90歳・現役映画監督 羽仁進③ アフリカの動物たちが見せる「生と死」

ざっくり言うと
2019/02/21 ラジオ深夜便 わたし終(じま)いの極意 「死してなお生きる」映画監督・羽仁進さん③
「死」は必ず新しい「生」を生み出す
「生」と「死」は互いに愛し合う関係にある

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2019/02/21

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子どものころから動物と触れ合うのが好きだった羽仁進さん。後年映画監督となってからはアフリカで野生動物の生態を撮影してきました。そこで感じた「死」と「生」とのつながりとは。


コミュニケーションの基本は、人も動物も同じ

――アフリカに取材に行き始めたのは、どういうきっかけだったんですか?

羽仁さん: 僕は子どものころから生きものが好きだったんです。小さいときからいろんな生きものを飼ってた。生きものと僕とは見かけといったものは全然違うけど、気持ちは通じるんです。

――例えばどういった生きものを飼っていたんですか。

羽仁さん: オオサンショウウオ。

――ずいぶん大きかったんですよね。

羽仁さん: 僕は不思議だと思って、うちで大きな水槽に飼ってたんです。帰ってきたら、1日その水槽で見てたんです。
5日目ぐらいから、そのサンショウウオの方も気が付いた。僕が見てると、サンショウウオの方も寄ってきて僕を見てる。そこから気持ちが通じるようになった。
僕より3倍くらいデカいから、「大きな水槽だけど、ここにいるだけじゃつまんないんじゃないか」と思って、近くの大きな池へ連れて行こうと思った。相当重いかもしれないと思っていたら、サンショウウオの方からどんどん水槽の上に上がって僕に飛びついてきたんだよね。

――考えていることがわかったんですか。

羽仁さん: 意外にそういうもんなんですよ。人間同士でもそういうことは絶対あると思うんです。人間同士だけじゃなくて、同じような形で生きてるわけです。
生きてると言っても、いろんな生き方があるわけで、植物は全然人間とは違う生き方をしてるし、岩だって実は生きてんのかもしれないけど、それは違う。人間っていいますけど、人間も動物の一種ですからね。
だけど、(オオサンショウウオの)その重さにはさすがにフラフラだったんですね。うまく尻尾を巻きつけて、大分時間かかったんだけど池に連れていった。放して中に入って泳いでる間、僕はボンヤリ芝生で待ってたら、上がってきてまた抱きついたんですね。

――「もう帰ろう」ということですか。

羽仁さん: そのときから「もっと動物のいるところに行ってみたい」っていう夢は持ってたんです。偶然の機会に映画をやるようになって…渥美清さん。まさに「寅さん」になる寸前なんですけど。
存じ上げてはいないけど画面では見て「なかなかおもしろい人だな」と思ってたんですけど、突然秘書の方からご連絡があって、「羽仁さんと会ってお話ししたいって言ってる」って言うんで、「いいですよ」って言った。
なかなかおもしろい人で、「羽仁さん、一緒に映画作りませんか」って言うんです。でも、全然2人の通じた映画が違うと思ったんだけど考えて、「じゃあ、アフリカに行ってみませんか?」って僕が言ったんです。どうして言ったんだか、わからないんですね(笑)。
渥美さん、さすがに1分間考えてたけど、「いいですね。行きましょう」って。行ったんですね。
僕の映画はどちらかというと、いわゆる専門の俳優さんをあまり(使用)しない。普通はドキュメンタリーっていうんですけど、僕にとっては全然変わりはないんです。劇映画でも、実際は非常に有名人だけど俳優さんではない人を使ったりして映画を撮ってたんです。
僕と一緒に仕事を始めたら、渥美さんはアフリカの奥地に行ったんですけど、彼らは英語も何も言えないわけです。そこの言葉しか言えないわけですから、お互いに察し合うしかないんです。

――アフリカで暮らしている人たちと、羽仁さんたち映画のスタッフ。

羽仁さん: そのとき、渥美さんが動物と同じような素直な感で全部やるわけです。すばらしいと思った。

互いの地位を認め合うライオンの社会

――それがアフリカで撮った最初ですか。

羽仁さん: 近所にカバが何百頭といる大きな池がある。撮影が終わってから「夜そこへ見に行こう」と言ったら、現地の人は「あんなカバは見に行かない」って言うんです。ナイロビとかから来てる運転手なんかは「見たい」って言うんで、一緒に見に行った。
カバは夜、全部陸へ上がっちゃってるんですね。水の中には何もいなかったんですけど、その代わりライオンが群れをなして集まってきたんです。ライオンの方も「変なもんが来た」っていうんで、1グループじゃなくて何グループか20~30頭で来たわけです。

――野生のライオンですよね。

羽仁さん: そんなおかしなことを繰り返しているうちに段々、動物の気持ちもわかるようになってきた。人間の気持ちと同じで、動物の気持ちみたいなものも、お互いに言葉がわかるから全部気持ちが通じ合うわけでもないんです。
だから、そういうことをしてるうちに「動物映画を撮らないか」って言い出した人がいて、最初に行きだしたら最初からうまくいって、国際的に売れるようになった。すっかり動物が好きになっちゃった。

――30年近くずっとアフリカに通って、いろんな映画をまとめられまして、著作も書かれました。いろんな動物の生と死の瞬間も間近に見てこられましたね。

羽仁さん: いろんな思い出があるんです。今回お話になってる死が、はっきり出てるんじゃないかと思って、ちょっとお話ししようと思います。
このシーンを撮影させたら、そのあとも誰も出なくて、僕が撮ったそのシーンしかないんですけど…まったく獲物がつかまらなくて、ライオンのあらゆる群れが20頭ぐらい集結した。小さい少年少女みたいなのもいる。あとはみんなメスライオン。メスライオンが狩りでは働くわけです。それで、オスライオンもいる。
そういうグループが、同じぐらいの数のバッファローの群れと出会って。普通それだけの群れをライオンの群れが攻撃することはないんですけど、大変な戦いになった。それをすべて撮影したんです。

――ライオンとバッファローの戦いですか。

羽仁さん: ライオンたちがいろいろ戦術を考えて1頭のバッファローに決めて、みんなで背中に乗ったりするんだけど、なかなか倒せない。

――バッファローも大きいですからね。

羽仁さん: ものすごく大きいです。最後にオスライオンが喉を下から、自分はバッファローのように体を倒して、下敷きになりながら首を噛んだんです。そこに他のライオンが全部集まってきて、さすがにバッファローが倒れたんです。
大変なシーンを撮ったわけですけど。そのときはかなり夜遅くになってました。

――バッファローをしとめて、ライオンが襲いかかって食べるわけですね。

羽仁さん: ライオンのうち、バッファローを殺せたのはオスライオンが喉に噛み付いたからなのね。そのオスライオンは自分が倒したと思ってすぐ食べようとしたら、グループのリーダーの年取ったメスライオンが来てバタッと顔をひっぱたいたんですね。

――オスライオンをですか。

羽仁さん: うん。自分よりずっと大きいんですよ。その代わり自分も食べないわけですね。彼らは待ってる。何が最初に食べたか。若い子どもたちが最初に食べた。戦いには何の役にもたたなかったんですよ。次に戦いで一生懸命に働いた若者たちが食べて、最後にリーダーのメスと一番大きなオスが食べた。
功績をあげた人だけが偉いなんてことはありえない。その人にヒントをくれた人もいるかもしれないし、助けた人もいるかもしれない。そういうものをお互いに認め合って生きていく社会になったらいいと思います。

「死」から新たな「生」が生まれる

――ライオンの社会はそういう社会ですね。弱いものから順番に食べていく。

羽仁さん: 弱いものこそ一番腹が空いてます。死んじゃいそうですからね。一番先、本当に大事なんだと思います。
でも僕が一番驚いたのは…そして今日のテーマに一番関係があると思うことは、その翌日行ったらライオンはみんな腹いっぱいになって、その辺の木の下や草の影で寝てるんです。バッファローの方はすごいデカいですから、ライオンに食われても一部だけ食われただけで、まだ死体がいっぱい残ってる。
その死体に、あらゆる生きた生物…動物だけじゃない、虫もいるし、鳥ももちろんいるし、いろんな変な生物が…肉を食うものは多いんですね。
つまり、「死は、新しい生を生み出す。死はこうやって生とつながってるんだ」と思った。

――バッファローの命はそこで終わってるけれども、バッファローの体をいろんな生きものが自分の命に変えていく。それが生につながってるということですね。

羽仁さん: 撮影していくとそういうことはいっぱいあった。
例えば、一番狩りがうまいことになってるのはチーターです。チーターは獲物を倒すわけですけど、それを丸ごと食べることはないんです。ある程度食べるわけです。
チーターが食べてるときから、周りにいろんなハゲタカが飛んで集まってきているんです。周りで見てるわけですよね。それから小さな肉を食う生物の仲間みたいな、いろんなものが集まって見てる。
チーターはある程度食べるといなくなる。そうすると、みんなやって来てチーターが残していった死体から新たな生を得るわけですよ。
生と死はお互いに憎み合ってるんじゃない。お互いにむしろ愛し合ってるもので、死は必ず新しい生を生む。

――生と死は相反しているイメージがありますが。

羽仁さん: 我々、人間の考えはどうしてもそうですよね。だけど、そうじゃないんですよ。
人間も牛の肉を食ってるわけです。ところが、人間が牛の肉を食ってるだけで、「牛がどうなるか」考えたことがないわけです。食ったら残りはみんな捨てればいい。人間の量ほど捨てられたものが多いことはないですから。
人間にとっては、あくまで死は役に立たないもの。だからみんな食ってやろうというようにしか考えない。
アフリカでは動物たちはみんな大事に食べてるんです。1つのものが残したものは、ほかのものが来てなめる。小さいものは、ほかのものが食い捨てたようなものでもなめる。みんなすごく死を大事にしてる。

<~映画監督・羽仁進さん④~>

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