NHK札幌放送局

加害者は心神喪失 権利向上へ、犯罪被害者遺族の闘い

北海道クローズアップ

2018年8月24日(金)午前11時35分 更新

家族が犯罪に巻き込まれたのに、加害者を罪に問えず、その後、加害者がどうしているのかさえ知るすべがないとしたら…。札幌市に住む木村邦弘さんは、4年前、息子をある事件で失いました。加害者は心神喪失で不起訴。木村さんは、通常の刑事裁判における被害者のさまざまな権利がないというやりきれない現実と向き合うことになりました。事件から4年、闘い続けてきた父親の日々を追いました。

被害者の権利があまりにも少ない現実

4年前の2月27日、木村邦弘さんの息子・木村弘宣さんは、35歳でこの世を去りました。東京のIT企業に勤めていた頃、母・雅子さんの若年性認知症発症をきっかけに、福祉の道を志した弘宣さん。弘宣さんは、当時働いていた精神障害者の自立支援施設で、担当していた利用者に刃物で切りつけられて亡くなりました。加害者は精神鑑定の結果、心神喪失とされ、刑事責任は問われず不起訴になりました。

なぜ息子は死ななければならなかったのか。事件のことを少しでも知りたいと木村さんは裁判所に申し出ましたが、この4年間で公開された情報は、加害者の入院決定の事実だけでした。

通常の刑事裁判では、被害者や遺族には裁判に参加する権利が保障されているほか、出所の時期などを知る権利もあります。しかし不起訴になると裁判そのものが行われないうえ、さらに加害者に責任能力がないとされた場合には、被害者には極めて限られた情報しか公開されません。同じ被害者でありながらさまざまな権利がないのはあまりに理不尽なのではないかと、木村さんはやり場のない憤りを感じていました。

そして2017年8月、木村さんは法務大臣宛てに、加害者が心神喪失とされた場合でも一定の情報公開を求める要望書を提出しました。

犯罪被害者を支援する弁護士を探し、国を動かすにはどう活動を広げたらいいか相談を重ねてきた木村さん。木村さんが相談した山田廣弁護士によると、同様の事件は決して少なくないにもかかわらず、声を上げる方が少なかったのだと言います。今まで見落とされてきた存在だからこそ、声を上げていきたい。木村さんはそう考えています。

兵庫県で料理店を営む、曽我部とし子さん(72)も、木村さんと同じ苦しみを22年間も抱え続けています。

曽我部さんは、母の店を継ごうと修行中だった長男・雅生さんを通り魔事件で失いました。交差点で包丁を持った男に背後から襲われた雅生さんは、出血多量で死亡。加害者はその後自殺を図ったものの、一命をとりとめます。事件から半年後、曽我部さんに検察からの1本の電話で伝えられたのは、“加害者は罪に問えない”という事実だけでした。

やり場のない苦しみを1人でも多くの人に知ってほしい。
そう考えた曽我部さんは冊子作りを始めます。「かぜよ」というその冊子で、曽我部さんは犯罪に巻き込まれた被害者への理解を求めてきました。

事件から4年後、曽我部さんは当時活動を始めたばかりの全国犯罪被害者の会に入会。被害者の権利向上を求め、署名活動に取り組みました。

こうして2004年に成立したのが「犯罪被害者等基本法」です。これを機に、被害者が裁判に参加して自分の心情を伝えるなどさまざまな権利が認められるようになりましたが、加害者に責任能力がないとされた事件の被害者には救いの手は届きませんでした。

精神障害者の自立支援を 息子の思いを受け継ぐ木村さんの活動

被害者の権利を訴えてきた一方で、木村さんは別の視点に立った活動も続けています。

木村さんが事件の5か月後に立ち上げた“精神障害者の自立支援を考える会”では、加害者となった患者の社会復帰を支援する大学教授や精神科の看護師などに声をかけ、心神喪失になった患者の社会復帰のあり方について話し合ってきました。

木村さんがこうした活動を始めたきっかけは、息子の死後、友人などが寄せてくれたメッセージでした。そこには、精神障害者のために力を尽くしたいと願っていた息子の姿が綴られていました。

「障害があるから一緒にできないじゃなくて、そういう人たちも一緒に生きていけるような世の中にしたいっていう息子の思いはあって、なんとか残して受け継いでいくというのが、自分の親としての務めかな。」(木村さん)

木村さんはまた、精神障害がある当事者とも活動を共にしています。木村さんと共に活動する矢部滋也さんは、自らも障害がありながら、自立支援のための事業所で代表を務めています。

被害者遺族である木村さんが精神障害者を支援しようとすることに心を動かされたという矢部さん。2人は一緒にシンポジウムを開くことにしました。被害者や加害者といった立場を越えた協力が進んでいます。

父親の活動が遂に国を動かした

木村さんが準備を続けてきたシンポジウムの日、会場にはおよそ70人の医療関係者、学生などが集まりました。

この日、兵庫県から駆けつけた曽我部さんは、22年苦しみ続けてきた思いを語りました。

「私は加害者が出てきたからといって制裁するつもりは全然ありません。いやなのは、あなたの息子を殺した人が出てきてあそこにおるよというような、町のうわさとして聞くのがいやなんです。そんな風に言われたら、事件のその日に戻ると思って。だからその前に、然るべきところからちゃんと知らせてほしいと思ったんです」(曽我部さん)

一方、木村さんは、被害者の支援と共に精神疾患がある人たちへの支援も大切だと訴えました。

「やっぱり被害者の支援、加害者の支援を考えていく。で、相互に理解していく。一緒に手をたずさえてこういう問題を解決していくという運動をこれからしていきたい。本当に生きづらい、暮らしづらい社会の中で追い詰められてああいう事件になっていくわけですから、そこをやっぱり解決しない限り、事件の再発、再犯を防ぐことはできないという風に考えています」(木村さん)

参加者からは次のような感想が寄せられました。

「当然、加害者の治療をする立場だったりするので加害者の方ばっかりの視点だったので、被害者の方の視点から、これだけしっかり、正直考えたことは恥ずかしながら、なかったんですね。驚いたというか、新しい発見がたくさんありました」(精神科の医師)

置きざりにされ続けた被害者の苦しみや願い、加害者支援の大切さ。2人の熱意は、多くの人に伝わったのです。

そして2018年6月、大きな動きがありました。

法務省の職員から直接、「加害者についての情報を提供できるよう、前向きに検討している」という説明を受けていた木村さんに、再び法務省から連絡があり、木村さんに1つの書類が渡されました。

全国の保護観察所に対する法務省からの新たな通達でした。

そこには、被害者や遺族が望む場合、加害者の氏名に加え、現在の状況についても伝えるよう指示されていました。木村さんの4年にわたる活動が国を動かしたのです。

通達を手に、木村さんは息子・弘宣さんの墓を訪れました。

「息子が生きてきた証、亡くなったことに対して、ちゃんとその尊厳にふさわしく、そういう知る権利を認めたという意味では、人間としての扱い、証を示してくれるものがこの通達だったと思う」(木村さん)

ある日、突然息子を奪われ、やりきれない現実と闘ってきた父親。その思いは遂に国を動かし、被害者の権利向上へ大きな一歩となりました。諦めずに声を上げ続けて4年、父から息子への報告です。

2018年7月15日放送
北海道クローズアップ
「あの時から・・・犯罪被害者遺族の闘い」

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北海道の“いま” を見つめる報道番組。 放送を開始したのは1993年4月。「拓銀破綻」や「南西沖地震」、 「日本ハムファイターズの日本一」や「北朝鮮のミサイル発射」など、 北海道が直面する様々なテーマに向き合ってきました。 北海道と命名されて150年となる節目の今年、番組をブラッシュアップします。 新テーマ曲「明日を拓(ひら)こう」を歌うのは、 札幌出身のシンガーソングライターの半﨑美子さん。 北海道の“いま”をよりわかりやすく、より深く。 報道番組の新たな可能性を探っていきます。

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