倉本聰「前略おふくろ様」の『絶望名言』

ざっくり言うと
桃井かおり演じる海ちゃん、プロポーズを受けて「今年は海、矛盾がしたいンだよネ」
ショーケン演じる板前のサブちゃんが、頑張っても地位が下がっていくというドラマ
2020/02/13 ラジオ深夜便 「絶望名言ミニ 倉本聰」文学紹介者・頭木弘樹さん

文学

2020/02/13

記事を読む

古今東西の文学作品の中から絶望に寄り添う言葉を紹介し、生きるヒントを探す『絶望名言』。文学紹介者の頭木弘樹さんが解説します。今回は、倉本聰さんの作品から。かつて、1週間後に大きな手術を控えた頭木さんが不安を紛らそうとビデオ店で手にしたのは、それまで見たこともなかった「前略おふくろ様」だったと言います。


海ちゃんみたいな矛盾した気持ちって、ある

今回は、倉本聰の言葉をご紹介したいと思います。「北の国から」の脚本を書いた倉本聰です。北海道の富良野を舞台にした、純と螢、そして田中邦衛の五郎、あの、「北の国から」ですね。
倉本聰は1934年の生まれ(戸籍上は1935年1月1日)で、現在85歳。今も現役で活躍中です。すごいですね。同じ年の生まれには、同じ脚本家の山田太一、作家の筒井康隆、漫画家の藤子不二雄Aなどがいます。ずいぶんすごい人の出ている年ですね。

倉本聰には、「北の国から」以外にも有名な作品がたくさんあります。「昨日、悲別で」とか「たとえば、愛」とか「やすらぎの郷」とか。中でも「前略おふくろ様」は、今でもファンがとても多い作品です。ショーケン・萩原健一が主演で、梅宮辰夫、室田日出男、川谷拓三、坂口良子、八千草薫、とっても魅力的な人たちがたくさん出演しておられました。亡くなられた方が多くて、寂しくなりますが……。

東京の下町の料亭を舞台に、若い板前のサブちゃん、これが萩原健一さんですが、そのサブさんを中心に、とび職の室田日出男と川谷拓三とか、いろんな人たちの姿が描かれます。桃井かおりが、サブちゃんの親戚の「海ちゃん」として登場して、まだすごく若いんですが、その若い海ちゃんを、川谷拓三演じる33歳の利夫が好きになります。そして、ついに利夫が海ちゃんにプロポーズするのが、今回ご紹介する言葉です。途中省略しながら、ご紹介します。


利夫が海ちゃんを喫茶店に呼び出して、
「オレと結婚して欲しいンスよネ」
「海ちゃん、わかりますか」
「オレ今プロポーズしてるわけッスよ」


そうすると海ちゃんが、
「海まだそういう気になれないンだよネ」
「海さ」
「そういう──自信ないんだよネ」
「結婚したって海──フラッと二、三日──どっかに平気で行っちゃう気がするしさ」


そうすると利夫が、
「イイスヨ、オレ、二、三日なら──ガマンしますから」
「二、三日なンでしょ? 四日も五日もじゃないンでしょ」
「オレ平気スよ。怒らないスから」


そうすると海ちゃんが、
「海、そういう時叱ってくれる──オッカナイ亭主がいいンだよネ」
「ガーンと怒って殴ってくれるみたいな」


そうすると利夫が、
「オレ叱るもン」
「殴っちゃうもン」


そうすると海ちゃんが、
「だけど暴力はやなンだよネ海」

少し間があって利夫が、
「矛盾してるじゃないッスか!」

そうすると海ちゃんが、
「今年は海矛盾がしたいンだよネ」
って、答えるんです。

『倉本聰コレクション3 前略おふくろ様 PartⅡ-1』(理論社)より


このシーン、私はすごく印象に残りました。「殴ってくれる男がいい」と言いながら、「暴力は嫌いだ」と言う海ちゃん。たしかに矛盾しています。利夫があきれるのも当然です。でも、どうなんでしょう。そういう矛盾した気持ちって、あるんじゃないでしょうか。「殴ってくれるような男がいい」という気持ちもあり、一方には「暴力は嫌だ」という気持ちもあり、どっちも本当だということは、ありうることだと思います。

普通は、「それは矛盾している」と自分で思って、自分の中で調整するわけですね。「暴力は嫌だから、やっぱり殴るような男は嫌」とか、「暴力は嫌だけど、それでも殴るような男が好き」とか、どっちかにするわけです。でもそれは無理に調整しているのであって、本音を言えば両方の気持ちがある。そういうことって、あると思います。
「殴る男」はまずいですが、たとえば、「死にたい気持ち」と「生きたい気持ち」と、どちらも本音としてあったり、「好き」という気持ちと「嫌い」という気持ちと、どちらも本気であったり。人間、むしろ矛盾しているほうが自然なんだと思います。

矛盾のない言葉はうさんくさい

これは山田太一が書いていることですが、哲学者のニーチェとかシオランは、あっちとこっちで言っていることが矛盾していることがあるんですけれども、そこがいい、と言っています。同じ本の中でも、前に書いていたことと後で書いていることが矛盾していることがあるわけです。普通に考えれば、それは欠点ですよね。でも、そこがいい、と言うわけです。山田太一は矛盾について、こういうふうに書いています。

「私は、矛盾のない言葉にこそうさんくさいものを感じます。なにごとにせよ、少し立ち入って考えようとすると矛盾したことをいい出して当たり前だし、単純な一貫性を失うのが普通なのだと思っています」

山田太一『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』(PHP新書)より

これ、意外な言葉ですよね。でも、言われてみると、たしかになるほどと思うところもあります。「矛盾したことをいい出して当たり前。一貫性を失うのが普通」。もっとそういうふうに思ってもいいのかもしれません。機械なら、きょうとあしたで動きが違っていたりしたら困りますが、人間ですから、もともとそんなに整合性がとれるように作られていないんじゃないでしょうか。生きものですから、もともと矛盾するのが自然のように思います。

それでも多くの人が矛盾せずに一貫性を持って生きているのは、そうなるように努力しているからですよね。「自分は前にこう言ったんだから、今度こう言ったら、それは矛盾してしまうからダメだぞ」とか、かなり制御して、統一のとれた自分であろうとして努力しているんだと思うんです。
大勢で社会生活をおくる上で、みんなが矛盾していたら大変です。仕事上で、きのうは「やる」と言ったことを、きょうは「やらない」と言ったら大変ですよね。政治家なんかはとくに、言うことに矛盾があったのでは国が混乱してしまいます。ですから矛盾しないように、という努力は、それはもちろん貴いものだと思うんです。

ただ日常生活においては、もう少し手綱を緩めるときがあってもいいのかなと思います。あまり統一のとれた自分であろうとしすぎると、自分というものを、すごくせまく限定してしまうようにも思うんです。多くの人は自分の過去の言動にとらわれて、それと矛盾しないように、自分を抑えて生きているんだと思います。
さっきの海ちゃんの言葉に接すると、すごく、解放感がありますよね。「矛盾がしたいンだよネ」って、そんなふうに言えたら楽だな、という。それだけ、いつも矛盾しないように頑張っているんだと思います。

頑張ってもエラくならない下積みのサブちゃん

「前略おふくろ様」には、個人的に、ちょっと不思議な思い出があります。
私はじつは、倉本聰のテレビドラマというのはぜんぜん見ていなくて、「北の国から」さえ、見たことがなかったんですね。それが、難病になって13年間闘病して、とうとう手術をすることになったとき、急に「前略おふくろ様」を見て、ものすごくハマったんです。あれは今思い出しても、なんだか不思議な時間でした。
難病になったときから、私はいつか「手術になるかも」というのが、とてもおそろしかったんです。悪夢を見るときはいつも、「手術になる」という夢でした。それがついに現実になったので、すごく怖かったし落ち込んでいました。それと、手術の前の説明って、起こるかもしれないいろんなことを、すべて並べられるんですね。死ぬかもしれないこととか、合併症とか後遺症とか。手術のやり方の説明もあって、「お腹の中の臓器をいったん外に出して台に置く」とか。そんなの聞いてると、もうほんと、きつくって。

手術のための入院まで、たしか1週間以上あったんです。家にいて、何も手につかないんですね。不安だし、緊張するし。いたたまれなくて、近くのレンタルビデオ屋さんに行ったんです。当時はDVDではなくビデオだったんですが、そこに「前略おふくろ様」が並んでいたんです。おもしろいという評判は聞いていましたが、内容は知りませんでした。
なんでそれを借りたのか不思議ですが、知っている映画やドラマはどれも見る気がしなかったんです。「とてもそんな心境になれない」という気がして、それで知らないものを借りたんだと思います。そうすると、これがすごくよかったんですね。ハマりました。泣きながら見ました。パート2まであって長いですから、ずっと見てました。とにかく手術までの期間を、このドラマのおかげで救われました。
どうしてそんなにハマったのか。自分でも不思議だったんですが、後になって倉本聰のインタビュー本を読んでいたら、こういうことが書いてありました。

「人気のショーケンを下積みのサブという人物像に持っていき、あれだけ頑張っているのに逆に地位を下げるっていうストーリーにしました」

『聞き書き 倉本聰 ドラマ人生』(北海道新聞社)より

普通の物語というのは、下から上に上がっていく成長物語ですよね。その成功を、見ているほうもいっしょになって喜ぶわけです。それがこの「前略おふくろ様」では、サブちゃんは下積みで、頑張ってもさらに地位が下がってしまうわけです。そんなの見ておもしろいのかというと……、おもしろいんですね。

現実には、頑張ったって、そう上には行けないですよ。頑張ったのに、下に下がったりします。でも、そういう人が、ただつまらないだけの人なわけがないですよね。そういう人には、そういう人の魅力があります。そこを発見して描いてくれたのが、「前略おふくろ様」の素晴らしさだったんじゃないかなと思います。

私は手術して、「もしかして死ぬかも」、あるいは「障害が残るかも」と、とても不安だったわけです。だから出世成長物語なんて、とても受け付けなかったんだと思います。未来があるかないか、分からないんですから。
そういうときに、こういう「上に行かない、下に行くドラマ」というのは、とても心にぴったりきたんだと思います。人生、うまくいくときばかりではないですから、こういうドラマも必要だなあと、すごく思います。

Related Articles関連

Latest新着

トップページへ戻る