ジャネット・ウィンターソンの『絶望名言』

ざっくり言うと
2019/03/13 ラジオ深夜便「絶望名言ミニ ジャネット・ウィンターソン」文学紹介者・頭木弘樹さん
『自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる』
客観的に自分を語れば、自分自身と距離を取れて楽になる

文学

2019/03/13

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今回はイギリスの作家、ジャネット・ウィンターソンの言葉をご紹介します。

『自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる。』 『灯台守の話』より(翻訳:岸本佐知子)

10歳の少女シルバーは母親と暮らしていましたが、母親が崖から落ちて亡くなり孤児になってしまいます。シルバーを引き取ったのは、灯台守のピューです。ピューは目が見えない老人で、夜ごとにシルバーに物語を語ってくれます。
これは、自分の人生が悲しくなった少女のシルバーが泣き出したときに、老人のピューがかけた言葉です。ちょっと不思議な慰め方です。
『灯台守の話』の訳者あとがきには、ジャネット・ウィンターソンの次のような言葉も引用されています。

『自分自身を常にフィクションとして語り、読むことができれば、人は自分を押しつぶしにかかるものを変えることができるのです。』

ジャネット・ウィンターソン自身も孤児だったそうです。熱心なキリスト教徒の夫婦に引き取られて育てられるんですが、15歳のときに女性と恋愛関係になってしまう。ジャネット・ウィンターソンも女性ですから女性同士です。それで家も教会も追われ、以来、さまざまな職業を転々とする苦しい時期を過ごしています。
つらい人生を生きてくために、彼女は自分の人生を「物語として」語っていたわけです。

「人生脚本」という言葉があります。人は、幼いころからすでに無意識のうちに自分の未来の生き方の脚本を書いている、という考え方です。
正しいかどうかはともかく、人は誰でも「自分の人生はこれからきっとこうなるだろう」という予想、夢、見通しといったものをある程度持って生きていると思います。
例えば、愛する人と出会うと、「この人と一生一緒に生きていく」という脚本が自然と心の中にでき上がりますよね。人間は先のことまで思い描いて、それに沿って生きていこうとするんじゃないでしょうか。
もし思いがけず愛する人と別れることになったら、その人を失うだけではなく、その人と一緒に生きるはずだった人生まで同時に失ってしまう。だからとてもこたえてしまうんだと思うんです。

人生の脚本は、自分から進んで書き換えるときもあれば、現実によって無理やりに書き換えさせられることもあります。ドラマの脚本と同じで、脚本家が自分で書き直すときもあれば、ディレクターや何かから言われて不本意ながらも書き直さなきゃならないときもあるわけです。
いずれにしても、「いったん人生の脚本を書いたら、ずっとその脚本通りに人生を進めていく」なんてことはまずありません。書き換えが必要になるときが必ず出てくるわけです。それは思いがけない幸運であったり、挫折だったりします。いずれ転機が訪れる。そのとき、どう書き換えるかで人生が大きく変わっていきます。

最近「PTG」ということがいわれます。日本語だと「心的外傷後成長」。
心に傷を負うほどのつらい経験をしたあと、それを乗り越えてかえって精神的に成長することです。
トルストイは「逆境が人格をつくる」と言い、シラーも「真に向上するのは不運の時である」と言っている。
もちろん常にそうなるわけではありません。一部の人だけが悲しみを乗り越えて成長できる。
成長できる人たちは、どういう人たちなのか。ある調査では、成長できる人たちは、創造性が高まっていることがわかったんです。もちろん、逆境に落ちれば誰でも自然と創造性が高まることではありません。そうではなく、創造性を高めることができた人だけが、つらい経験を乗り越えられたのです。
要するに、人生脚本を書き換えるためには創造力が必要になると思うんですね。
自分が脚本家になったと空想していただきたいんですが、脚本を書き換えなければならないとしたら、どうしますか? 机の前でうなってみてもアイデアが出ないとしたら、ほかの脚本を読むのではないでしょうか。本を読んだり映画を見たり漫画読んだり、ほかの物語を参考にすると思うんです。
私はもともと読書家ではなかったのに、病気になってからすごく読むようになったんです。私だけじゃなく、病院の6人部屋のほかの人も読書にはまる人が多かった。それは単に時間あるからだけじゃないと思う。人生脚本を書き換えないといけないので、ほかの物語を一生懸命探していたんだと思うんです。そのときは意識していなかったですけど、今になってみるとそう思います。

進学や就職で4月から新しい人生を歩み始める人も多いと思います。
新しい人生は、もしかすると望んだものとはかなり違うかもしれません。「こんなはずじゃなかった」って、苦しんでいる方もおられると思います。でも、人生脚本を書き直すしかありません。さらに面白く書き直す、すごい脚本家になるしかないわけです。そのためには、さまざまな物語に触れることが参考になると思います。
「じゃあ、あなたもそうやって乗り越えたんですね」って言われると、実は困ってしまう。私自身はいまだに乗り越えることができてないんですね。だからこそ、今も文学を読み続けているのかもしれない。

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