れていきました。

「やっぱりコタンという名前とかがついてる場所に、私のばあちゃんが昔住んでたことがあるっていうのは、うん、何か不思議なっていうか感じですね。アイヌらしい生活、アイヌらしいって何かってのは難しいけど、アイヌの人のやりかたでアイヌの人と生きることができた最後の場所かな」(真衣さん)

自らのルーツに向き合い、アイヌの歴史を研究してきた真衣さん。アイヌのルーツを持っていても気にしないようにするような場所に何十年も放っておかれたという悲しみ。一人一人がこの大地と向き合いその歴史を知り、互いに対立するのではなく認めあうことで、社会は変えていけると、真衣さんは論文を結びました。

私は、いつか、アイヌと和人、
そして「サイレント・アイヌ」や
名付けえぬ人々が、
それぞれの〈痛み〉に心を寄せ、
「人間」として、この〈人間が住む大地〉(アイヌモシㇼ)で、共に、
語り始める日を夢見ている。
(真衣さんの論文より)

その夢を実現するためには、どうすればいいのか。歴史と向き合い続ける勇気を持つこと。
真衣さんはそう考えています。

向き合うべき歴史とは何か。その一つが、真衣さんが通う北海道大学にあります。

『アイヌ納骨堂』です。ここには、研究目的で収集され、いまなお故郷に帰ることのできない数多くの遺骨が保管されています。

「私は、アイヌのルーツを持っていても、気にしないようにするような場所に何十年も放っておかれたっていうのが、何か悲しいなと思いました。こういった過去の問題を、現代、今の中で、お互い理解しあうというか、お互いの過去を知るとか、仲直りするとか、そういうことにつながる可能性がすごくあると思っています。対立のために議論するんじゃなくて、どうやったらみんながハッピーになるかということを考えるためのすごくいいきっかけになることができるんじゃないかって思っています」(真衣さん)

人々が、対立しあうのではなく、理解しあうために、真衣さんはこれからも語り続けます。

2018年7月27日放送
北海道スペシャル
シリーズ北海道150年 第2集「アイヌモシㇼに生きる」より

関連情報

命をつなぐアイヌの人々 抗いの歴史~シリーズ北海道150年…

北海道スペシャル

2018年10月15日(月)午後4時30分 更新

親から子、子から孫へ 受け継がれるアイヌの文化~シリーズ北…

北海道スペシャル

2018年10月15日(月)午後4時29分 更新

北海道開拓 困難を生き抜いた人々の心を支えたもの~シリーズ…

北海道スペシャル

2018年12月28日(金)午後5時30分 更新

上に戻る