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WEBニュース特集 16歳の死が問いかけるもの ~道立高校“指導死”訴訟~

北海道WEBニュース特集

2019年5月10日(金)午後6時00分 更新

6年前、札幌市内の道立高校に通っていた16歳の男子生徒が、自ら命を絶ちました。吹奏楽部に所属し、亡くなる直前まで熱心に練習に励んでいたという生徒。母親は、「顧問の行きすぎた指導が原因だった」として、学校を管理する道に賠償を求める訴えを起こしました。
息子の死の真相を知りたい。その一心で臨んだ裁判の判決が4月25日、札幌地方裁判所で言い渡されました。母親はどのような思いでこの日を迎えたのでしょうか。そして3年に及ぶ審理の末に、裁判所が示した判断とは。 
                                (札幌局記者 岡崎瑶)

【吹奏楽が大好きだった生徒】

判決の5日前、私は生徒の50代の母親を訪ね、直接、思いを聞きました。生徒の名は悠太さん。亡くなった当時は高校1年生でした。生きた証しを残せればと、快く取材に応じてくれた母親。こみ上げる感情を抑えるように、淡々と語り始めました。

小さいころから音楽が好きだったという悠太さんは、中学校で吹奏楽を始めました。音楽で人の心を動かせることにやりがいを感じ、進学先も全国レベルの吹奏楽部がある高校を選びます。土日も含めて部活動一色の生活でしたが、愚痴ひとつこぼさず、演奏を心から楽しんでいたといいます。

【部員全員の前で謝罪】

しかし、1年生の3学期から状況が一変します。演奏会でほかの部員に課題を指摘したのをきっかけに、メールで言い争いになったのです。この時、吹奏楽部の顧問は、悠太さんだけに部員全員の前で謝罪するよう要求。ほかの部員との私的なメールも禁止したといいます。

さらに、原稿用紙15枚分に上る反省文も書かされました。そこには、「後悔の念と謝罪の気持ちでいっぱいです。本当に申し訳ございませんでした」「こうして自分に(やり直す)機会を与えて下さったことを今は心から感謝しています」などと、高校1年生とは思えない言葉が並んでいました。
その時の状況について、母親は次のように話しています。
「私も本人も理不尽さは感じていましたが、やはり部活動を続けたいという一心でした。『(相手を)傷つけてしまった。自分も悪いところがあったのは確かだから』と。あの日は本当に夜遅くまで書いていました。」

これをきっかけに、悠太さんは吹奏楽部の中でしだいに孤立していきます。つらい表情になることも増え、見かねた母親は「そんなにつらいなら部活も学校もやめていい」と伝えたということです。それでも、吹奏楽に対する悠太さんの熱意は変わりませんでした。

【一方的な叱責が追い打ちに?】

しかし、その1か月後、さらに追い打ちをかける出来事がありました。顧問から再び呼び出され、理由の説明もないまま、部員の前で一方的に叱責されたのです。
「世の中では立派な犯罪だ。」「名誉毀損で訴える。」
悠太さんには何のことか、まったく分からなかったといいます。
その日はいつもより遅く帰宅した悠太さん。食事が進まず、ふだんと明らかに表情が違っていたことを母親は覚えています。
「(悠太は)『何のことですかって本当は聞きたかったけど、怖くて言い返せなかった』と話していました。 なぜここまで言われなければならないのか、私からもあす確認してみる。だから部活休もうって伝えたんですよね。でも『このままだったら退部させられちゃうから絶対休めない』と・・・。」

悠太さんの意思を尊重し、翌日も学校へ送り出した母親。
しかし、悠太さんは部活動には参加せず、そのまま地下鉄の駅へと向かいます。ホームに荷物を置いて線路に飛び降り、自ら命を絶ったのです。

悠太さんが使っていた携帯電話には、亡くなる数分前に吹奏楽部の友人に送ったメールが残されていました。「俺が嘘をついて部員に迷惑かけてて、ネット中傷、名誉毀損などなど色々言われた。正直に言う、全く心当たりがない。先生が何のことを言ってるのか サッパリ分からない。」
そして、7000文字を超えるメールの最後に綴られていたのは、大好きだった吹奏楽への思いでした。
「Byeーbye(バイバイ)。俺にもう一度夢を見せてくれるなら、絶対に東日本(大会)で金とってね」。

母親はあの日、学校に行かせたことを今でも後悔しています。
「本人は最後まで、何が犯罪なのか、なぜこうなったの、本当に分からないまま、逝ってしまったのだと思います。なぜ死を選んだのか、どういう心境だったのか。息子が体験した気持ちを知りたい。」

【アンケート結果も廃棄】

息子の死の原因は、顧問の行きすぎた指導にあったのではないか。母親は学校に説明を求めましたが、個人情報の保護などを理由に、回答はほとんど得られなかったといいます。

それどころか、悠太さんが亡くなったあと、学校が全校生徒を対象に行ったアンケートの結果が廃棄されていたことも分かりました。
このままでは、すべてなかったことにされてしまう。
母親は真相を知りたいと、訴えを起こすことを決めました。それは、悠太さんの「生きた証し」を残すためでもあったと母親は話しています。
「悠太は確かにそこに存在していました。夢を持ち、友達と笑い、悩み、泣きながら一生懸命生きていたと思うんです。学校関係者やほかの人たちにも、1人の子どもの一生について真剣に考えてほしかった。 だから裁判を起こしたんです。」

【学校側は反論】

平成28年に始まった裁判で、被告の道は「顧問の指導は適切な範囲だった」として、 訴えを退けるよう求めました。この中では、吹奏楽部の顧問が証人として出廷。自殺の前日、一方的に叱責した理由について、「悠太さんが女子部員と交際していることを周囲に言いふらしていると、別の部員から報告を受けたため」と説明し、指導は必要性があったと強調しました。両者の主張は対立し、審理は3年に及びました。

【裁判所の判断は】

そして迎えた4月25日の判決。母親は悠太さんの遺影を抱えて法廷に入りました。
札幌地方裁判所の髙木勝己裁判長は、「顧問による指導が自殺のきっかけになっていたことは否定できない」としながらも、「指導は必要性が認められ、その内容も違法なものということはできない」と指摘。その上で、「自殺の原因は複雑かつ多岐にわたる事情が考えられる」として、学校側に責任があるとはいえないという判断を示しました。
一方、アンケート調査の結果を廃棄したことについては、「自殺の原因に関する有益な情報が含まれているかどうかを確認する手段が失われ、原告に多大な精神的苦痛を与えた」として責任を認め、道に110万円の賠償を命じました。
息子はなぜ死んだのか。そして学校はなぜ、アンケートを廃棄したのか。真相を知りたいという母親の願いは叶いませんでした。

判決のあと、母親は記者会見で次のように語りました。
「悠太のつらかった思いが認められなかったことは、親として申し訳ないと思っています。犯罪者と勝手に決めつけ、言葉で責め立てるような指導が適切だったとは、私はいまだに到底、納得できません」。


そして2週間後の5月9日、母親は1審の判決を不服として控訴しました。
一方、道は「主張がおおむね認められた」として、控訴しないことを明らかにしました。


【取材後記】

教員の行きすぎた指導によって子どもが自殺に追い込まれるケースは「指導死」とも呼ばれ、各地で問題となっています。
今回、1審では自殺と顧問の指導との直接的な因果関係は認められませんでしたが、取材を通じて強い疑問を感じたのは、悠太さんが亡くなったあとの学校側の対応です。
全校生徒を対象にしたアンケート調査は、原因の究明と再発防止のために欠かせないもののはずです。指導が適切だったと主張するのならなぜ、その根拠となりうる資料を廃棄する必要があったのでしょうか。
そしてなにより、1人の生徒の死という重大な事実について、学校側は遺族への説明責任を果たすべきではないでしょうか。悠太さんの死は、裁判の結果にかかわらず、教育現場に重い課題を突きつけていると私は感じました。


(札幌放送局 岡崎瑶記者)


(2019年4月25日、5月9日放送)

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