NHK札幌放送局

音尾琢真 いにしえの道にぬくもり探して ~旭川・富良野~

北海道中ひざくりげ

2019年2月15日(金)午前10時30分 更新

今回は、俳優の音尾琢真さんが、地元・旭川へ。

旅のテーマは、北海道の名付け親・松浦武四郎の足跡。武四郎が道内各地で書き残した日誌が手がかりです。

今回たどるのは、旭川から十勝へと抜けるルート。最後には、「十勝越え」という難関が待ち受けます。冬の旭川から十勝岳連峰へ。いにしえの道を旅します。

国の天然記念物・北海道犬

北海道第2の都市・旭川。江戸時代の探検家・松浦武四郎は、石狩川からこの地に入り、「十勝越え」のスタートを切りました。

やってきたのは、街の中心部。音尾さんにとって甘酸っぱい記憶がたくさんある場所、常盤公園です。

「デートなんかでもね、来たりしたもんですよ。ボートに2人で乗ったりしてね。そこでね、語らい合いましたよね。結果的にその日に振られたんですけどね。いや、早かったです。振られるのは。でも、振られたとはいっても、実はそれは勘違いだったみたいなね、何かそういうのがあったんですけど、まあ、それはまた次回。(笑)そんな話聞きたいやつ誰もいないわっていうね。」

ここで出会ったのは、国の天然記念物に指定される貴重な動物・北海道犬。

古くからこの北の大地で暮らしてきた犬です。武四郎もこの北海道犬を目にしていました。

アイヌと共に熊を狩る、勇猛果敢な犬として絵にも残しています。

「ガウガウ!!」
「ちょっと嫌なとこ触っちゃったんだね。ああ、嫌なとこ触っちゃった。」

北海道犬は、犬の中でも警戒心がひときわ強いタイプ。そのため、アイヌの狩猟犬として広く飼われていたのです。

北海道犬を飼って50年になる、濱田憲弘さん。北海道犬の数が全盛期の20分の1にまで減少するなか繁殖を続け、守ってきました。その育成方法には強いこだわりがあります。

「ジロウ、お手、ジロウ、ジロウ。しないですね…。」

あえて芸は仕込ない。北海道犬本来の性格をゆがめないためなんだそうです。

「とにかく自然な形で残していきたいな、というのが眼目ですから。」

北海道犬をそのままに残そうと、濱田さんたちは毎年「北海道犬コンテスト」を開催しています。審査で求められるのは、飼い主に媚びへつらわないこと。そして凜々しい佇まいを保つこと。

人間と対等かどうか。一緒に歩いてみるとはっきり表れるそうです。

北の大地で生きるための大切なパートナー。武四郎の時代からずっと守り継がれていました。

旅を支えたアイヌの暮らし

およそ170年前、松浦武四郎はまだ蝦夷地と呼ばれていた北海道をくまなく巡りました。その蝦夷地調査は全部で6回。まずは海岸線を中心に調べ始め、徐々に内陸へと足を向けました。

なかでも旭川からの「十勝越え」は、道中人家も少なく厳しい旅が予想されていました。

これは旅の様子を武四郎が描いたもの。宿や食事に関して助けてくれたのは、アイヌの人々でした。

当時のアイヌの暮らしを今に伝える施設が、旭川にあります。

アイヌ文化を広く伝える、川村久恵さんです。

「ここ、チセの壁、何で出来てるんですか?」
「クマザサなんです。」
「指も入らない。これは頑丈ですね。」
「暖かかったのかもしれないですね。」

アイヌの古老から教わった料理を、川村さんがふるまってくれました。まずは、アイヌの定番料理「ポネサバルㇽ」。

動物の骨から5時間かけてダシをとった汁物です。

「キノコ、マイタケ、ニンジン、ギョウジャニンニク。おいしいものがいっぱい入ってる。」

具だくさんで、栄養も満点。身も心も暖まるごちそうです。

「おいしいは、アイヌ語では『ケラ アン』といいます。」
「ケラ アン?そういうんだ。ちょっと待ってください。うーん、ケラ アン。」
「ピㇼカ。」
「え?(笑)わからない…。」
「『ピㇼカ』は上手だね、いいねとか、きれいだねとか。おいしいもそうですね。」
「“いいね” みたいな。なるほど。ケラ アン。」
「ピリカ。(笑)」
「不思議な時間が流れてますね、何か。」

アイヌの人々と寝食を共にした武四郎は、様々な記録を残しました。

当時ほとんど知られていなかったアイヌの楽器や儀式など、その文化の豊かさを、江戸に伝えようとしたのです。武四郎のこうした姿勢は、和人としては例外的なものでした。

そのころ多くのアイヌが、和人による同化政策や過酷な労働を強いられ、苦しんでいた時代だったのです。

武四郎がふるまわれた料理には、特別にもてなそうとするものもありました。

「そちらは『シト』。日本語にすると団子。大切なお客さんが来たときやなんかにはシトは出したと思います。」

客人として認められていた武四郎。アイヌしか知らない、極上の食べ方も教わりました。

「じゃあ、このルィベをちょっと火であぶって。」

「俺の知ってるルィベじゃない。この食感、むにゅっと、すごいやわらかい。これあぶったほうがより風味が増して、香りも増して、味的にもおいしくなる。なるほどね。」

「江戸時代というのは、アイヌにとってはかなり苛酷な時代だったんですよね、実はね。だけども、そういったなかで武四郎さんは、アイヌのその現状を知って、心を寄せて、そしてお互いに気持ちの通じる人、間柄として、アイヌ側も大変歓迎してたと思うんです。」

武四郎が触れたアイヌ文化の温かさと優しさ。今もこの地に息づいています。

十勝越え

時は安政5年。武四郎は今の旭川から上富良野まで、3日がかりでやってきました。目指すは眼前に迫る十勝岳連峰。まだ雪が残る中、過酷な「十勝越え」に挑みました。

武四郎の足跡をたどる音尾さん、強力な助っ人のもとへ。

「十勝越え」のスペシャリスト・山谷圭司さんです。

武四郎の研究をライフワークにしている山谷さん。十勝越えも、なんと10回以上。本業は石や岩を使う彫刻家。15年前に上富良野の自然に魅せられ移住してきました。大雪山・十勝岳連峰を、はるか昔に歩いて越えた武四郎に興味を引かれ、以来、その足跡を追ってきました。

「武四郎さんの通った道を、なぜそこまで?」
「地図に出てない道じゃないですか、今。車とかバイクでも行けないし。見えない道を武四郎の記録を手がかりに探り当てていく。」
「そのすごいロマン、僕も一緒に求めてもいいですか?」

山谷さんが再現したという当時と同じかんじきを履き、さっそくスタートです。
武四郎が越えていったのは、標高およそ1300メートルの急峻な山々。道なき道を、先住民のアイヌは迷うことなく先導してくれたと伝えられています。

「雪をとかしてお湯でも沸かしましょうか。」
「何ですか、そのしゃれた…」
「いやいやいやいや…。」

「硫黄分が入っていて飲んじゃいけない川の水とか、そういうことは全部アイヌの人に教わって。雪のあるときは、雪を溶かして飲むと。その辺、プロフェッショナルだからね、アイヌの人たちは。」

現代で言えば、まさに “神対応” で武四郎に接した案内人。その人物の写真が残っています。

上川アイヌの総首長「クーチンコロ」。一族を代表して、案内を買って出たと言われています。

さらにクーチンコロたちは、荷運びや狩猟による食料調達なども担当。おかげで武四郎は、地形やルートを事細かに記録し、後世に残すことができました。

音尾さん、歩きはじめて40分。まだまだはるか先の十勝岳連峰を、武四郎とアイヌたちは越えて行ったのです。

山谷さんが「十勝越え」を調べる中で見つけたという、貴重なものを見せてくれました。一見、何の変哲もない木彫りの熊。山谷さんが注目したのは、足の裏に書かれた作者です。

「ハウトムテイ」、アイヌの男性の名前です。実はハウトムテイ、祖父はなんとあの「クーチンコロ」さんです。

武四郎が歩いた「十勝越え」のルートは後世に広く知られ、ハウトムテイも通り続けていたのです。そして山のふもとで和人に宿を借りた時に残したのが、この木彫りでした。

「アイヌの人たちは、昭和の初めまで昔ながらの十勝越えの道を歩いていったようなんです。そのとき、ここに入植した和人の家が居心地よかったのか、しょっちゅう来ては泊まって、熊の木彫りを彫ったりして、お礼に置いていった、という家が何軒もあるんです。」

山谷さんの調べで、少なくとも5軒の家に木彫りの熊が残されていたことが分かりました。

武四郎が亡くなった後もアイヌへの迫害は続きました。しかしこの地域では、アイヌと和人の独特の関係が続いていたと、山谷さんは考えています。

「こういうところに来ると、やっぱり人間同士一対一で向き合えるから、お互いの人柄とかもよくわかって。」
「つまりその、武四郎が切り開いたアイヌの人々との交流、それが脈々と受け継がれていた、ということなんですね。」

いにしえの道で見つけた小さなぬくもり。先人たちからの贈りものです。

「今回私は、松浦武四郎さんがこの旭川周辺で歩んだ道を追いましたが、その道の前には必ずアイヌの人たちがいたんだな、ということがわかりました。その土地を知り尽くした人たちは、本当に頼りになったんだろうなと。何だか僕も、地元である旭川、生まれ育った町を、より誇らしく、好きになったなという感じがします。」

これまでの放送記録はこちら

2019年1月25日(金)放送
北海道中ひざくりげ
「いにしえの道にぬくもり探して 〜旭川・富良野〜」より

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北海道中ひざくりげ

旅人が北海道各地の素敵な人たちと出会い、その土地の風土や自然を伝える「北海道中ひざくりげ」は、昭和62年(1987年)から始まり、テーマソング「北の旅人」とともに親しまれてきました。今年度で32年目。自然災害とのたたかい、産業構造の変化、人口減少。試練にさらされるふるさと北海道で生き抜く人々の力強さと底力を、丁寧に見つめる紀行ドキュメントです。

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