NHKさいたまブログ

歴史文化の達人に埼玉県のトリビアを教えてもらう「彩たまDEEP」。

“鎌倉文士に浦和画家”という言葉を聞いたことありますか?

今回は、画家はじめ、埼玉にさまざま文化を根付かせた「波」についてお話しいただきました。

解説は埼玉県教育委員会 文化資源課 主幹 井上かおりさんです。

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第一の波(江戸時代後期)では、中山道、日光街道などを通じて、江戸の文化・流行(俳諧・生け花など)が伝わり、江戸を逃れてきた文人や志士たちを受け入れたことで多くの門人を育てました。


第二の波(明治時代後期~大正時代)では、東京が都心化していくのに対して、雑木林や田園風景などが混在する近郊の理想郷として「武蔵野」が、文学者や芸術家に評価されました。中でも「武蔵野」という作品を書いた国木田独歩は有名ですよね。

そして第三の波(関東大震災と戦災)により、多くの芸術家たちが被災の大きかった東京を逃れ、埼玉に!こうして誕生したのが、浦和画家や盆栽、所沢の押絵羽子板などです。

埼玉は晴れの日が多い というのも、画家が埼玉を気に入った一つなんじゃないかと井上さんは話していました。

こうして見てみると、埼玉は災害に強い土地であり、都会から適度に離れていて自然もある。改めて埼玉の良さに気づかされました♪

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さいたま市浦和区 調(つき)神社前の絵画塾

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さいたま市浦和区 裏門通りの画材店