NHK札幌放送局

樺太・千島戦争体験の絵(7)置き去りにされた同級生の男の子

樺太・千島戦争体験の絵

2018年8月30日(木)午前10時30分 更新

終戦前後の樺太。侵攻するソビエト軍を避けるため人々は野山を歩いて逃げた。当時9歳の女の子が見たのは、変わり果てた同級生の母親だった。

暗がりで横たわる男の子を思う母親

岐阜県中津川市の工藤良子さん(82)は、母親と兄弟の5人で歩いて逃げたときの光景を描いた。林の中を歩く母親と子どもたち。ある人は手をつなぎ、ある人は背中に背負っている。その中1人だけ、暗がりで横たわる男の子を思う母親がいる。一体何を思い出しているのか。

当時9歳だった工藤さんは樺太中部の恵須取にあった製紙工場の社宅に家族と暮らしていた。しかし、昭和20年8月9日ソビエトが参戦すると空襲が頻繁に起こるようになった。工藤さんは母親と兄弟の5人で歩いて逃げることにした。

異様な形相

10日ほどたった日のことだった。工藤さんは林の中で同じ級生の母親に出会ったが、そこに同級生の姿はなかった。同級生の母親の髪は乱れ、目が血走ったふだんとは様変わりした異様な形相をしていた。

きれいだったのに髪を乱して見る影もなくなっていて、本当に魂が抜けたようにふわふわと歩いていた

不思議に思った工藤さんはそのとき、近くにいた大人たちが「途中で子どもを置いてきた」とささやき合っているのを耳にして、なぜ近くに同級生がいないのか
初めてその意味を理解した。わが子を置き去りにせざるを得なかった同級生の母親のことを振り返り、工藤さんは「子ども心にかわいそうやなと思った」という。

「自分だったかも知れない」

樺太南部の町に向かう200キロの道のりで、子どもや老人など立場の弱い人たちが相次いで置き去りにされるのを目撃した工藤さん。置き去りにされたのは、同級生ではなく、自分かも知れなかったという。置き去りにされ、生きているのか死んでいるのかさえ分からない同級生。今も工藤さんの記憶のなかに深く刻み込まれている。

※動画はこちらでご覧いただけます。

(2018年8月28日放送)

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