先輩たちの仕事

新しい発見、意外な事実を追って
自分も視聴者も得する番組を作る

ディレクターとは
ディレクター(番組制作) 制作局 生活・食料番組部 山元 真依子 (2005年入局)

一年間休学して海外へ、マスコミ志望に

大学では美術史学を専攻していました。あまり真面目な学生ではなく、アルバイトでお金を貯めては海外でバックパッカーをしていました。これから就職や結婚したら長期旅行なんてできないんだと思い、学校の休みだけでは物足りず、1年間休学して中南米とアフリカをふらふらしました。
ペルーで怪しいシャーマンに儀式を受けたり、ジンバブエのホームステイ先で葬儀に出て夜通し踊ったり、とにかく衝撃の連続でした。自分が受けた衝撃や、新しい発見を誰かに伝えたいという欲が出てきました。誰かに話しただけでも、そうなんだ! という発見がおきたり、思いが連鎖していくのが楽しくて。伝えるならより広く、と思ったことがマスコミに入ろうと思ったきっかけです。

ないない尽くしの宮崎時代を乗り切る

「お酒が美味しいところ」とふざけたリクエストで赴任したのが宮崎放送局でした。忘れられないのは平日夕方のローカル番組制作です。新人でも、1年目の早いうちから週4日、50分番組のほぼすべてのコーナーを一人で担当します。取材からロケの撮影、編集も一人でやります。リハーサル、放送、翌日の準備、リハーサル、放送…という怒涛の日々でした。
取材力も、撮影の技術も、ディレクション能力も、かつ、車社会の宮崎県において車の免許も持っていないという、ないない尽くしの私。1時間に1本のバスや電車をやりくりしての取材で、話に聞き入って最終便を逃し、ご自宅に泊めてもらうということもありました。今、ちょっとやそっとでへこたれないのは、この日々を乗り切ったおかげかなと感じています。

国際放送から念願かなって「あさイチ」へ

宮崎で結婚して、二人目の出産のタイミングで東京の国際放送局へ異動になり、ラジオ番組を担当しました。二人の幼い子どもがいて大変な時期でもあり、自分のペースで仕事ができるラジオ番組は働きやすかったのですが、テレビの仕事をまたしたいと思うようになりました。その部署は、提案したらテレビ番組もつくれるところだったので、先輩と一緒に海外版「のど自慢」のような番組を企画したり、海外で活躍する日本人を取材しに海外ロケへ行かせてもらったり。NHKはやる気があって提案すれば、何でもやらせてもらえる会社だなと思いました。
学生時代は世界のことを日本に伝えたいと思っていましたが、自分の子育てが始まってから、ものすごく身近なことを伝えてみたいという思いが芽生えてきました。以前から希望を出していた生活・食料番組部に一昨年異動になり、今は「あさイチ」を担当しています。

視聴者の悩みも自分の悩みも一緒に解決!

「あさイチ」のターゲット層と自分の年代が近いので、娘とお風呂に入っていて言われた「お母さん最近お尻がビヨーンとしてきた」という一言だとか、「夫の髪、薄くなってきたなぁ」とふと思ったことだとか、自分と自分の周りのすごく狭い範囲の出来事が私の「あさイチ」の特集企画につながっています。取材の中で得た、自分が「へぇ~」と思った新しい発見とか、意外な事実とかを盛り込み、視聴者も取材先も自分も得する番組を作る、それが目標です。
企画、ロケ、編集、スタジオ生放送と、最初から最後まで番組に関わることができるのがディレクターという仕事の魅力だと思っています。ただ、子育てをしながらの仕事は正直、結構大変です。でも、放送を出し終わった後の達成感は何ものにも代えがたいものがあり、「この仕事が好きだ!」と自信を持って言えます。

私のリアルとは

ロケをして編集すると伝えられるのは、そのこと・人のほんの一部分でしかありません。本当にこの演出で、このコメントでいいのか、番組の放送が出るまではとことん考えることを怠らないようにしたい。驕らず、寄り添い、向き合って、少しでもリアルに近づければいいなと思います。