のん×片渕須直監督 ふたたび「すずさん」と ②

ざっくり言うと
「すずさん」の人生を通してひとつひとつの人生の値打ちや意味が浮き彫りに
多くの人が自らの戦時体験と重ね合わせ、語り始めた
2019/12/09 ラジオ深夜便 インタビュー 「さらにいくつもの片隅を描く」

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2019/12/09

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【出演者】
片渕さん:片渕須直さん(映画監督)
のんさん(俳優)


戦時中でも営まれていた、かけがえのない「ふつうの暮らし」を丁寧に描いた映画『この世界の片隅に』。3年後に新たなシーンを付け加えて改めて世に出すことにした意味や、映画を見た人々の感想から感じていることなどを監督の片渕須直さんと主人公・すずさんの声を演じたのんさんに伺いました。後編です。

「私」という存在を誰が認めてくれるのか

――今回は特に、花街で働く女性・白木リンと主人公・すずとの関わりが大きくクローズアップされています。どのような思いでそのシーンを加えたのでしょうか。

片渕さん: すずさんという人は、広島から隣の呉にお嫁に来て、自分よりも年上の人しかいなくて、心の底からいろんなことを話せる相手が全然いなかったんです。(リンさんは)そこで初めて現れた同世代の友人だった。のんちゃんに言わせると、呉に来てから初めてすずさんに「絵を描いてくれ」と言った人でもある。ひょっとしたら、すずさんの本当の価値を認めてくれながら付き合ってくれる人でもあるんですよね。
その人との関係の中で、すずさんは自分の心の奥底に「こんなことがあってしまったのか」「こんなものも自分の中にうごめいているのか」ということに気づかされる。そういう役回りですね。

――映画では戦争をダイレクトに描かず、三角関係のような恋愛、やきもち的なものが描かれていますね。

のんさん: (演じてみて)すごく難しいと思いました。「自分が奥さんなんだ」という気持ちと一緒に、リンさんに対しての特別な存在だという思いもあって、そっちのほうにかき乱されちゃったんじゃないかと私は感じています。すずさんがどう感情を表に出していくのかには悩みました。
ですが、スタジオに入って監督に演出を受けていると、「そういうふうになるんだ」というのが納得しながら臨めることができたので、いい経験になりました。
片渕さん: 戦争中の時代に生きていた人たちの人生のドラマだと思っているんです。
表面的には男女間の三角関係のように見えているんだけど、そうではない。自分という存在がどのように立脚できるか、自分という存在をここにちゃんと立たせられるか。そのために、必要な人がちゃんと自分の横にいてくれるか、ということだと思っているんです。
のんちゃんがさっき言ったように、リンさんという人はすずさんにとって、すずさんという存在を認めてくれる存在としてそこにいるわけです。自分の夫がリンさんと親しかった過去があると聞いた途端に、「夫を取られた」というよりも「リンさんを取られた」とすずさんは意識してしまうんじゃないか。
そのあとに、小学生のころの同級生・水原哲が出てくるんです。水原哲は、すずさんのある一面をきちんと理解してくれる人として出てくる。だからすずさんは揺らいでしまうというか、そう思ってくれることにありがたさを感じる。でも、「自分の夫もそうあってほしい。もっと自分のことをきちんと捉えてほしい」というように、ジレンマを感じたりするんじゃないかな。
実は恋愛のことはあまり大事ではない。「私」という人がここにいることを誰が認めてくれるのか、ということに関する映画じゃないかとは思います。

戦時下のかけがえのない日常

――<ラジオ深夜便>ではことしの夏、戦争を生き抜いた方々の体験談を募集し、寄せられたおよそ200件のメッセージをもとに「あちこちのすずさん」として放送させていただきました。中には初めて体験を打ち明けられたという方もいらっしゃいます。
片渕監督は、戦時下の日常の体験や思いを伝えていくことの重要性をどのようにお考えでしょうか。

片渕さん: 「戦争中にこんなことがあった」というお話を伺うと、大抵「こんな大変なことがあった」という話になる。
でも、『この世界の片隅に』を観ていただいても分かるんですけど、本当に大変なのは長い期間の中のある1日だったり、空襲があった日だったりする。それ以外の日、皆さんは何をやっていたのか。そういうことを僕らも本当は知りたいわけです。
自分の母親も、すずさんより10歳年下なんですけど、戦争中に10歳の女の子だった。僕の作った『この世界の片隅に』を観て初めて「私も、すずさんのようにかまどの前でごはんを炊く火の番をしていた」と。
今まで聞いたことがなかった。でも母親にしてみたら、それは自分にとって普通の毎日の出来事だったから、「別に話すほどのことでもない」と思っていたんでしょう。それを聞いて、いろんなことが思い描けるようになりました。
そんなふうに、「これは、話してもしかたないことかな」と思われていたことが聞けるきっかけになるんだとしたら、それはよかったと思います。

それぞれの方の体験というのは、それぞれの方の人生ですよね。すずさんの人生が映画の中で描かれていて、ひとつひとつの人生の値打ちや意味みたいなものが浮き彫りになったんではないかという気がします。
人生に体験の重い/深いはあっても、人生そのものに価値の軽い/重いはないわけですから。そういうことなんだと思っていただけたんではないでしょうか。
映画館にすずさんと同い年のお客さんが来られたんです。女性のお客さんで、そのとき90代でいらっしゃった。映画をご覧になって、「自分の存在証明がここにありました」と、本当にその言葉を使われた感想をいただいたんです。「自分がそのようにしてそこにいたんだ」と改めて自分で理解して、だから話そうと思われた。そういう人がたくさんいたんじゃないかと思うんです。それは、すずさんという人が、1人の人生を背負った人生の中で生きている人として映画の中で登場させることができたからだろう、と思うんです。

――平成生まれののんさんと同世代の方がすずさんに共感を抱いたのはなぜでしょう。

のんさん: 監督が、すずさんたちの日常を丁寧に紡いでいった部分が大きいと思います。
私自身、戦争というもの、すずさんたちの過ごした時代のことを、別世界の、別次元のものとして捉えていて、漠然とした恐怖の中にあったんです。
でも、『この世界の片隅に』を観て「すずさんが生きている」と感じると、途端に血のかよった人たちが見えてくる。「自分たちの生きているここで、起こっていたことなんだ」というのが実感として湧いてくる。
漠然とした恐怖だと思うのが、もっと心の奥のほうで、どういう怖さだったのか、とか目を向ける突破口になった。そういう部分は感じました。

――10代・20代の方からは、「おじいさんやおばあさんから戦時中の話を聞いてみようと思った」というメッセージも寄せられていました。すずさんのような体験が若者たちに届いていることについて、どう思われますか。

のんさん: 大切なことだと思います。私自身、目をそむけてきたものだったりしたので。
自分の知らなかったものや知らなかった時代を知ろうとするのは、知らない世界を勉強するんじゃなくて、自分に影響してくることだと、私自身感じられました。「あちこちのすずさん」のような動きはすてきだと思います。

――映画の見どころを、ひと言ずつお願いします。

片渕さん: 3年前に公開されて、それからずっとずっと1000日以上、『この世界の片隅に』という映画が上映され、NHKでもテレビ放送され、ご覧になった方もたくさんいらっしゃるんじゃないかと思います。
今回の映画は、30分新しいシーンが付け足されます。新しいシーンが付いたら、いわゆるディレクターズ・カットだと思われるかもしれませんが、そのシーンが付くことで、前のいろんな場面が違う意味合いを持ってくる。映画の作り方としても変わった、新しい映画の作り方だと思うんです。
今まで皆さんがご覧になっていたすずさんの別の一面が見えたときに、前にすずさんがしゃべっていた言葉の意味や表情に、新しいものが見える映画だと思います。

のんさん:
監督がおっしゃるように、前の作品にもあったせりふが違う響きを持って、違う味わいをもって感じられる、新しい作品になっています。ぜひ観に来ていただけたらなと思います。
ここまで上映が続いて、新しい作品も送り出せる状況に、私は感動していて。片渕監督は、「何回舞台あいさつをされているんだろう?」というくらい、作品を届けるために伝えに行かれている。劇場に来てくださった方たちがいたからこそだと思っているので、本当に感謝しています。
前作を観た方も、そしてまだ観たことがない方も、ぜひ『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を観に来ていただけたらなと思います。
よろしくお願いします。

<ふたたび「すずさん」と ①>

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