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佐賀 有田焼“白磁”の美を極める 94歳の人間国宝の挑戦

ニュースただいま佐賀
  • 2023年08月28日

その人は外出すると、行きと帰りで違う道を通るといいます。
ちょっとした景色の変化の中から、創作につながる発見はないか探すというのです。

人間国宝の井上萬二さん。佐賀県が誇る陶磁器・有田焼の“白磁”の第一人者です。
純白の輝きが持つ美しさにこだわり続けてきました。
94歳になっても、衰えない創作意欲はどこから湧いてくるのでしょうか。
(NHK佐賀放送局 藤岡信介 記者)

白磁の新作 テーマは「麦」

東京・銀座の中心街。

6月下旬、ランドマークとなっている時計塔のあるギャラリーでは、
井上萬二さんの新作を集めた個展が1週間あまりにわたって開かれていました。

展示されていたのは、白を基調とする有田焼の「白磁」。

派手な装飾は施さず、器やつぼ、そのもののかたちで、りんとした美しさを体現しています。

萬二さんの代名詞とも言われる白磁は、
部屋の照明による明暗さえ取り込んで、作品の表情のひとつにしていました。

ただ、作品のすべてが白色というわけではないようです。

会場を見渡すと、表面に淡い緑色の釉薬で文様が描かれたものがいくつもありました。

ことしの新作のテーマに選ばれた、『麦』があしらわれていました。

萬二さんを訪ねて

佐賀市から車で1時間あまり。

井上萬二さんの窯は、窯元が集中する有田町の郊外にあります。

ことし94歳になった萬二さん。

私たちがインタビューに訪れると、
途中で杖をつきながらも、しっかりした足取りで出迎えてくれました。

さっそく、純白の白磁に、なぜ素朴な麦の文様を描いたのか伺いました。

(井上萬二さん)
例えば、稲は水をあげさえすれば育つんですけど、
麦は冬に寒さを耐えて春に芽ばえて、芽を出したかと思えば踏まれて育ちます。
人間でも仕事の世界でも、根強くやっていかなきゃいけない。

日本人の人生や仕事観を映したというのが、麦を選んだ理由だと教えてくれました。

萬二さんもまた、長年作品に打ち込み、造形の美しさを追求してきた人でした。

およそ80年前、陶芸の道に入った萬二さん。

ろくろの技術を卓越した境地にまで修練しました。

 

(井上萬二さん)
白磁というのは、端的に言えば、白だから白磁じゃない。
形がいいから白磁だっていうのが、原点の考えです。

技術があっても、いろいろな形を想像するセンスがないと駄目です。
センスと技術と相まって、作品というのが生み出されてくる。
私はろくろの造形に全力を注いで、これを一番にやってきたからね。

センスを磨くためには、感覚がないと駄目です。
では、感覚はどういうところから生み出されるものかというと、技術が大事です。
技術が整えば、アイデアはいくらでも浮かんでくるものです。

浮かんできたアイデアを再現する。
再現したらまた次の新しいものっていう、チャレンジですよね。
そういう中から生まれてくるのが、造形の美なんです。

萬二さんは揺るがぬ信念に基づいて、
ほんのかすかなくもりも許されない白磁と向き合い続け、第一人者となりました。

1995年には、人間国宝に認定されます。

その後も、尽きることのない創作意欲で、
ただ伝統にこだわるのではなく、
常に新たな作品づくりを目指して、白磁の世界を極めてきました。

(井上萬二さん)
先人たちから技を正しく受け継いで、現在の平成や令和の伝統を築くため、
新しい創造性を生み出していかなくちゃいけない。

明治、大正、昭和という時代に作り上げた名品というのは、その当時の名品です。

我々は平成、令和の伝統を築いて、あと50年、100年後に、これが平成の伝統だ、
令和の伝統だと言えるものを作りだす心がけを持たないといけないと思うんです。

簡単にはいかないけど、人間は努力しないと駄目ですね。

ところが、3年前。

技術を継承していた息子の康徳さんを病気で失い、
萬二さんは深い喪失感に沈みました。

(井上萬二さん)
子ども(康徳さん)も後をついでくれるというから、
じゃあ正しい技術だけは自分で身につけて自分なりの新しい道を行けと。

大学を出てから長い年月の修練を積んで、ようやく私の後を継いでくれるなって思った時、
亡くなってしまったんです。

孫へ受け継ぐ技術

父親に代わって、萬二さんの跡を継ぐことになった、孫の祐希さんです。

私たちに作陶の一連の流れを説明してくれながら、
自身の仕事について語ってくれました。

(井上祐希さん)
父が亡くなって、すぐ僕にバトンタッチになって、何もわからない状態でした。

陶芸作家として経験を積んでいた途中で、
人間国宝の祖父の跡を継ぐことになり、
当初は、大きな重圧を感じていたといいます。

ただ、“技術は指導しても、アイデアには口を出さない”という
萬二さんの方針のもと、創作にのめりこんできました。

(井上祐希さん)
以前は、僕の方が祖父や父の作風、
井上萬二窯の作風にあわせて作らなきゃいけないのかなって思ってたんですけど、
うまく作れなかったり、楽しくなかったり、
気持ちが乗らなかったりしたんです。

でも、自由に自分がわくわくしたり、楽しめるように最近はなってきました。

出荷する際に貼り付ける「われもの注意」のシールの模様が描かれた皿や、
さびた金属の表面の風合いを絵柄で表現した茶碗。

祖父と違った、斬新なデザインを施した作品で
作家としてのみずからの領域を切り開いてきました。

祐希さんも、祖父の萬二さんと同じように、
新たな伝統を作ることにこだわり続ける姿勢をのぞかせていました。

(井上祐希さん)
模倣するだけだと、伝統になりません。その時代の新しいものを作らないといけません。
それは、どういう形であれ、よいものだと思います。その人にしか作れない作品だからです。
僕も作れるように、やらなきゃと思っています。

萬二さんの挑戦は続く

孫の成長を見守ってきた萬二さん。
ことしの春には体調を崩して一時入院しました。 

しかし、情熱は絶やさず、
これからも新作を生み出したいと話します。

(井上萬二さん)
94歳になったから、俺はもう歳だからって
感覚を持ったらもう作品も枯れてしまう。

だから、心は、常に少年の気持ちじゃないと駄目ですよね。
アイデアというのは、若いときよりも、経験と年代と、
それから自分が今まで携わってきた道、それらによっていくらでも浮かんできますから。

あれもやりたい、これもやりたいけど、うまく行かないのが人生です。
精神的にも、肉体的にも、年は衰えているけど、
まだ頭の方はまだ全然衰えていません。

自分の健康を保持しながら、一日一日を精進していかなくちゃいけないと思っています。

技術を極めて、作品を新時代の伝統に残す。
萬二さんの挑戦は続きます。

取材後記

萬二さんと対面すると、巨匠の持つ厳かな雰囲気と、時折交えてくれるジョークで、あっという間に時間が過ぎていました。そして、94歳とは思えないほど、ひたむきな創作へのモチベーションの高さに圧倒されるような気持ちにもなりました。

今後は、アメリカ・ニューヨークでの個展も予定していているとのこと。
久々の海外訪問さえも、新たな作品の着想を得る機会にしたい。ニコリと笑顔を浮かべていました。

  • 藤岡 信介

    NHK佐賀放送局

    藤岡 信介

    青森、福井、科学文化部を経て2022年から現所属。
    佐賀の焼き物が好きです

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