会食恐怖症 “一緒に”食べられない僕はダメですか?

ざっくり言うと
人が同席していると何らかの症状が出て食事ができなくなる 社交不安症の一種
きっかけは部活の食事ノルマ 食べることへのプレッシャーから解放され回復するまで
2020/02/05 ラジオ深夜便 明日へのことば 「『一緒に』食べられない僕はダメですか」山口健太さん(「会食恐怖症」元当事者)

くらし・健康

2020/02/05

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「会食恐怖症」をご存じでしょうか。誰かと食事をする場面になると、緊張して吐き気をもよおすなどして食べられなくなる精神障害の1つです。この症状で悩む人をサポートしようと、自らも患者として苦しんだ経験のある岩手県出身の山口健太さんが支援団体を立ち上げました。どのような苦しみなのか、お話を伺いました。(聞き手:盛岡放送局 三好正人アナウンサー)


「何で食べられないんだ!」と責められて

――「会食恐怖症」というのは、どう定義されているものですか。

山口さん: 人前での食事のことを一般的に「会食」と言うと思うんですけれども、その会食の場面でなんらかの症状が出て食事ができないという状態が半年以上とか続いて、日常生活に支障が出ている状態です。いろんな症状がありますが、吐き気や、ご飯を口に入れたけど飲み込めなくて気持ちが悪くなったり、パニック発作みたいになったり、どうき、汗、手が震えたり。しゃべれなくなることもあります。人と一緒に食べるときに出ます。「ちゃんと食べなきゃいけない」とか「震えたらみっともない」とか、人目があってこそ、そういう症状として出てしまうものです。

「会食恐怖症」とか「会食不能」とか、いろんな呼び方があるんですけども、一個上に「社交不安症」というジャンルがあります。その中の1つの症例としてあって、何かしらの症状が出て社会生活がうまく送れない、ということなんです。社交不安症や会食恐怖について詳しいお医者さんが日本ではまだあまりいないので、いろんな分類のされ方をするのですが、心の病気の名前としては、つけられるかなと思います。
発症は10代の方が多いと言われていますが、それまで普通に過ごしていたら、「会食が苦手という病気」なんて思い浮かばないと思うんですよ。ですから多分、たくさんの方が悩まれているけれど、まだ情報が届いていない可能性があると思っています。

――発症するようなシチュエーションというのは、何かありますか。

山口さん: 学校の給食で完食を強要されたり、周りに人がいる中で「ちゃんと食べなさい!」と強く言う人がいたとか、そういうのが多いです。それがトラウマになって、「また、ああいうふうに言われるんじゃないか」「また食べられなかったらどうしよう」ということで、どんどん次の会食のハードルが高くなる方が多いです。

――山口さんも高校時代に発症したそうですが、どういう状況だったんですか。

山口さん: 部活動です。野球部の合宿で、ごはんを朝2合、お昼2合、夕方3合、体作りも兼ねての合宿だったので1日7合、ノルマとして課されたんです。当時は、「うちの部活動はこうなんだから、合わせられない自分がダメなんだ」と考えていました。7合ということに対する異常さはそんなに感じてなくて。
「食べなきゃ」と思えば思うほど、プレッシャーを感じて食べられなくなったんですが、それを見た指導者や監督が、簡単に言うと、怒ったんです。「何でそんなに食えないんだ! 家でもぜんぜん食ってないんだろ」みたいに。部員のみんながいる前で。
それからだんだん食べられなくなっていって、次第に、ごはんが近づいてくるだけだったり、食堂のにおいをかいだだけで気持ち悪くなってしまって、どんどん人と食事するのが困難になっていきました。合宿でだけかと思ってたんですけど、教室でみんなでお弁当を食べるときとか、「ラーメン屋、行こうぜ」みたいなときですら、「食べられなかったらどうしよう」みたいになってしまって。誰かに攻められるわけでもないのにどんどん怖くなって、避けるようになって、いつの間にか“食べられない人”になってました。
それまでは、もともと小食なほうでしたが普通に食べていました。うちの高校の部活はごはんを食べるってことをやっていたので、家でもなるべく食べるようにしていたし、お昼も白米をたくさん食べるようにしてたんですけど、食事がみんなで楽しく食べる感じじゃなくてトレーニングみたいになってしまって。それまで練習してきたつもりだったけれども、そのかいもなく、体が拒否反応を示して食べられなくなったんです。

“普通”に合わせられない自分がみじめ

――そのことに気が付いてから、どんなふうに状況を見つめていましたか。

山口さん: 一番は将来の不安でした。部活は3年で終わるけど、この先ずっと続くのかな、っていう。仕事のこと、それから恋愛も含めて人間関係がどうなるのか、すごく不安でした。

――野球部の仲間はどう見ていたんでしょう。

山口さん: どうなんでしょう……。食べられないことは見ていて分かったと思うんですけど。1回打ちあけたことがあったんです。「人とごはん食べられない。もしかしたら病気かもしれない」みたいに言ったんですけど、「何のこっちゃ?」「それだったら彼女作れないね」みたいな感じで返された。相手が悪いわけじゃないけど、理解されない。分かってもらえない。それがショックでした、やっぱり。「もう、言うのもやめよう」と。傷つくのもいやじゃないですか。理解されないことに対して傷ついてしまう感じだったので、何とかごまかしながらやっていました。

自分を責める気持ちもありました。「7合なんか食えなくても、別にいいじゃん」みたいな見方もあるじゃないですか。でも僕は、「それに合わせられない自分は、なんてダメなんだろう」と考えてたんです、ずっと、高校生のとき。「自分が変」だし、「食べられないのは自分が悪いから」と。ネガティブな性格だったし、鏡なんか見たくないっていうぐらい自分が好きじゃなかった。好きじゃないっていうか、嫌い、ですよね。その域までいくと。
“普通”っていうのに合わせられないことが、つらくてみじめでした。自分はできない。みんなと合わせられない。またそういうことを、恥ずかしいと思う気持ちも感じていました。周りに合わせられない、周りと違う、普通と違う。それができない自分が恥ずかしい。自分の存在価値が少しなくなってしまうような、そんな感覚。

――自宅ではどうだったんですか?

山口さん: 高校生のときは家では普通に食べていました。多少「外食は行きたくないな」ぐらいは思ってたんですけど。
家族と、高校生のときにいつもお弁当を一緒に食べていた仲のいい友だち、この2グループでの食事は大丈夫だったんです。母親は、自分が食べられなくてもそれに対して何か言ってくるタイプではないし、友だちもそういうことを責める人じゃなかった。自分をさらけ出しても大丈夫な関係性かどうかっていうことだと思います。
野球部では食べることが正義で、量を食べられる人が何かえらいというような価値教育が完全になされていたので、周りの部員から「食べていない」と言われたら怖い、と思っていたのはあります。
高校生のときにインターネットで検索したら「外食恐怖」みたいなことが書いてあって、「似てるな」と思いました。心の病気みたいなものだろうとは思いましたが、症状の説明が1行ぐらいあるだけで克服方法までは書いてなかったんです。本なんかでも「会食恐怖」という症例の紹介があるんですけど、200ページ中、1、2ページくらい。だからどうすればいいのか、分かりませんでした。

「食べられるだけ食べればいいよ」と言われて

――その後、回復に向けてどういう道のりがあったんですか。

山口さん: 大学生になって、これを「いいきっかけにしたい」と思ったんです。高校生のときに仲の良かった友だちが一緒の大学に行くことになったので、まずはその友だちの家でごはんを食べたり、行きやすい歓迎会に参加するようにして、なるべく食事を避けないように行動したのが最初のステップでした。
大学生って、ちょっと楽、っていうか……。僕からすると、毎日朝から晩まで野球して飯食ってた高校のときよりだいぶ楽だったので、自然と前向きになって「こういうことをしてみたい」という気持ちが出てきたのもあります。メンタルの持ち方みたいなものを勉強していたこともあって、「多分いけるんじゃないか。いきたいな」と思うことができたんだろうと、今にすると思います。

そうして少しずつ、会食に行けるようになったんですけど、定食みたいなものや弁当、学食なんかは苦手でした。でもまた転機があって、1年生の夏に先輩から日本料理屋のアルバイトを紹介していただいて、そこのまかないが、めちゃくちゃガッツリだったんです。普通ならありがたい話なんですけど、1人分食べるのにプレッシャーを感じて、でも辞めたくないというのがあったので、お店の方に打ちあけたんです。そしたら、「じゃあ、無理せずに食べられる分だけ練習だと思って食べればいいよ」みたいな感じで言っていただいて。「そんな感じでいいんだ!」と思って。半年くらいで1人分の量を食べられるようになって、だんだん克服に近づいていきました。
ちょっとずつ、ステップアップしながらやっていくのが大切です。あともう1つは、症状が出るそもそもの原因、「食べなきゃ」とか「○○しなきゃ」っていうのが自分にプレッシャーをかけて食べられなくなっているので、「食べなくてもいいや」とか「○○でもいいや」と変わることで、食べられるようになるんですよね。考え方をどうやって変えるかがすごく大事です。

――過去のつらい経験は拭い去れるものですか。

山口さん: 引きずることは別に悪いことではないと思います。「こうすればよかった」とか「こうだったらよかった」っていうふうに、思考が湧いてくるじゃないですか。エネルギーが湧いているということで、それを「私ってダメだな」というほうに使うのか、「人生に生かしてみよう」というほうに使うのか。方向付けは自分ができることだと思うんです。傷を癒やすというよりは、自分を良くするためのヒントに変えていく、みたいな。

――高校時代に抱いていた不安が変わってきた感じはありましたか。

山口さん: ポジティブにとらえられるようになったので、「こういうふうに生きられたらいいな」という願望が湧いてくるようになりました。
会食恐怖症のことも含めてメンタルの部分をいろいろ経験して、それを良くしていきつつあったときだったので、そういうことを、今悩んでる方々に伝えたいという気持ちはあったんです。でもどう発信したらいいかが分からなかったので、将来のためにもマーケティングや経営などを学び始めました。

――支援団体は、どういう流れで立ち上げようと思ったんですか。

山口さん: 経営の勉強会みたいなものにたまたま参加したときに、先生が、「山口くんがやってることは、ほかの誰でもできることだから、もっと自分がやるべきことを追求したほうがいい」と言われたんです。「自分が世の中に伝えられることって何だろう」と考えたときに、そもそも、会食恐怖症やメンタルで悩んでいる人にメッセージを届けたいと思って学び始めたのを思い出したんです。そこから少しずつ、この活動の準備を始めました。
この分野は情報発信も含めてそのころから全然進んでなくて、SNSやツイッターで悩んでいる人の声をサーチしたら、「どう治せばいいか分からないから、もうホント死にたい」っていうのがあって、当時のまま置き去りにされてるんだなと思って、「やっていきたい」という気持ちがますます高まりました。

「どんな自分でも否定されることはない」と腑(ふ)に落ちる場所

――いろいろな相談が寄せられると思います。どんな声がありますか。

山口さん: 1人で悩んでいた人が、「ほかにも同じように悩んでいる人がいることを知って、悩んでいた人でも前向きに行動していることを知って、良かったです」という声が多いです。
2、3000人とか、それぐらいの方がいらっしゃいますね。先日、50代の方からのメールに「自分は会食恐怖症だったんだ、って、初めて知りました」とありました。「小さいときからそうだったんだけど周りにそういう人はいないし、自分だけ変だと思ってた」と。すごく長く悩まれてきたんですよね。
大学生からは仕事関係の悩みが多いです。保育士や先生のようにみんなで食事をする機会がある職場がありますが、「そういう仕事に就くのが夢だったけれども諦める」というのもあります。入社後の合宿研修の間にみんなと食事をとるのができなくて会社を辞めた方もいます。
会食恐怖にくわしいお医者さんが日本にはまだなかなかいなくて、「会食ができないのなら、外でごはん食べなきゃいいじゃん」みたいに言ってしまうお医者さんもいらっしゃるんです。仕事や恋愛や友達との人間関係を築くのに、最初の機会がごはんというのは多いと思うんです。それが自分はできないとなったら、やっぱり人生変わってしまうと思うんですよ。もちろん親身に聞いてくださるお医者さんが多いと思うんですけど、想像力が及ばないまま、患者さんにそういうことを言ってしまう方もいて、「医者に行ったけど理解されなかった」という相談もあります。

――「食べられないんだったら、行かなきゃいいじゃん」という、単純な悩みじゃないということですよね。
山口さんは全国各地で、いろんな人と話す会も作っていますね。

山口さん: 少人数の場合はなるべくひとりひとりの話を聞いて、自分の経験や克服するために必要なことをお話ししたりします。無理して食べなくていい、という前提で開いたお茶会や食事会で過ごしてもらったりもします。
「どんな自分でも否定されることはないんだな」ということが、感覚として腑に落ちると思うんです。そういうふうに言われるのと実際に体験するのとは違うから、それが結構いいかなと思います。

保護者の方からは、「子どもが給食を食べられなくて学校に行きたくないと言っている」とか、学校や保育園の先生からは、「食べない子にどう対応したらいいのか」とか。とにかく無理をさせないことが大事だと伝えます。それから、今食べられる量からちょっとずつ増やして挑戦させていくこと。あとは、子ども自身に決めてもらうということ。「これぐらい食べなさい」じゃなくて、「これくらいだったら食べられる?」「うん」っていうコミュニケーションをきちんとする、ということです。

“普通”じゃないことは1つの才能かも

――食べられないことを理由に不登校になる事例については、どう思われます?

山口さん: 「完食」を目標とするのは構わないと思いますし、命の恵みを大切にいただいて無駄にしないのは大事な価値観だと思うんです。でもそれが、「目標」じゃなくて「強要」になってしまうと大きな問題だと思いますし、それぞれの子ども、大人もそうなんですけど、その胃袋には個性があるととらえてもらうのがいいと思うんです。画一的に「これぐらいの量は食べてね」というのは個性に合ったことではないので、当然苦しむ人が出てくると思います。
胃袋にも実際個性があるんです。大人数だと収縮するタイプとか、緊張感やプレッシャーで拡張するタイプとか。フードファイターみたいな方はプレッシャーがかかることでたくさん食べられるというようなことが、実際にあります。胃袋にはそれぞれの性質や個性があるので、それを見たうえで指導するのが理想ではあります。「全部食べろ」とか、「普通はこうだから」とか、「これぐらい食べるべきだから」じゃなくて、その子にあったことをやるのが大事だと思います。
“普通”っていうのは「多くの場合」という意味だと思うんです。“普通”に当てはまることが正しいかというとそうでもないし、当てはまらなかったとしても別にいい。むしろ“違う”ことは、「あ、あなたはそういう人なんだね」っていう、コミュニケーションの1つのツールぐらいな感じだと思うんです。それでさばかれたり、ダメというレッテルをはられたりするんじゃなくて、違いを受け入れ合うことで人は成熟していくと思うので、それが大事だと思いますけど。
学校の中だとどうしても、「こういうふうにしたら良い。しなきゃダメ」みたいな感じになって、個性をなくしてしまっています。「当てはまらなきゃ」「その枠に入らなきゃ」ってなると、もともと枠に入りにくい性質の人には苦しいので、そういう人たちも尊重する社会になったらいいと思います。

――枠からはみ出たらはじかれる価値観の社会って、何なんでしょう。

山口さん: もったいない気持ちはありますね。“普通”じゃないことはその人の1つの才能かもしれないのに、「普通じゃないから表に出すのをやめておこう」みたいになって可能性を閉じてしまうことがあると感じます。

――周りがその人をはじくだけじゃなくて、自分自身ではじいてしまう可能性があると。

山口さん: そうです。だから自分がまず、“違い”があるんだったらそれを受け入れる。自分を“普通”で縛っていたら、目の前の人にも“普通”というしばりを押しつけてしまうと思うんです。自分はこう思うとか、これが楽しいということになるべく純粋になって行動すれば、目の前の人が自分と違うとしても、それがその人にとっては正しいことなんだと受け入れられると思うので。
“違い”というのは、人と人をつなぐ触媒みたいなものであると思うんです。こういう人もいておもしろいとか、自分と違うからもっと話してみたいとか。「それぞれ違う」ということ、あえて言うとそれが「普通」みたいな感じですよね。

――山口さんが運営する支援団体では、インターネットで相談を受け付けたり、カウンセリングの情報などを発信していますね。

山口さん: 会食恐怖症の人たちが気軽に立ち寄れる場所として、東京都内にカフェも開きました。ちょっとずつ会食する練習をしたり、食べることはせずに会食の空間に慣れてみたりと、自分のペースで改善できるようにサポートしていきます。

一般社団法人日本会食恐怖克服支援協会
https://kaishoku.or.jp/hello/

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