先輩たちの仕事

暮らしに密着した経済を取材しながら
育児との両立に取り組む

記者とは
記者 報道局 経済部 寺田 麻美 (2009年入局)

裏側を自分の目で確かめ、伝えたい

記者を目指そうと強く思ったのは、アメリカ留学時に授業で見たあるドキュメンタリーがきっかけです。1ドルの安価なTシャツができあがるまでの裏側を追ったもので、発展途上国の子どもたちが有害な農薬を使いながら綿花を栽培している現状が描かれていました。その時、自分がふだん見えている世界はほんの一部で、その裏には知らない世界がある。当たり前の日常は誰かの犠牲の上に成り立っているかもしれないと衝撃を受けました。
そして、物事の背景や裏側を自分の目で確かめ、発信できる記者という仕事を志すようになりました。新聞記者とも迷いましたが、テレビの記者は映像からも伝えられるのでより面白いと感じました。

高知の温かな人たちに育ててもらう

出身は大阪で、大学は東京。気候が暖かいイメージがあった四国に行きたいと希望を出したところ、高知放送局の配属になりました。1年目は警察担当でした。警察官の家の前に朝晩立って待つことも多く「何やってんねやろ、私」って思ったこともあります。でも高知の人はとても温かくて、「あがってご飯食べていきや」なんて言ってもらったり。社会人として、記者として、高知の人に育ててもらったと感じています。
いちばん印象に残っているのは、夫が認知症の夫婦の取材です。取材を通して見えてきたのは、日々の介護の大変さや苦悩でした。同じような思いをしている多くの人たちのヒントや助けになればと思い、取材に協力してもらいました。そして放送後、当初は取材に消極的だった家族から、「取材をしてくれてどうもありがとう」と、思いがけず感謝のことばをもらいました。相手に寄り添い、その現状や思いを丁寧に伝えることは、放送を見てくれる人だけでなく、取材に協力してくれた人たちにとっても、時には救いになるのだと感じた経験でした。

記者として、母親として

経済部に配属されると、これまでと取材する内容が変わりました。高知時代は事件や事故、防災対策などを取材していましたが、経済部では国交省や財務省の担当になり、観光、航空、鉄道、予算、税制改革など多くの人の生活や暮らしに影響を与える国の施策を取材することに。勉強しながら取材をする日々でした。
省庁を担当した後、娘を出産しました。出産前は、NHKの「育児コンシェルジュ」という制度を使って、自宅周辺の保育所の情報を収集してもらい、“保活”に備えました。育休復帰後は、時短勤務で働いています。取材先とのアポイントやロケ取材は夕方までに終わらせるようスケジュールを組んでいます。一方で、編集作業が夜間になったり、取材で出張したりする場合は、夫と勤務を調整しながら対応しています。その上で、発生モノで対応が難しい時は、同僚と連携して取材のサポートをしてもらっています。また、子どもは急に体調を崩すことが多いので、「看護休暇」を利用したり、時間を有効的に使えるように、NHKが都内で契約しているシェアオフィスを使ったりしています。

なぜ今? を大切に自分の視点で取材

復帰後は流通業界の担当を経験し、現在は遊軍担当として、業界の枠にとらわれず、ビジネスの新しい動きや構造的な問題について幅広く取材をしています。経済は株や為替だけでなく、私たちの生活全般に関係しています。遊軍では生活者の目線にたった経済ニュースを目指しています。
直近では、国勢調査などの統計データを集める統計調査員の課題について取材しました。調査員の高齢化でなり手が不足していたり、プライバシー意識の高まりで調査の協力が得られにくくなっている現状を発信しました。このほかにも、消費税率引き上げの対応に追われる小売りの現場や、疎遠な親戚から突然、見知らぬ土地の相続が降りかかってくる問題など、「なぜ、今?」を大切にしながら、自分の興味や視点を大事にした取材を心がけています。以前のように“夜討ち・朝駆け”といった取材はできないので、時にはもどかしいこともありますが、そこをどうカバーして働くかが今の課題です。
社会を変えると言うとおこがましいですが、自分が取材したニュースや企画が、少しでも誰かの役にたったり、明日へのヒントになってほしいと思いながら日々、仕事をしています。

私のリアルとは

インターネットが発達して、さまざまな情報が手に入る時代になったものの、最後に確かな情報、誰も知らない情報を持っているのは「人」です。実際に現場に行き、人から話を聞いて、驚きや発見に出会うのが、「リアル」だと感じています。そして、その「リアル」を自分の目で確かめ知ることができるのが、この職業の醍醐味だと思います。